Tantum Quintus

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1.Farewell to the Beginning

16:威を以て迫し葬る

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 午前の訓練を引き上げた俺たちは、食堂で軽めの昼食を取っていた。
ついでに訓練中に感じた2人の戦い方について、考えていたことを話した。

レオは棒術について、やはり苦手意識があったらしい。
父親から勧められて始めたらしいが、自分でも合わないと感じていたようだ。
体術の中でも足技に優れているレオは、長所を伸ばすのが先ではないか、
という結論に落ち着いた
かたやジェナスは、いつにも増して小さくなっていた。
 擬人装甲マプスと 肉体強化ビルドアップを過信しすぎていることについても、
若干のショックを受けてはいたが、思い当たるところもあったようだ。
すんなりと聞き入れてくれた。
話しているうちに、
ふとレオに聞いておきたいことを思い出した。
彼が思い出したいかどうかは別として。

「レオさあ。一つ聞いておきたいことあるんだけど」

「なんだよ。改まって。答えられることならなんでも良いぜ?」

男に二言は無いよな。
確認した俺は先月レオに当てた、 仮想バーチャル内での殺気について。
レオが気絶する前に感じたものが、どんなものだったのか聞いてみた。

「ここ最近じゃ一番答えにくいところを聞いてくるのな」

そう言って、あの時の感情や殺気に当てられた時の感想を話してくれた。
聞いた感想としては・・・正直よくわからないことだらけだったので、
俺もそれ以上聞かないことにした。彼の口下手なところが、
説明を余計に理解し難いものにしたのは言うまでもない。
それにレオとはもう打ち解けている。
あまり傷口に塩を塗るようなことはしたくない。

《ムルト、ちょっと話があるから、合わせてくれる?》

ん?この近距離で、とは珍しい。姉さんからの 個別通信チャネルだった。
俺がアイコンタクトを送ると、
教官殿の号令で午後の訓練を開始する流れになった。

「俺ちょっと用足してから行くわ。先行ってて」

「わかった。レオと模擬戦してるね」

ジェナスはなにか察したのかもな。
レオの肩に手を回すと、そのまま強引に引っ張っていった。

「で、話って?」

無言で視線だけ合わせてくる姉さん。
口頭じゃ話せないって事か。

《ムルト、あなたさっき 仮想バーチャルで" 威迫殺いはくさつ"使ったって、本当?》

 威迫殺いはくさつ?聞いたことないな。
もしやチップの機能が 解除アンロックされたのか!
首をかしげる俺に、間をおいて深いため息が聞こえた。

・・・どういうことだよ。
溜息の意味が分からなかった。

《いい?多分あんたが 仮想バーチャルでレオ君に当てたのは、殺気や怒気じゃないわ。
威迫殺って言って。ん~と、殺気の上位互換っていったらいいのかしら》

レオが殺気だけを感じて気絶したわけじゃない。
本人の話からそれはわかっていた。
正確には殺気だけではない。
負の感情全般といった大きな括りで、もっと抽象的なものだ。

《上位互換って具体的にってのどういうものなの?》

《ちょっと長くなるけど、ちゃんと聞いてね》

そう前置きした姉さんは 威迫殺いはくさつについて説明を始めた。

結論から言うとチップの性能が、 解除アンロックされたわけではなかった。
そもそも威迫殺とはイシダ流の秘技の一つ。
単に殺気を当てる、とはわけが違う。
2代目当主が編み出したそうで、対等以上、格上には効果がない。
その反面自分より格下の相手には、絶大な威力を発揮する。
あるとあらゆる負の感情が対象に押し寄せ、
萎縮や金縛りといった形で襲い掛かる。
精神を不安定にさせると次は、肉体へも影響する。
痙攣、貧血、呼吸困難、心肺停止。
入学式の時にレオに当てた姉さんのそれとは、わけが違った。

《一歩違えればレオ君、死んでいたかもしれないわね》

その一言に、俺は俯くことしかできなかった。
ちょっとビビらせたかっただけだ。
殺すつもりは無かったが、
その殺意をコントロール出来ていなかったのも、今の話で明白だ。
確かに当時はレオに対して邪魔な奴、
程度の感情しか持ち合わせていなかった。
もちろん今は違う。
レオの事情や感情も、わからないわけではなかったし、
ストレートが過ぎる奴ではあるが、根は悪い奴じゃない。

