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三十一話、血も祈りもない場所
しおりを挟む通路に出ると、空気が変わった。
冷たい。けれど、凍えるような寒さではない。
壁や天井、床に至るまで、すべてが滑らかで無機質だった。
磨かれた金属のような光沢。音が反響しすぎない、妙に吸音された空間。
まるで生き物の心音を拒絶するような、無言の静けさ。
「この城は、ラザリが“最初に夢見た構造”を基に作られている。
要塞であり、研究所であり、“新世界の母胎”らしいよ。皮肉な話だけど」
ゼロは軽く笑ったが、目は笑っていなかった。
適応観測室。
中枢室。
孵化室。
それぞれの部屋を案内された。
どれも個を造るための部屋。
神にでもなろうとしているのか。
理解したくはない。
最後の部屋の中。
青白く光る中空ディスプレイが数枚。
文字列が淡々と流れていく。意味のあるようで、ないような情報群。
横を見ると、白く照らされた彼。
それを読むゼロの目だけが、静かに“生”を持っていた。
「あなたも思っただろう?
ここには人の声が、まるで染み付いていない」
ゼロが唐突に言う。
その無機質なパネルを指でなぞる。
私が黙っているとさらに続ける。
「ここは、綺麗すぎる。……だから、気持ち悪い」
その通りだった。
床に血も、涙も、笑い声の残滓もない。
火も、魔も、祈りも……何ひとつ、感じない。
この場所には“生きていた痕跡”がなかった。
彼は私に協力するか否かを問うた。
そしてラザリを否定するような言い方。
……ゼロを味方に付けるという手もあるか。
「……なぜ案内している?」
「あなたには選択肢がある。
ラザリの側に立つか、それとも――逆らうか」
立ち止まる。
前方には扉がある。
ラザリ側につく――
私にも利があるのだろう。
確かにイグニス王国をいまだに否定するものは多い。
この国だけが祝福を得ているから。
協力すれば、もう民もそういう目を見られずに済む。
何よりも、竜に対して――
けれど、羨望。
期待。
希望。
それ以外もいるのは事実。
「……おまえはどうなんだ? ラザリの意思か? 自分の意思か?」
「そうだな。隅っこで生きてきたから、それが変わると思っているから賛同してるだけ」
それに、と続ける。
「少しだけ羨ましかったから」
確かに私も一度。
普通の人に生まれたかったとは思った。
それでも――
「隣を見るよりも己を生きないのか」
「ははっ、やっぱり俺、貴女の事が好きだな」
「そうか。正々堂々来ればよかったな」
「そうだな」
その顔は少し寂しそうだった。
――が、再び改まって、立ち止まる。
「ここが謁見の場。話したうえでヤツと共に世界を変えるか。否か」
セレスタの影がちらつく。
彼のいうこと。
私にもわかる。
私も目指すもの。
理想だ。
セレスタも安全になる。
――が、彼女がそれを望むことはないだろう。
既に決心はついている。
ゆっくり扉が開いていった。
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