『レッド・クリフ・バイアウト:不夜城の陥落』

かおるこ

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第10話:デプロイされる未来

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 秋の風が、街をゆっくり通り抜けていた。

 夏の焦げた匂いはもうない。
 空気は澄み、空は高い。

 かつてギガ・テラ社の本社ビルだったガラスの塔は、夕日の中で静かに立っていた。

 だが、もう光は灯っていない。

 窓の半分は暗い。
 看板も外されている。

 巨大な帝国の骨だけが残っているようだった。

 

 その頃。

 スペル・バウンド本社。

 オフィスには、コーヒーの香りが漂っていた。

 窓が少し開いていて、外の風がカーテンを揺らす。

 龍崎美央は、タブレットを見ていた。

 画面にはネットワーク図。

 点がいくつも光っている。

「……増えてる」

 彼女が言った。

 向かいの椅子に座っているのは、孫原健吾。

 物流王と呼ばれる男だが、今日はネクタイを外している。

「どれくらいだ」

 低い声。

 美央は画面を拡大する。

「接続ノード」

 数字が並ぶ。

「七百八十六」

 孫原は眉を上げた。

「一週間で?」

「うん」

「みんな」

 美央は少し笑う。

「中央サーバー嫌いなんだって」

 孫原は鼻で笑った。

「そりゃそうだ」

 椅子にもたれながら言う。

「一度燃えた城には」

「誰も住まん」

 美央は窓の外を見る。

 秋の光。

 穏やかな街。

「……でも」

 小さく言う。

「ちょっと怖い」

「何が」

「自由」

 孫原は首を傾けた。

「自由?」

「中央がないって」

「誰も守ってくれないってこと」

 孫原はしばらく黙っていた。

 コーヒーカップを持つ。

 湯気が上がる。

「龍崎」

 低い声。

「人は」

「守られるより」

「繋がる方を選ぶ」

 美央は笑った。

「物流王っぽい言葉」

「商売人の言葉だ」

 孫原はカップを置く。

「俺もやる」

「何を?」

「分散物流」

 美央が目を見開く。

「本気?」

「本気だ」

 孫原は笑った。

「トラックも」

「倉庫も」

「全部ネットワークだ」

「中央は要らん」

 美央はタブレットを見る。

 光る点。

 小さな会社。

 小さなサーバー。

 小さなネットワーク。

 だが。

 それらは全部、繋がっている。

「……ねえ」

 美央が言った。

「光明なら」

「なんて言うかな」

 孫原は肩をすくめる。

「さあな」

「変な理屈を言うだろう」

 

 その頃。

 都内の古い喫茶店。

 窓の外では、落ち葉が道を転がっていた。

 光明慧は、ノートパソコンを閉じた。

 テーブルの上には冷めたコーヒー。

「……終わった?」

 カウンターの店主が聞く。

 光明は笑った。

「一つのバージョンが」

「え?」

「世界」

 店主は首をかしげた。

「よく分からんが」

「お疲れさん」

 光明は立ち上がる。

 椅子が静かに鳴る。

 ポケットのスマートフォンが震えた。

 美央からのメッセージ。

「どこ?」

 光明は画面を見る。

 少しだけ考える。

 そして。

 返信しない。

 スマートフォンをポケットに戻す。

 店の扉を開ける。

 外の空気は、少し冷たい。

「……分散」

 小さく呟く。

「いい実験だった」

 彼は歩き出す。

 秋の街へ。

 

 その頃。

 夕暮れのギガ・テラ本社ビル。

 歩道に一人の男が立っていた。

 黒いコート。

 風に揺れる髪。

 曽我総一郎。

 彼は、廃墟のような塔を見上げていた。

 ガラスの壁が、夕日を反射する。

 だが。

 中は空っぽだ。

 かつて数千人が働いていた場所。

 世界を支配していた場所。

「……静かだな」

 彼は言った。

 答える人はいない。

 車の音だけが遠くで響く。

 曽我はポケットから小さな金属を取り出す。

 USBドライブ。

 冷たい重み。

 帝国の残骸。

 彼はそれを指で転がす。

「……龍崎」

 小さく呟く。

「見事だ」

 空を見上げる。

 夕焼け。

 赤い雲。

 だが。

 彼の目に絶望はない。

 むしろ。

 静かな光。

「中央集権は」

 低く言う。

「確かに死んだ」

 ビルの窓に、自分の姿が映る。

「だが」

 口元がわずかに上がる。

「支配は」

「死なない」

 彼はUSBを握る。

 強く。

「分散した世界は」

 ゆっくり言う。

「もっと簡単に操れる」

 風が吹く。

 ビルの影が長く伸びる。

 曽我は背を向ける。

 歩き出す。

 コツ。

 コツ。

 足音が、静かな街に響く。

 巨大帝国の終わり。

 そして。

 次の物語の、最初の一歩。

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