Tantum Quintus

Meaningless Name

文字の大きさ
上 下
15 / 35
1.Farewell to the Beginning

14:黒猫と獅子2

しおりを挟む
 レオの一言に溜息が出る。
どうって、なんだ唐突に。どうもこうもないんが。
クラスメイトとはいえ、数えるほどしか喋ったことの無い高根の花だぞ。
俺なんかとてもとても、あんなジャジャう・・・清楚な女性、俺にはもったいない。

「実は入学式の時にさ。一目ぼれして・・・―――」

じゃじゃ馬娘かどうかは一先ず置いておく。
ともあれ、事の経緯を順に追っていこう。


1.入学式の時に一目ぼれ。フロスに交際を申し出る。

2.条件は俺との勝負で1勝すること。

3.何回負けても1勝すれば交際スタート。

※但し俺にこのことを知られた場合、この話は無かったこととする。


なんだそりゃ。っていうか人を勝手に巻き込まないで欲しい。
ジェナスとの模擬戦やら訓練やらで、
こんなことさえなければ、毎日充実感で満たされるのに。

「それ、入学式の話だよな。俺と姉さんが居なくなった後の話?」

レオは黙って頷いた。

そんなにしおらしくするなよ。
それじゃ俺が悪者みたいじゃないか。

「で、なんで俺が条件の対象に?フロスからなんか聞いてる?」

「いや、なんも。
 ただムルトを条件に出したってことは、
 お前らはそういう関係で。だから勝てばって事なんじゃないのか?」

無意識に顔が歪むのがわかる。
・・・俺は知っている、こういうすれ違いコントを。

「俺とフロスは別になんもねーよ。
 ここ3ヵ月でレオのほうがはるかに喋ってると思うぜ?
 それに俺はそういう対象としてフロスを見たことはねーから。
 交際でもなんでも好きなようにやってくれ。俺を巻き込むな」

辛辣なのはわかってるが、
本当に迷惑してる身としては、冷たく突き放したくもなる。
コントに巻きまれるのもゴメンだ。俺は芸人じゃない。

「俺だって別に好き好んでお前を巻き込んだわけじゃねーよ。
 でも条件が条件だしさ・・・」

また俯くレオ。俺が被害者なの忘れてない?
でも確かに条件が面倒くさいな。
俺に1勝って。姉さんの甥という立場で、おいそれと負けを認めるのは。
俺が負けず嫌いなのとプライドの問題というか・・・。
折れてやりたいが、折れるものなら折ってみろと言うのが本音だ。
そして特にいい案も浮かばない。浮かばないがここには一人秀才がいる。

「条件かあ。なんかいい案ない?」

傍観しているジェナスに聞いてみる。
学園トップ3に入る秀才だ。
何かいい考えが一つや二つ、あるかもしれない。

「ムルトが負けを認めればいいだけでしょ?
 別に"模擬戦で"とは言ってないんだし」

ん?

言われてみれば模擬戦でとは条件に無い。
レオも"模擬戦で"とは言われてない、
"勝負で"と言ったことに太鼓判を押してきた。

なんでもっと早く気付かなかったんだ。
俺とレオは静かに目を合わせ、
今までのやってきた模擬戦に虚無感を感じた。
それもこれも今まで打ち明けてこなかったレオが悪い。
そして勝手に条件に俺を組み込んだフロスはもっと悪い。
俺は悪くない!ということで俺は精神を落ち着かせた。

なんやかんやあったがお互いの胸襟を開いた俺たちは、
一先ず和解という決着がついた。
入学式にあった若干のいざこざも、話せばわかる奴だった。
レオは意外といい奴だった。ただおつむが若干弱いのと、
肉まんを凝視する癖。そこだけ残念ないい奴だった。

フロスへの対抗策を見出した俺たちは、
 接続解除ディスコネクトしてコンソールルームに戻ってきた。
フロスに振り回されただけだった俺の感情は、憤りから呆れに代わっていた。
当事者の一人であるレオに八つ当たりしても良かったが、
ジェナスに なだめられた。

「マジで悪かった。この通りだ」

事も済んだというのに。平伏しきっているレオ。
見方を変えればレオも被害者みたいなもんなんだよな。
条件付けが俺だったというのが、唯一にして最大の不幸だったというか。
反省しきってるみたいだし、今回はこの辺で勘弁してやるか。
知らないうちに実験台にもしちゃったしな。

「もう俺に突っかかるのはやめてくれよな」

レオにあまり気づかいさせないよう、明るく言ったつもりだったが。
まだ青白い顔のレオは2、3頷いた。

そう言えば、殺気を当てたのは確かだが、
気絶するような物を当てた覚えは無いんだがな。
初めてだったし加減を間違えたかな。
 接続解除ディスコネクトしてしばらく経つというのに、
後遺症なのか若干青白い顔をしている。
今日はまだ体調悪そうだし、どんな印象だったか。
後日聞いてみるか。

