『レッド・クリフ・バイアウト:不夜城の陥落』

かおるこ

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7話:インフェルノ・プロトコル

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 午後四時。

 太陽が、都市を焼いていた。

 空気が重い。
 ビルの壁は白く光り、アスファルトから熱が立ち上る。
 街全体が、巨大な鉄板の上に乗っているみたいだった。

 ギガ・テラ社、東京データセンター。

 サーバールームの温度表示は、三十七・九度を示している。

 冷却ファンが、獣のような唸りを上げていた。

「……おい」

 オペレーターがモニターを見たまま言った。

「温度、上がってないか?」

「外気温が四十だ」

 別の声。

「冷えるわけない」

 誰かが笑った。

 乾いた笑いだ。

 だが、笑いはすぐ止まる。

 警告音が鳴った。

 ピッ。

 ピッ。

 ピッ。

「……またエラー?」

「違う」

 モニターの数字が、ゆっくり上がっていく。

 CPU負荷 78%
 82%
 85%

「アクセス増えてる」

「どのサービス?」

「全部」

 誰かが顔をしかめた。

「……どういうことだ」

 そのとき。

 扉の影で、黄は端末を見ていた。

 指先が、静かにキーボードに触れる。

 画面には一行のコード。

 **SAFETY_OVERRIDE**

 黄は小さく息を吐いた。

 サーバーの熱気が、喉を乾かす。

 遠くでファンが吠える。

 画面の時計。

 16:11:05

「……あと」

 小さく呟く。

「二十五秒」

 彼はキーに指を置く。

 そのとき。

 端末の隅で、メッセージが光った。

 美央。

「準備できた?」

 黄は短く打つ。

「いつでも」

 送信。

 数秒後。

 返信。

「ユーザー、集まってる」

 黄は画面を閉じた。

 胸の奥で、心臓が一つ大きく鳴る。

 16:11:12

 サーバールームの空気が、さらに熱くなる。

 オペレーターが叫んだ。

「負荷九十!」

「なんだこれ!」

 モニターの数字が跳ね上がる。

 92%

 95%

 98%

「アクセス元!」

「全国!」

「いや……世界!」

 警告音が鳴り続ける。

 ピッ。
 ピッ。
 ピッ。

 黄はゆっくりキーを押した。

 Enter。

 画面が一瞬、白く光る。

 **SAFETY LOCK DISABLED**

 黄は小さく笑った。

「……開いた」

 その瞬間。

 都心の別の場所。

 スペル・バウンド本社。

 龍崎美央はスマートフォンを握っていた。

 手のひらが汗で濡れている。

 オフィスの窓から、焼けた街が見える。

 蝉の声が、壁の外で狂ったように鳴いている。

「……光明」

「うん」

 ソファに座った光明は、ノートPCを見つめていた。

「時間」

 美央が言う。

「今」

 光明は時計を見た。

「十秒前」

 美央の喉が乾く。

「ほんとに」

「三千万?」

 光明は笑った。

「もっといる」

「え?」

「四千二百万」

 美央は目を見開いた。

「なにそれ」

「君のファン」

 光明は軽く肩をすくめる。

「人はね」

「参加したいんだ」

「歴史に」

 美央は画面を見る。

 アプリの通知画面。

 指が震える。

「光明」

「うん」

「これ」

「善意のパッチ?」

「そう」

「ほんとに善意?」

 光明は少し考えた。

「技術的には」

「善意」

「……怖い言い方」

 光明は微笑む。

「インターネットは」

「善意で壊れる」

 時計。

 16:11:28

 光明が言った。

「今」

 美央は息を吸う。

 そして。

 ボタンを押した。

 **配信開始**

 スマートフォンが震える。

 通知が飛ぶ。

 全国のユーザーへ。

 数千万台の端末。

 同時に。

 アクセス。

 アクセス。

 アクセス。

 光明の画面で、グラフが跳ね上がる。

「来た」

 彼は小さく言った。

「波」

 データセンター。

 警告音が爆発した。

 ピイイイイイイイイイ!!

「負荷百!」

「百超えた!」

「冷却追いつかない!」

 モニターが赤く染まる。

 温度表示。

 38.5
 39.2
 40.1

「サーバー落ちる!」

「ノード切れ!」

「連鎖が……!」

 誰かが叫んだ。

「止まらない!」

 巨大クラウド「Chain」。

 数百社のデータ。

 物流。
 決済。
 広告。
 通信。

 すべてが一つに繋がった帝国。

 それが。

 同時に揺れた。

 黄はモニターを見る。

 ログが滝のように流れる。

 ERROR
 ERROR
 NODE FAIL
 SYNC LOST

 彼は小さく呟いた。

「……始まった」

 スペル・バウンド。

 光明が立ち上がる。

「温度」

「臨界」

 美央が聞く。

「どうなるの」

 光明は窓の外を見る。

 焼ける街。

 揺れる空気。

 そして。

 言った。

「都市が」

「息をする」

 その瞬間。

 ギガ・テラ社の巨大スクリーンが暗転した。

 東京。

 大阪。

 名古屋。

 各地のノードが、次々に停止する。

 警告音。

 叫び声。

 走る足音。

 サーバールームの空気は、もう熱風だった。

 黄は静かに端末を閉じる。

 胸の奥で、戦場の鼓動が鳴る。

 遠くで。

 巨大な帝国が、音を立てて崩れ始めていた。

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