姉さんは俺の頭をそっと引き寄せ、優しく撫でてくれた。

「わかればいいわ。しっかりコントロールできるようになるまでは、
 不用意に使わないほうがいいわね」

《威迫殺はちゃんとコントロール出来れば、武器としては優秀よ。
 けど使うべき相手と場面を間違えないで。自分ですら危うくなるわ》

姉さんの腕の中で小さく頷いた俺は、一つ決心した。
まだ会って3ヶ月程の短い付き合いだったが、
俺にとってジェナスもレオも、いまや大事な仲間になっていた。
学園内で二人だけが、心から話せる間柄になりつつある。
使うのであれば絶対の制御が必須。ミスは許されない。
万が一は、億が一にもあってはならない。
威迫殺の使用を、極力控えることにした。



話を終えて再び 仮想バーチャルに戻ると、
目の前、高さ20m程だろうか。空中散歩が好きなんだろうか、レオは。
空中を2、3回華麗に舞っていた。

「っぐはぁ!」

銃撃された鳥のように、
地面に思いきり叩きつけられたレオの五体は、砂埃に消えた。
だが激痛からくる喘ぎが、ダメージの大きさを容易に想像させる。
一方のジェナスは大丈夫?と声を掛けながら、おずおずとレオに近寄った。
ジェナスが言うには、カウンターが決まった。だけらしい。
レオとジェナスにも、それなりの力量差があったのはわかってはいたが。
なんでも護身を前提に、最大限相手の隙を活かしたカウンターを入れたのだとか。

「ほら、さっきムルトが言ってたでしょ?自分の装甲に頼り過ぎだって」

全神経を防御に回し、相手の攻撃を受け流し続ける。
その間に溜めたパワー全てを、
完璧なタイミングで隙の出来た相手にカウンター、
その一撃に全てを込めたらしい。
元々パワーもあるジェナスだ。
攻めるパワーより守るパワーが最大限引き出されたのが、このカウンターか。
そこに二人の力量差。レオが吹っ飛ばされるのも納得がいく。
流石学園トップ3の秀才は、戦闘においても流石の一言だ。
すぐに実戦で行動に移せるとは、末恐ろしい。
レオのほうはというと、一応息はしてる。
ここの 出発地点デパーチャーは一部制限は解除したとはいえ、
まだ致命傷は避けられるしな。
骨折くらいはするだろうが、バイタルチェックも安全域を示している。
そのうち目を覚ますだろう。


「ジェナス君はレオ君を介抱してあげてて。その間は暇だろうし観戦しててね」

そう言って姉さんはジェナス達と距離を取ると 擬人装甲マプスを纏う。
お、姉さんと模擬戦か。久々で腕が鳴る。
せめてギアを一段階上げた姉さんと、
互角に張り合うくらいは出来るといいんだが。
しかし姉さんの 擬人装甲マプスは相変わらず、
息子への刺激が強いフォルムだな。
・・・40も超えたというのに。

俺も 擬人装甲マプスを纏い、
構えたところで姉さんから 個別通信チャネルが入った。

《威迫殺、今出来る?》

その単語は今の俺に刺激が強い。
だが格上には通じないのであれば問題ないか?
4か月前は軽く手玉に取られていた俺、
間違いなく姉さんにとって格下なのは確かだ。
空白の期間だけで縮まったと言えるような、生半可な差ではない。

《わかった、まだ2回目だから調整もクソも無いって事だけ》

《誰に向かって言ってるのよ全く。遠慮しないで使ってみて?》

一呼吸置き、レオにぶつけた感情の数々を思い出す。
姉さんを見ながらだと自分の感情が揺らいでしまうので、目を瞑る。

・・・殺す


・・・殺す!


・・・殺す!!


・・・殺せ!!!

目を見開き、ありったけの負の感情を姉さんに当てる。
しかし姉さんは腕を組んだまま静観している。
やっぱり何ともないよな。
効果が無かったことに、少しの悔しさと安堵が広がった。

だが異変が起こったのは俺の方だった。

膝が笑い、全身に悪寒が走る。
全身の血が引いていく。吐き気がこみ上げ、次の瞬間、

「ゴポォッ!」

両ひざを付いた俺は大量に吐いていた。
視界は真っ赤に染まり、自分が血を吐いたのだと実感させる。
震えが止まらない。このまま死ぬのではないか?
錯乱状態にあった俺に、
致命傷を受けない制限下にある事を認識する、そんな余裕は無かった。

「ムルト?ムルト!しっかりなさい!」

パシンッ!

