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第5話「支配者」
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第5話「支配者」
潮の匂いが濃くなっていた。
リナが連れ去られてから一夜。
空は変わらず青いのに、世界の色が一段暗くなった気がする。
残ったのは六人。
砂の上に並んだ水は二本。
サバ缶は三つ。
少ない。
あまりにも少ない。
ケンジが立ち上がった。
「今日から俺が仕切る」
その声は、昨日よりも硬い。
ユウタが鼻で笑う。
「急に何」
「バラバラに動いてたら全滅する。ルール決める」
ナナが黙っている。
頬はこけ、目の下に影が落ちている。
「まず水は俺が管理する」
ケンジはボトルを抱え込むように持った。
「配分は俺が決める。文句あるやつ?」
「ある」
ユウタが即答する。
「なんでお前?」
「一番冷静だからだよ」
「自分で言う?」
「感情で動いてない」
「投資詐欺まがいのやつが?」
空気がぴり、と裂ける。
ケンジの顎が強張る。
「それ今関係ない」
「あるだろ」
ユウタが立ち上がる。
砂がきしむ。
「お前、数字で人見てたじゃん。今も同じだろ」
「だからこそ判断できる」
「何を?」
「生き残る確率」
その言葉に、全員が一瞬黙る。
生き残る。
それはもう冗談ではない。
ケンジは続ける。
「体力あるやつが優先だ。動けないやつは足手まといになる」
ナナの指がぴくりと動く。
「……足手まとい?」
「現実見ろ」
ケンジの目は乾いている。
「リナは倒れた。水無駄になった。ああなるやつを増やすわけにはいかない」
「無駄って言った?」
ナナの声が震える。
「人のこと」
「感情論やめろ」
「人でしょ!」
「ここでは資源だ」
その瞬間、空気が凍る。
ユウタが低く言う。
「資源?」
「体力も、水も、食料も。全部リソースだ」
汗が背中を流れる。
潮風が肌にまとわりつく。
重い。
ケンジの声が続く。
「だから命令に従え。水は一日一回。食料は労働量で分ける」
「労働って何すんの」
「島を調べる」
その時だった。
端に座っていた“普通人”——タクミが、初めて口を開いた。
声は静かだった。
「島の裏、まだ見てないよね」
全員がそちらを見る。
タクミは無名。
フォロワーも少ない。
目立たない。
けれど、瞳だけが妙に澄んでいる。
「裏?」
ユウタが眉をひそめる。
「崖の向こう。昨日、波の音が違った」
「違うって?」
「反響してる音」
ケンジが苛立つ。
「だから何だよ」
タクミは立ち上がる。
動きはゆっくり。無駄がない。
「誰かが設置したなら、裏にある可能性が高い」
「設置?」
「スピーカー。投票箱。封筒」
一拍。
「自然に出てきたわけじゃない」
風が吹く。
テントがばさりと鳴る。
ユウタが言う。
「……お前、なんでそんな落ち着いてんの?」
タクミは少しだけ笑う。
「パニックになっても喉乾くだけだから」
「そういうことじゃない」
「じゃあ何」
視線がぶつかる。
ナナが小さく言う。
「もしかして、知ってるの?」
タクミの目が一瞬だけ揺れた。
ほんの一瞬。
「何を」
「このフェスのこと」
沈黙。
潮の匂いが強まる。
ケンジが詰め寄る。
「知ってんのか?」
「知らない」
「今、間あったぞ」
「考えてただけ」
「何を」
タクミは答えない。
代わりに歩き出す。
「行こう」
崖の方へ。
岩場は鋭く、足裏に痛い。
塩水が跳ね、膝に冷たい飛沫がかかる。
息が荒くなる。
ケンジが舌打ちする。
「無駄だったら戻るからな」
崖を回り込む。
その瞬間。
全員が立ち止まった。
岩陰の奥。
黒いケース。
アンテナ。
ケーブル。
小型発電機。
「……何これ」
ユウタが呟く。
発電機は低く唸っている。
ブン、ブン、と規則的な振動。
熱気と油の匂いが鼻を刺す。
モニターが一台、設置されている。
