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1.青へと堕ちて
しおりを挟む落ちて。
堕ちていく。
共に沈む炭。
おそらく、紫の閃光で焼かれた腕。
ギリギリで避けたとはいえ、指先さえ動かない。
全てこの身に降りかかったのはーー我が最愛の者の炎。
それだけで、歓喜に震えた。
ぼちゃん、と溶岩に落ちる。
しかし、身体は溶けない。
先祖代々、竜の血を絶やさぬよう近親交配を重ねた結果だろう。
……最期に溶けるなら、青い炎がいい。
温泉に浸かるように、流れに身を任せる。
ーー本当に、良かった。
まだ、あの青の火に抱かれていたかった。
そんな後悔を引きずりながら、岸へとたどり着く。どうにか片腕でよじ登ると、そこには真っ黒と真っ白のルミナリアが咲いていた。
「……ふぅ」
しばらくじっと溶岩の流れを見ていた。
浮かぶのはあの子の笑顔のみ。
振り向く時に膨らむ青と白。
赤子の時のあの重さ。
ーーいや。
だめだ。
パチンと指を鳴らす。
俺が愛していて、守るべきなのはーー
霞んでいく。
心のどこかが軋む。
その後は案外、回復も早かった。
どうやら甘美なる想像は回復も早めるらしい。
だが、まだ先は長い。
この火口を、登らなければならない。
途方に暮れながらも、頭の中はもうレイのことばかりだった。
……もう少し、戦っておけばよかった。
妄想に耽っていると、じゃり、と背後で音がする。
ーーグルル……。
複数の魔物。
この過酷な火口にも適応できる者たち。
鋼鉄や岩でできた身体。
疲弊した今の身体では、戦うのも骨が折れる。
ふ、と黒い炎を吹きかけた。
一番強そうな個体を漆黒で包む。
攻撃を警戒していた魔物は、鋼の身体で防御する。
ーーが、俺の炎は傷を負わせない。
そのまま、隣にいた魔物に殴りかかった。
精神操作は、あまりにも容易だった。
さあ、レイ。
遠くで、俺を感じ取ってくれ。
君の声が聞けないのも、青い花が見られなくなるのもーー残念だが。
きっとまた会うときは、君の隣に並べるくらいには、強くなっているだろう。
代わりに、己の帰還を祝福する黒い花を、ちぎり取る。
背後では、肉が削ぎ落ちる音。
ガチャガチャとうるさい。
……俺は、思い出を噛み締めているというのに。
うっとりと、片方だけの瞳を閉じた。
ーー姉が亡くなり、まだ十代だった俺の腕の中に収まった、小さなレイ。
ーーてくてくと、俺の後ろを一生懸命についてきた、あどけないレイ。
ーー騎士として、淑女として、俺から手取り足取り教わった、健気なレイ。
ーーそして、今では、俺を抱き抱えるまでに成長した、レイ。
本当ならーー
あの晩餐会は、俺たちが竜になって、この世界に二人だけになるまで暴れるはずなのに。
そうしたら、危険なこともなくなる。
かわりに、竜の尾にある火口付近ーー
かつて竜と人が誓いを立てた、あの神殿で。
誰にも邪魔されない場所で。
レイと、二人だけで。
その日のために、準備を重ねた。
怠ったつもりはない。
完璧だった。
……はずだった。
今頃は、俺とレイ、二人で竜として君臨していたはずだった。
レイは、美しい竜へと昇華し。
俺は。
中途半端なままーー
すべて、ヴェラノラのせいだ。
あの女王が、邪魔ばかりして。
俺のレイを、奪った。
「……ちっ」
手に握っていたルミナリアを、くしゃりと握り潰す。
燃えていく黒い花弁が、ぱらぱらと宙に散った。
不愉快だ。
我に返る。
ーー静かだった。
ふと振り返ると、鋼鉄の身体を持った魔物だけが、俺の後ろに控えていた。
他を倒したらしい。
邪魔だ。
再び黒炎を吹きかける。
魔物は、抵抗なくその黒を受け入れた。
自ら頭を地面に打ちつけ、自傷を始める。
ガスガスと、頭蓋が砕ける音が響く。
やがて、痙攣を起こし、動かなくなった。
鋼の外殻の中身は、ただの肉。
この灼熱の地では、ちょうどいい具合に焼かれている。
……うまそうだ。
本能で、そう思ってしまった。
かぶりつく。
本能に、抗えなかった。
遥か昔、魔物が竜を喰らい、魔力を得たという話。弱った俺の身体も、無意識にそれを欲していたのだろう。
一体。
また一体と。
無心で、肉を貪る。
こんな、みっともない姿。
絶対に、レイには見せられない。
そう思いながらーー
「……ふぅ」
随分、回復した。
相変わらず、右腕は戻らない。
けれど、背には翼がーーかすかに、膜を張り始めていた。
どこまで流されたかはわからない。
だが、この湧き上がる力だけは確かだ。
レイのために。
この力を、扱わなければーー
「待っていろ、レイ……」
俺は一人呟いた。
この身が裂ける想いではある。
しかし、もっとーー力を。
レイのために。そして……。
ゆっくりと翼を広げ、一番星を孕んだ宵闇へ。
漆黒の花園が揺れた。
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