下を向いていた俺を無理やり仰がせると、顔に鋭い痛みが走る。
 擬人装甲マプスを脱いだ姉さんの顔があって、何か言っているようだった。
が、朦朧とした意識が、俺を覚醒に導くことは無かった。



目が覚めると、目の前は奇麗な夕日に飾られていた。
あ、レオがまた吹っ飛ばされてる。よく飛ぶなあ、あいつ。
体を起こし何があったか思い起こそうとして、やめた。
猛烈な吐き気が俺を襲った。辛うじて吐きはしなかったが。

「まだ横になってていいわよ」

《威迫殺当てられるなんて中々ないんだから。特にイシダ流の人間はね》

姉さんだった。
お言葉に甘えてビーチベッドに、再び体を預ける。

「何がどうなってるのか、説明してくれると助かるんだけど」

俺の頭を撫でながら姉さんは、 個別通信チャネルを交えながら、
本日2度目のレクチャーを始める。
そろそろ小学生みたいな扱いはやめてほしいもんだが。
そしてまたレオが宙を舞った。

まず俺が当てたであろう威迫殺は、姉さんに何の害も及ぼさなかった。
当然だ。力の差は歴然。誰がどう見ても姉さんのほうが格上。
雲の上の存在に手を伸ばそうなど烏滸がましい。罰が当たったのだ。

しかし何ともなかった姉さんとは裏腹に、俺を襲った感情や体の変化。

《そ。それが威迫殺よ。威力を実感できたほうがよかったでしょ?》

そりゃそうだが、先に言ってくれればいいのに。
絶対わざと言わなかっただろ。このニヤニヤ年増め。

《ああ、それで"自分ですら危うくなる"って言ってたのか》

「そゆこと~♪」

つまり俺は威迫殺の威力をその身をもって、体験できたって事か。
正直思い出しただけで吐き気を催すアレを、2度とくらいたくはない。
ただこの体験があったからこそ、レオの的を得ないあの説明にも納得がいった。

確かに負の感情とは言えるだろう。ひどく抽象的だが。
とは言っても具体的にと言われると、
この例えようのない体験を、上手く言葉にはできなかった。
そもそも威迫殺をくらった人間自体少ないだろうし、
居たところで、既に土に還っているのが大半だろう。
改めて使用は控えようと、自分に念を入れた。
話を終えた姉さんは両手を広げ、ラウンドガールのように戦場に赴く。

立てば芍薬座れば牡丹。歩く姿は百合の花。しかれど誠の四十路也。
睨まないでくれ、ほめてるんだから。


「今日はこの辺でかいさ~ん。今夜はバーベキューにするわよ~♪」

夕日の照らす地平線が沈みかけていた。もうそんな時間か。
バーベキューと聞いてジェナスが既に涎を垂らしている。

「教官殿!私物の鶏肉を持参してもよろしいでしょうか!」

食いしん坊め。
かたやレオはというと、

「きょ、教官殿。自分はもう一歩も・・・」

今日何度目かわからないKO。両手で収まりきらない回数だ。
 現実リアルに戻れば、
忠実に再現された打撲や疲労に悩まされるのは、火を見るより明らかだった。
まあ大きなけがをしているわけなじゃない。
レオはそんなに軟な人間じゃないことも知っている。
なんせ俺に8回も挑んできた男だ。
フロスネタで焚きつけてやればもう少しやれるだろう。

そんなこんなで俺達の夏休みは、煮えたぎる地獄の窯に放り込まれていた。
学校が始まる最後の日まで。
合間に2、3日の休みを挟んではいたものの、
地獄と例えるにふさわしい内容だったと、自負している。



あっという間に新学期、フロスと顔を合わせた俺たちは、
真っ黒になった肌を爆笑に塗り替えられた。
レオはフロスと全然会ってなかったみたいだ。
数日訓練の無い日もあったし、てっきり逢引してるかと思っていたんだが。
ド直球に告白してた割に結構奥手なんだな。

だめだ、顔が迫真の演技をしてくれない。
レオを見る俺の顔は、親父や姉さんと遜色ないんだろう。

まだ笑いの止まらないフロスに黒焦げの理由を聞かれ、
 仮想バーチャルで訓練していたと正直に話す。それがいけなかった。
火に油を注いでしまったようだ。
御令嬢とは思えない大爆笑に、レオが困惑していた。

学園内から降り立つ 出発地点デパーチャーの普段の制限を考えれば、
当然の反応と言えば当然か。
そもそも 仮想バーチャルで日光浴なんて、
 現実リアルで日焼けサロンに行くのと何ら変わりないしな。
反応的にはわからんでもない。わからんでもないが、笑い過ぎだ。

レオがどうすればいいかわからず、おろおろしているしぐさは新鮮だった。
ようやくじゃじゃ馬の本性を知ったようだな、可愛そうな獅子君!
しかし今目の前で捧腹絶倒中の女性が!本当の君の彼女なのだ!
せいぜい頑張ってくれたまえ!

しかして爆笑と共に新学期はスタートしていった。
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