『レッド・クリフ・バイアウト:不夜城の陥落』

かおるこ

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第8話:不夜城、炎上

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 午後四時十九分。

 ギガ・テラ社本社ビル。

 四十二階の統合オペレーションルームは、いつも夜のように明るかった。
 巨大スクリーンが壁一面に並び、都市の神経のようなデータが流れている。

 だが、今日は違った。

 赤い。

 画面が、赤い。

「……止まらない」

 オペレーターの声が震えていた。

「ノード二十三、落ちました!」

「三十二も!」

「同期不能!」

 警告音が鳴り続けている。

 ピイイイイイイイイ!!

 冷たいはずの部屋なのに、空気が熱い。

 人の汗の匂い。
 機械の焦げた匂い。

「冷却どうなってる!」

 マネージャーが叫んだ。

「限界です!」

「温度四十一度!」

「四十二!」

 スクリーンの中央に表示された「Chain」のネットワーク図が揺れていた。

 青い線が、次々と赤く変わる。

 まるで。

 炎が広がるように。

「……連鎖だ」

 誰かが呟いた。

「何?」

「連鎖」

 エンジニアが震える声で言う。

「一つのノードが落ちると」

「負荷が隣に流れる」

 別のスクリーンが点滅した。

 東京ノード 停止。

「嘘だろ」

「東京が?」

「ありえない」

 だが。

 次の瞬間。

 大阪ノード 警告。

 名古屋ノード 過負荷。

 福岡ノード 同期失敗。

「止めろ!」

 マネージャーが叫んだ。

「切り離せ!」

「できません!」

「なんでだ!」

 エンジニアが画面を指す。

「全部繋がってる!」

 Chain。

 曽我総一郎が作った、完璧な統合システム。

 すべての企業。

 すべてのデータ。

 すべての処理。

 ひとつのクラウド。

 ひとつの帝国。

 そして今。

 その帝国が。

 燃えている。

 

 その頃。

 スペル・バウンド本社。

 オフィスの窓から、夏の空が白く光っていた。

 蝉の声が、街を震わせている。

 龍崎美央は、モニターを見ていた。

 巨大なグラフ。

 ギガ・テラ株。

 赤い線が、崖のように落ちている。

「……落ちてる」

 小さく言った。

 光明慧はソファに座ったまま、画面を眺めている。

「どれくらい?」

 美央が聞く。

 光明は指を動かす。

「時価総額」

 数字が更新される。

「……二兆」

 美央が息を飲む。

「もう?」

「三分で」

 光明は淡々と言う。

「投資家は賢い」

「沈む船から」

「一番早く逃げる」

 美央は画面から目を離せない。

 株価。

 サーバー状態。

 SNSトレンド。

 全部が同時に爆発している。

「……これ」

 彼女が呟く。

「本当に」

「止まらないの?」

 光明は首を傾けた。

「止まるよ」

「いつ」

 光明は少し考えた。

「帝国がなくなったら」

 美央は苦笑した。

「ブラックジョーク」

「科学」

 光明は窓の外を見る。

 白い夏空。

「Chainは」

 静かに言う。

「効率の怪物」

「怪物?」

「一つ壊れると」

 指を鳴らす。

「全部壊れる」

 美央は目を閉じた。

 胸の奥で、何かがざわつく。

 勝った。

 たぶん。

 でも。

 遠くで、サイレンが鳴っている。

 物流。

 決済。

 通信。

 ギガ・テラのシステムは、街の血管だった。

 その血管が、今、詰まっている。

「……光明」

「うん」

「人、困らない?」

 光明はしばらく黙っていた。

 そして。

「困る」

 あっさり言う。

「でも」

 続ける。

「独裁が終わる」

 美央は画面を見つめる。

 赤いグラフ。

 落ち続ける数字。

 

 その頃。

 ギガ・テラ本社。

 重い扉が開いた。

 曽我総一郎が入ってくる。

 部屋の空気が、少し変わった。

「……状況」

 低い声。

 マネージャーが振り向く。

「曽我社長」

「Chainが」

 言葉が詰まる。

「言え」

「……崩壊しています」

 数秒の沈黙。

 スクリーンの赤が、曽我の顔を照らす。

「原因は」

「トラフィック」

「外部アクセス」

「数千万」

 曽我は眉一つ動かさない。

「遮断」

「無理です」

「なぜ」

 エンジニアが言う。

「ユーザーです」

「ユーザー?」

「善意のパッチ」

 その言葉で。

 曽我の目が、わずかに細くなった。

「……龍崎」

 小さく呟く。

 スクリーンがまた赤く光る。

 東京第二ノード 停止。

 大阪 停止。

 株価がまた落ちる。

「社長!」

「四兆飛びました!」

 曽我は静かに画面を見る。

 帝国が、崩れている。

 だが。

 その顔に、恐怖はなかった。

 ただ。

 小さく笑った。

「……見事だ」

 誰も言葉を出せない。

「完璧なシステムは」

 曽我が言う。

「美しい」

 赤いスクリーンを見つめる。

「そして」

 低く呟く。

「燃える」

 

 スペル・バウンド。

 美央は窓の外を見ていた。

 夕方の光が、街に落ちている。

 遠くのビル群。

 その中に。

 ギガ・テラ本社。

 巨大なガラスの塔。

「……不夜城」

 美央は小さく言う。

「燃えてる」

 光明は画面を閉じた。

「いや」

 静かに言った。

「今」

「夜が来る」

 蝉の声が、まだ鳴いていた。

 都市は。

 ゆっくりと。

 帝国の崩壊を飲み込んでいった。

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