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7話
しおりを挟むロワの宮殿の応接間。ロワとニクスの反対側に座る、緑鱗の竜人。間にある机の上には紙幣の束。
「恐れながら申し上げますが…ニクスは譲れません。お金や名誉との引き換えでも、ニクスは渡せません。ニクスは売り物ではないのです。」
ロワはその返答を全く予想していなかった。それはニクスも同じだ。竜人は動揺したままだったが、言葉にははっきりと意志を感じた。
「陛下…確かに俺たちは庶民が安易に手が出せない金額で依頼を受けています。しかしそれは、本当にニクスを必要とするかどうかを見定める手段でもあるんです。同性カップルだったり、跡取りがいない人にとってニクスは唯一の希望みたいなもんなんだ。でもそれはニクスの体質を利用してるだけで、ニクス自身は商品じゃない。」
「ニクスを枷で繋いでおいてよくそんな事を言えるな。」
竜人は少し驚いた顔をした。
「よくご存知で。確かに、たまに外に出すとき以外はニクスの首に枷をはめて、鎖で繋げて、部屋にも鍵をかけました。でもそれはニクスを守るためです。」
「どういうことだ。」
「ニクスは、しばらく行為をさせずに放っておくと行為中の雌並みの匂いを出すんです。うちの使用人とかがその匂いにそそのかされてニクスを犯したりしないよう夜は部屋に鍵をかけているし、ニクスを勝手に外に連れ出せないように鎖をつけました。もし部屋でニクスを犯せば必ず気付きますからね。」
「家に帰さない理由もそれか。」
「えぇ。親元に返しても軟禁されるだけでしょうね。元々そうでしたし。このような特殊体質を聞いたことがないとしても、匂いを嗅げば本能でわかってしまいます。あの田舎にいるより、俺たちのところにいた方がよほど安全だ。」
「ならここはもっと安全だ。」
「陛下…確かにニクスは子供を産めます。しかしニクスは雌ではない。ニクス自身ではどうすることもできない体質を利用しているのは事実ですし、ニクスがそれを快く思っていないこともわかっています。」
「ならどうして商売を続ける。」
「ニクスは普通には暮らせない。本人が望まずとも身体が雄を求めている。それを誰かに利用されたり悪い連中に捕まって売られて男娼になってしまえば望まぬ子を、育てる余裕もないのに産み続けることになるかもしれない。だから俺たちは、ニクスの相手を与えているんです。ニクスはそれで欲を発散できる。相手は、それで家族を手に入れることができる。なんらかの事情で子供がいない家族にとって、雄で孕めるニクスは浮気にはならないし、相互利益の関係ですから罪悪感も少ない。」
竜人は姿勢を正し、息を整える。
「陛下もニクスを使うくらいですからお分かりいただけるでしょう?彼が一部の人たちにとってどれだけ希望になるか。」
「…だからといって、あと何十年かして産めなくなって用済みになったらどうするつもりだ。」
竜人は首を横に振る。
「俺たちはそこまで薄情者ではありません。それに、ニクスを彼の家族から引き取る際の約束は果たすつもりです。ニクスには許嫁を用意します。」
ニクスがえっ、と思わず声を出してしまうと、彼はニクスを見た。
「お前に理解のある雌を探して、その人をお前の許嫁にしようと思っているんだ。妊娠していても精液は出るから雄としての夫婦生活に問題はないだろう?」
そんな話は初めて聞いた。とニクスが言うと、竜人は申し訳なさそうな顔をした。
「産ませておいてなんだが…子育てって大変なんだな。あの子の世話で精一杯で…いや、舞い上がってただけなのかもしれない。本当に嬉しくてさ……でも最近は落ち着いてきたし、この取引が終わったら本格的に探そうと思っている。」
「…お前もニクスに自分の子供を産ませたのか?」
「あぁ、それは聞いていなかったんですね。そうです。はずかしながら俺と兄貴は愛し合ってるんです。それが異常だともわかってる。でも、やはり子供が欲しい。兄弟だからどっちとできても血は繋がっている。だから俺と兄貴で交互にニクスを抱いて、産んでもらいました。ニクスの最初の子供です。もうじき2歳になる。」
ニクスはその子供と一度も会っていないが、彼の口からそれが出ると胸がざわつく。
「生活が一変しました。陛下もその内お分かりになるでしょう。大変ですが、この上なく幸福なのです。そして他にもそれを望んでいる人がいる。里子も良いが、やはり片方だけでも血の繋がっていた子が欲しいのです。俺たちも同じだったから、その気持ちが痛いほどわかる。だからみんなにも俺たちと同じ幸せを感じて欲しい。ニクスにとって不本意とはいえ、不可抗力の欲にひたすら耐えるよりもずっと良いでしょう。…陛下がニクスを望んでいるということでその予約に割り込みさせています。後の者たちが待っているのです。」
ロワは歯ぎしりした。あくまでも自分は依頼人の1人に過ぎない。ニクスを使って自分の子供を作るというのは他の依頼人と大して変わらない。たとえニクスに温かくしても、彼の気持ちを一切考えていなかったのも同じなのだ。
「それにニクスで得た金は全て貯めてある。ニクスが結婚できたら、以降の報酬は貯めてある分も含めてニクスに全部渡します。生活だって保証します。ニクスのおかげで、俺と兄貴はもっと幸せになれた。そのあとの依頼者も、この後の依頼者もきっと同じだ。」
竜人は、もう金を見なかった。彼も貴族であるし、もともとそこまで執着しているわけでもない。
「でもニクスは、雄であるのに子供を産むことを憂い、毎回異常なほど体調を崩し、異常なほど苦しんで子供を産みます。ニクスだけ毎回満身創痍になるのは不公平でしょう?高い依頼料は客を選別するためと、客の幸せと引き換えにニクスの将来に投資してもらっているようなものなのです。俺たちは、ニクスにも幸せになって欲しい。」
竜人の言葉に驚いたのは、他でもないニクスだった。しかし竜人は至って真剣な眼差しで、そこには愛情さえ垣間見える。初めて会った時よりも、明らかに雰囲気が柔らかくなっている。
確かに、自分に対する態度がだんだん柔らかくなっていったことはニクスも感じていたがここまで想われているとは思っておらず、最初の許嫁は自分を手に入れるための建前だと思い込んでいた。
いや、最初は本当に嘘だったのかもしれない。子供が産まれてから丸くなって、考えを改めたのかもしれない。
だとすれば、ニクスの意思に関係なく産まされたニクスの最初の子供が、遠回しにニクスにも明るい生活を運ぼうとしている。
「お腹の子は陛下のご世継ぎですから、産まれるまで陛下の元で過ごさせることに異論はありません。しかし、その後は、返していただきたい。」
ロワは黙って目を瞑る。竜人の言葉と、今までのニクスとの暮らしを顧みる。そして重々しく口を開いた。
「……わかった。ニクスは返す。だが、お前たちはひとつ間違ってる。」
「何をですか?」
「ニクスは他に道がないからお前に従っているだけ、そしてニクスは産んだ子供を大事に思っている。相互利益の取引ではない。」
そう言ってロワは立ち上がり、ニクスを連れて応接室を出る。こわばった表情で、黙ったまま自室へ向かう。
「…すまない。」
ニクスをソファに座らせ毛布をかけさせると、ポツリとそう言った。
約束を守れなくてすまない。偉そうに適当なことを言ってすまない。そもそもお前のことを何も考えていなくてすまない。
そしてニクスが呼び止めるのを無視して部屋を出て行ってしまった。
つづく
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