そこには——
島のビーチが映っていた。
テント。
投票箱。
そして、今まさに空っぽになった場所。
「監視……?」
ナナの声が震える。
ケンジがモニターに近づく。
画面の隅に、時刻表示。
録画中の赤い点。
「ずっと撮られてた」
ユウタが笑う。
乾いた、壊れた笑い。
「配信されてんのか?」
タクミが低く言う。
「たぶん」
「たぶんって」
「こういう設備、フェス系の裏方で見たことある」
全員の視線が集まる。
「……裏方?」
タクミはモニターから目を離さない。
「設営のバイト、何回かやったことある」
ケンジの目が細くなる。
「それ、最初に言えよ」
「聞かれなかった」
「知ってたのか?」
「完全には」
「でも察してた?」
タクミは少しだけ間を置く。
「……変だと思ってた」
潮風が強く吹く。
モニターの画面がちらつく。
ナナが後ずさる。
「じゃあ、全部……仕組まれてるの?」
ケンジが発電機を蹴る。
「ふざけんなよ!」
鈍い音が響く。
しかし機械は止まらない。
ブン、ブン、と淡々と回り続ける。
ユウタが言う。
「これ壊せばいいんじゃね?」
タクミが即座に言う。
「壊しても、別の場所にバックアップある可能性高い」
「なんでそんなこと分かるんだよ!」
ケンジが怒鳴る。
タクミはようやく振り返る。
その目は、妙に静かだ。
「……本気でやるなら、一か所だけに置かない」
沈黙。
全員の心臓の音が、波のリズムと重なる。
ケンジが低く言う。
「お前、何者だよ」
タクミは答えない。
ただ、モニターの中の自分たちを見つめる。
そこに映るのは——
砂浜で水を奪い合い、怒鳴り合う、六人の姿。
歪んだ顔。
むき出しの目。
「支配したいなら」
タクミが静かに言う。
「見てる側を考えた方がいい」
ケンジの喉が鳴る。
「……何が言いたい」
「俺たちが奪い合うほど、向こうは喜ぶ」
風が強まる。
波が岩にぶつかる。
モニターの赤い点は、消えない。
誰かが、どこかで、見ている。
そして。
ゲームは、まだ終わらない。
潮の匂いが濃くなっていた。
リナが連れ去られてから一夜。
空は変わらず青いのに、世界の色が一段暗くなった気がする。
残ったのは六人。
砂の上に並んだ水は二本。
サバ缶は三つ。
少ない。
あまりにも少ない。
ケンジが立ち上がった。
「今日から俺が仕切る」
その声は、昨日よりも硬い。
ユウタが鼻で笑う。
「急に何」
「バラバラに動いてたら全滅する。ルール決める」
ナナが黙っている。
頬はこけ、目の下に影が落ちている。
「まず水は俺が管理する」
ケンジはボトルを抱え込むように持った。
「配分は俺が決める。文句あるやつ?」
「ある」
ユウタが即答する。
「なんでお前?」
「一番冷静だからだよ」
「自分で言う?」
「感情で動いてない」
「投資詐欺まがいのやつが?」
空気がぴり、と裂ける。
ケンジの顎が強張る。
「それ今関係ない」
「あるだろ」
ユウタが立ち上がる。
砂がきしむ。
「お前、数字で人見てたじゃん。今も同じだろ」
「だからこそ判断できる」
「何を?」
「生き残る確率」
その言葉に、全員が一瞬黙る。
生き残る。
それはもう冗談ではない。
ケンジは続ける。
「体力あるやつが優先だ。動けないやつは足手まといになる」
ナナの指がぴくりと動く。
「……足手まとい?」
「現実見ろ」
ケンジの目は乾いている。
「リナは倒れた。水無駄になった。ああなるやつを増やすわけにはいかない」
「無駄って言った?」
ナナの声が震える。
「人のこと」
「感情論やめろ」
「人でしょ!」
「ここでは資源だ」
その瞬間、空気が凍る。
ユウタが低く言う。
「資源?」
「体力も、水も、食料も。全部リソースだ」
汗が背中を流れる。
潮風が肌にまとわりつく。
重い。
ケンジの声が続く。
「だから命令に従え。水は一日一回。食料は労働量で分ける」
「労働って何すんの」
「島を調べる」