少し新鮮な空気でも吸ったほうがいいかも。
とジェナスに促され、外に出ようとドアを開け・・・られなかった
取っ手へ伸ばした手は空を切った。そして自動でドアは開く。

渦中の人物が立っていた。

フロスは今にも泣きだしそうな顔でこっちを見ていた。
俺の後ろで顔を見合わせる二人。
計らずとも俺が泣かしたみたいな構図が出来上がっていた。
ちょっと待ってくれ、俺が泣きたい。
なぜフロスがここに来たのかも含め、
とりあえず外に出て話を聞く流れになった。



―――――――――――――――――――――――――




 ああ、夕日が眩しい。
俺とジェナスは疲れた体を休めるべく、ベランダに横たわっていた。
7:3くらいでジェナスに占拠されていたが。

「本当によかったの?ムルト」

「んー?何が?」

「何がって・・・」

「あー。フロスに万が一にも俺に気が合ったとしてもだ。
 俺にその気はねーから。ってさっきも言ったろ?」

ジェナスが聞いてきた意味も分からなくはない。
相手は政治家の御令嬢だ。少なくとも外見は。
そりゃあお近づきになれば、
"付き合っている間"であれば、相当なアドバンテージを取れる。
色んな奴に対して。いろんな意味で、だ。
ただ好きでも無いのに、
相手の社会的地位を利用するだけってのは、腑に落ちなかった。
もちろん自分の立場と目的に、利害が一致しないというのもある。
あ、ジェナスは聖人だから別腹だ。

兎も角そう言ったメリットデメリット抜きにしても、
フロスは好きになれなかった。何か一つ、本心を隠している気がする。
そんな気がした。だから良くて友達止まり。
それ以上の発展は100%無い。断言する。


「ムルトー。終わったわー」


備品倉庫の裏からレオが出てきた。
どうやら話は終わったらしい。

駄目だ。俺自身がこういった話に無縁でも、
顔が無意識にニヤついてしまう。完全に遺伝だ。

「で、どうだったよ」

レオは褐色の肌だろうがお構いなしに、顔を真っ赤にして首を縦に振った。
外見はどう見てもヤンキーにしか見えなかったが、中身はピュアそのものだった。

倉庫裏に一緒にいたはずのフロスは、先に寮に戻ってしまったらしい。
レオと一緒に出てくるのが恥ずかしかったのかな。
それを抜きにしても、一言詫びがあってもいいもんだがな。
この後レオをおもちゃにできることを考えると、まあ大目に見てやるか。

こうして付き合うことになった二人の経緯を、俺はニヤニヤしながら。
ジェナスはそんな俺を困った顔で見ながら。細部に至るまで聴取した。
夕日が沈み始めたので、本日の聴取を締めくくり被告人と別れる。

「意外といい奴だったな。レオ」

「そう?僕は最初からいい奴だってわかってたから」

屈託のない笑みでそんな言葉を返されてしまうと、
益々聖人度があがるな。ジェナスは。

二人で寮に戻るまでの道すがら。
フロスが俺を条件にした理由について思い出していた。

やはりあの入学式の際に、俺の義手から何かを感じてのことだったようだ。
このご時世、特に平和な民主主義を掲げるテルミットでは、珍しい存在だ。
それも人肌に調整できる特殊な義手。
紛争地帯や、いまだ小さな小競り合いをしている地域なら、
それなりにいるのだろうが。
そこに、姉さんの兄の弟子。
つまりはイシダ流を習得している可能性が高い。
そんな俺を条件にすれば面白いと思ったらしい。
迷惑極まりない。ご令嬢とはとても言えない行いだ。
これだからじゃじゃ馬娘は。

そしてたまたまターゲットに選ばれただけの俺が、
フロスと無理やり付き合っていると勘違いしたのがレオ。
自分の手で魔の手から取り返そうと、正義に目覚め立ち上がった。
ただ 勇者レオが模擬戦でボコボコにされているのを先程知って、
心配になりコンソールルームに フロスが来たのだと言う。
迷惑しかかけられてない俺は、完全に悪役である。

思い返しているうちに、寮の前に着く。
珍しく爺さんが玄関にいた。

「こんばんは。どうしたんです?」

返事は無かったが、聞こえてはいるようだ。
何故か申し訳なさそうな顔をした爺さんは、

「孫が迷惑かけたようで。すまんかったな。
 悪い子じゃないんじゃが。出来れば仲良うしてやってくれな」

そう言うと爺さんは管理人室に引っ込んでいった。
あのじゃじゃ馬娘の血縁者だったのか。爺さん。

ちょっとした衝撃を受けた俺とジェナスだった。

しおりを挟む

処理中です...