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第4話「選別」
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第4話「選別」
昼の空気は、刃物みたいだった。
陽射しは真上から突き刺さり、砂は焼けた鉄板のように熱い。足の裏がじりじりと痛む。喉はひび割れ、唾を飲み込むたびに焼ける。
誰も笑っていない。
テントの影に七人が集まっている。汗の匂いと、魚の油の残り香と、湿った布の臭気が混ざって、鼻の奥に重く残る。
そのときだった。
バチッ、と乾いた音がして、ビーチの端に転がっていたスピーカーが突然息を吹き返した。
全員が跳ねる。
ザー……というノイズ。
そして、機械的な声。
「——本日より、選別を開始する」
背筋が冷える。
「最も反省の色がない者から排除する」
ナナが小さく息を呑む。
「なに……」
声は続く。
「食料と水は投票制とする。一日二回。最多得票者が優先的に配給を受ける」
「は?」
ユウタが叫ぶ。
「ふざけんな!」
「なお——」
一拍、間。
「最下位は排除対象となる」
スピーカーがぷつりと切れる。
波の音だけが戻る。
誰も動かない。
ケンジが口を開く。
「……排除って何だよ」
リナが震える声で言う。
「帰らされるってこと……?」
「どうやって?」
ナナの目が泳ぐ。
「船もないのに?」
沈黙が、じわじわと皮膚にまとわりつく。
ユウタが笑う。
乾いた、苛立った笑い。
「要するにさ、人気投票だろ?」
誰も否定できない。
テントの前に、いつの間にか小さな箱が置かれている。透明な投票箱。横には紙とペン。
ケンジが唾を吐くように言う。
「俺たちに、互いを選べって?」
「今までやってきたことじゃん」
ナナがぽつりと呟く。
空気が凍る。
「……どういう意味?」
ユウタの目が細くなる。
「SNSでさ」
ナナの声はかすれている。
「叩く人選んで、炎上させて、切り捨ててきたじゃん」
リナの胸がざわつく。
「それとこれ、違うでしょ」
「同じだよ」
ケンジが言う。
「フォロワーの数で、案件で、数字で。常に選別してきた」
汗が目に入り、視界がにじむ。
ユウタが立ち上がる。
「じゃあ誰が一番“反省してない”んだよ?」
沈黙。
視線が、ひとりひとりに突き刺さる。
「俺はちゃんと謝罪動画出した」
ユウタが言う。
「炎上の時、泣いて謝った」
「再生数伸ばすためでしょ」
リナが言い返す。
「……は?」
「サムネ、“本気で謝ります”って赤字で書いてたじゃん」
「それが何だよ!」
「結局広告つけてた」
ユウタの顔が歪む。
「じゃあお前はどうなんだよ!いじめ動画!」
空気が裂ける。
リナの指先が震える。
「……あれは昔」
「昔だからいいのかよ」
ケンジが低く言う。
「俺だって投資は合法だった」
「でも被害者いるよね」
ナナの声が小さく刺す。
「生活費って言ってた人」
「自己責任だろ!」
「そうやって切り捨ててきたんでしょ!」
叫び声が砂浜に散る。
頭がくらくらする。太陽が揺れる。
リナが喉を押さえる。
「……水、ちょうだい」
誰も動かない。
箱の横には、水が三本だけ置かれている。
三本。
七人。
ケンジが言う。
「投票、やるしかない」
「本気で?」
「死にたくないだろ」
紙が配られる。
手が震える。ペン先が汗で滑る。
誰の名前を書く?
リナは視線を感じる。
自分の名が書かれる気がする。
ナナが紙を握りつぶしそうになる。
「無理……」
「無理じゃない」
ユウタが言う。
「書け」
一枚、また一枚。
投票箱に落ちる紙の音が、やけに大きい。
カサッ。
カサッ。
ケンジが数える。
「……三票」
空気が止まる。
「リナ」
心臓が跳ねる。
「……二票」
「ユウタ」
ユウタの歯が食いしばられる。
「……一票」
「ナナ」
ナナが目を閉じる。
最後の一票。
ケンジの手が止まる。
「……俺」
一瞬、全員が息を止める。
三票。
リナ。
喉が鳴る。
「違う……」
視界がぐらりと傾く。
「私、反省してる」
「じゃあ謝れよ」
ユウタが言う。
「ここで」
「何を」
「全部」
太陽が容赦なく焼く。
リナの視界が白くなる。
足元が揺れる。
「……無理」
膝が折れる。
砂が頬に触れる。熱い。
「立てよ」
ケンジが揺さぶる。
「立て」
呼吸が浅い。
耳鳴り。
ナナの声が遠くなる。
「ねえ、様子おかしいよ」
リナの瞳が焦点を失う。
唇が青い。
「水!」
ユウタが叫ぶ。
ボトルを口に当てるが、うまく飲めない。水がこぼれ、顎を伝い、砂に落ちる。
「リナ!」
意識が途切れる。
その瞬間。
遠くから、低いエンジン音。
全員が振り向く。
海の向こうに、小型ボートが見える。
「……救助?」
ケンジが呟く。
ボートが近づく。
無言のスタッフが二人、リナを担ぎ上げる。
「どこ連れてくんだ!」
ユウタが叫ぶ。
返事はない。
リナの腕がだらりと垂れる。
ボートは何も言わず、沖へ向かう。
エンジン音が遠ざかる。
残された六人。
砂の上に、影が六つ。
ナナが震える声で言う。
「……これ、演出なの?」
誰も答えない。