その時だった。
端に座っていた“普通人”——タクミが、初めて口を開いた。
声は静かだった。
「島の裏、まだ見てないよね」
全員がそちらを見る。
タクミは無名。
フォロワーも少ない。
目立たない。
けれど、瞳だけが妙に澄んでいる。
「裏?」
ユウタが眉をひそめる。
「崖の向こう。昨日、波の音が違った」
「違うって?」
「反響してる音」
ケンジが苛立つ。
「だから何だよ」
タクミは立ち上がる。
動きはゆっくり。無駄がない。
「誰かが設置したなら、裏にある可能性が高い」
「設置?」
「スピーカー。投票箱。封筒」
一拍。
「自然に出てきたわけじゃない」
風が吹く。
テントがばさりと鳴る。
ユウタが言う。
「……お前、なんでそんな落ち着いてんの?」
タクミは少しだけ笑う。
「パニックになっても喉乾くだけだから」
「そういうことじゃない」
「じゃあ何」
視線がぶつかる。
ナナが小さく言う。
「もしかして、知ってるの?」
タクミの目が一瞬だけ揺れた。
ほんの一瞬。
「何を」
「このフェスのこと」
沈黙。
潮の匂いが強まる。
ケンジが詰め寄る。
「知ってんのか?」
「知らない」
「今、間あったぞ」
「考えてただけ」
「何を」
タクミは答えない。
代わりに歩き出す。
「行こう」
崖の方へ。
岩場は鋭く、足裏に痛い。
塩水が跳ね、膝に冷たい飛沫がかかる。
息が荒くなる。
ケンジが舌打ちする。
「無駄だったら戻るからな」
崖を回り込む。
その瞬間。
全員が立ち止まった。
岩陰の奥。
黒いケース。
アンテナ。
ケーブル。
小型発電機。
「……何これ」
ユウタが呟く。
発電機は低く唸っている。
ブン、ブン、と規則的な振動。
熱気と油の匂いが鼻を刺す。
モニターが一台、設置されている。
そこには——
島のビーチが映っていた。
テント。
投票箱。
そして、今まさに空っぽになった場所。
「監視……?」
ナナの声が震える。
ケンジがモニターに近づく。
画面の隅に、時刻表示。
録画中の赤い点。
「ずっと撮られてた」
ユウタが笑う。
乾いた、壊れた笑い。
「配信されてんのか?」
タクミが低く言う。
「たぶん」
「たぶんって」
「こういう設備、フェス系の裏方で見たことある」
全員の視線が集まる。
「……裏方?」
タクミはモニターから目を離さない。
「設営のバイト、何回かやったことある」
ケンジの目が細くなる。
「それ、最初に言えよ」
「聞かれなかった」
「知ってたのか?」
「完全には」
「でも察してた?」
タクミは少しだけ間を置く。
「……変だと思ってた」
潮風が強く吹く。
モニターの画面がちらつく。
ナナが後ずさる。
「じゃあ、全部……仕組まれてるの?」
ケンジが発電機を蹴る。
「ふざけんなよ!」
鈍い音が響く。
しかし機械は止まらない。
ブン、ブン、と淡々と回り続ける。
ユウタが言う。
「これ壊せばいいんじゃね?」
タクミが即座に言う。
「壊しても、別の場所にバックアップある可能性高い」
「なんでそんなこと分かるんだよ!」
ケンジが怒鳴る。
タクミはようやく振り返る。
その目は、妙に静かだ。
「……本気でやるなら、一か所だけに置かない」
沈黙。
全員の心臓の音が、波のリズムと重なる。
ケンジが低く言う。
「お前、何者だよ」
タクミは答えない。
ただ、モニターの中の自分たちを見つめる。
そこに映るのは——
砂浜で水を奪い合い、怒鳴り合う、六人の姿。
歪んだ顔。
むき出しの目。
「支配したいなら」
タクミが静かに言う。
「見てる側を考えた方がいい」
ケンジの喉が鳴る。
「……何が言いたい」
「俺たちが奪い合うほど、向こうは喜ぶ」
風が強まる。
波が岩にぶつかる。
モニターの赤い点は、消えない。
誰かが、どこかで、見ている。
そして。
ゲームは、まだ終わらない。
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