太陽は、何も知らない顔で、燃えている。
投票箱が、風でかすかに揺れた。
次は、誰だ。
昼の空気は、刃物みたいだった。
陽射しは真上から突き刺さり、砂は焼けた鉄板のように熱い。足の裏がじりじりと痛む。喉はひび割れ、唾を飲み込むたびに焼ける。
誰も笑っていない。
テントの影に七人が集まっている。汗の匂いと、魚の油の残り香と、湿った布の臭気が混ざって、鼻の奥に重く残る。
そのときだった。
バチッ、と乾いた音がして、ビーチの端に転がっていたスピーカーが突然息を吹き返した。
全員が跳ねる。
ザー……というノイズ。
そして、機械的な声。
「——本日より、選別を開始する」
背筋が冷える。
「最も反省の色がない者から排除する」
ナナが小さく息を呑む。
「なに……」
声は続く。
「食料と水は投票制とする。一日二回。最多得票者が優先的に配給を受ける」
「は?」
ユウタが叫ぶ。
「ふざけんな!」
「なお——」
一拍、間。
「最下位は排除対象となる」
スピーカーがぷつりと切れる。
波の音だけが戻る。
誰も動かない。
ケンジが口を開く。
「……排除って何だよ」
リナが震える声で言う。
「帰らされるってこと……?」
「どうやって?」
ナナの目が泳ぐ。
「船もないのに?」
沈黙が、じわじわと皮膚にまとわりつく。
ユウタが笑う。
乾いた、苛立った笑い。
「要するにさ、人気投票だろ?」
誰も否定できない。
テントの前に、いつの間にか小さな箱が置かれている。透明な投票箱。横には紙とペン。
ケンジが唾を吐くように言う。
「俺たちに、互いを選べって?」
「今までやってきたことじゃん」
ナナがぽつりと呟く。
空気が凍る。
「……どういう意味?」
ユウタの目が細くなる。
「SNSでさ」
ナナの声はかすれている。
「叩く人選んで、炎上させて、切り捨ててきたじゃん」
リナの胸がざわつく。
「それとこれ、違うでしょ」
「同じだよ」
ケンジが言う。
「フォロワーの数で、案件で、数字で。常に選別してきた」
汗が目に入り、視界がにじむ。
ユウタが立ち上がる。
「じゃあ誰が一番“反省してない”んだよ?」
沈黙。
視線が、ひとりひとりに突き刺さる。
「俺はちゃんと謝罪動画出した」
ユウタが言う。
「炎上の時、泣いて謝った」
「再生数伸ばすためでしょ」
リナが言い返す。
「……は?」
「サムネ、“本気で謝ります”って赤字で書いてたじゃん」
「それが何だよ!」
「結局広告つけてた」
ユウタの顔が歪む。
「じゃあお前はどうなんだよ!いじめ動画!」
空気が裂ける。
リナの指先が震える。
「……あれは昔」
「昔だからいいのかよ」
ケンジが低く言う。
「俺だって投資は合法だった」
「でも被害者いるよね」
ナナの声が小さく刺す。
「生活費って言ってた人」
「自己責任だろ!」
「そうやって切り捨ててきたんでしょ!」
叫び声が砂浜に散る。
頭がくらくらする。太陽が揺れる。
リナが喉を押さえる。
「……水、ちょうだい」
誰も動かない。
箱の横には、水が三本だけ置かれている。
三本。
七人。
ケンジが言う。
「投票、やるしかない」
「本気で?」
「死にたくないだろ」
紙が配られる。
手が震える。ペン先が汗で滑る。
誰の名前を書く?
リナは視線を感じる。
自分の名が書かれる気がする。
ナナが紙を握りつぶしそうになる。
「無理……」
「無理じゃない」
ユウタが言う。
「書け」
一枚、また一枚。
投票箱に落ちる紙の音が、やけに大きい。
カサッ。
カサッ。
ケンジが数える。
「……三票」
空気が止まる。
「リナ」
心臓が跳ねる。
「……二票」
「ユウタ」
ユウタの歯が食いしばられる。
「……一票」
「ナナ」
ナナが目を閉じる。
最後の一票。
ケンジの手が止まる。
「……俺」
一瞬、全員が息を止める。
三票。
リナ。
喉が鳴る。
「違う……」
視界がぐらりと傾く。
「私、反省してる」
「じゃあ謝れよ」
ユウタが言う。
「ここで」
「何を」
「全部」
太陽が容赦なく焼く。
リナの視界が白くなる。
足元が揺れる。
「……無理」
膝が折れる。
砂が頬に触れる。熱い。
「立てよ」
ケンジが揺さぶる。
「立て」
呼吸が浅い。
耳鳴り。
ナナの声が遠くなる。
「ねえ、様子おかしいよ」
リナの瞳が焦点を失う。
唇が青い。
「水!」
ユウタが叫ぶ。
ボトルを口に当てるが、うまく飲めない。水がこぼれ、顎を伝い、砂に落ちる。
「リナ!」
意識が途切れる。
その瞬間。
遠くから、低いエンジン音。
全員が振り向く。
海の向こうに、小型ボートが見える。
「……救助?」
ケンジが呟く。
ボートが近づく。
無言のスタッフが二人、リナを担ぎ上げる。
「どこ連れてくんだ!」
ユウタが叫ぶ。
返事はない。
リナの腕がだらりと垂れる。
ボートは何も言わず、沖へ向かう。
エンジン音が遠ざかる。
残された六人。
砂の上に、影が六つ。
ナナが震える声で言う。
「……これ、演出なの?」
誰も答えない。
太陽は、何も知らない顔で、燃えている。
投票箱が、風でかすかに揺れた。
次は、誰だ。
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