君に、炎を捧ぐ〜偽りの剣と、真実の愛〜

みらい

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六十一話、鳥の籠

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 誰にも告げず、私は屋敷の廊下を奥へと進んだ。

 何度か訪れたことのある邸宅。
 だが、その最奥の一室だけは――
 一度として、足を踏み入れたことがなかった。

 

 ――彼女の部屋。

 扉の前に立つと、胸が軋んだ。
 手を伸ばした指先が、かすかに震える。

 この先にあるのは、任務を全うする騎士としてのレイではない。
 “セレスタ”という、一人の少女の――暮らし。
 想い。孤独。希望。

 扉を押す。
 立て付けの悪い扉は、ぎぃと音を立て、半ばで止まった。

 私は肩をすぼめ、身をすり抜けて中へと入る。

 小さな暖炉。
 几帳面に並べられた書物と道具。
 よく手入れされた剣のセット。
 読みかけの本には、薄く栞が挟まれていた。

 そして、机の上に置かれた手紙。
 宛名には――私の名前。

 ……折られたままのそれは、渡されることなく、置き去りにされていた。

 他にも、何枚も書きかけの手紙があった。
 ペン先が止まったままの文面。
 繰り返される言い直し。
 きっと、言葉を探していたのだろう。

(……あれは、パーティの夜だったかもしれない)

 そう思うと、胸の奥がじわりと温かく、そして苦しくなる。

 視線がぬいぐるみに向いた。

 等身大の大きなクマ。
 繰り返し縫い直された跡がある。
 ほどけた糸が、どれだけ使い込まれていたかを物語っていた。

 ――これは、きっと……

 私は、そっと口元に手を添える。

 人に触れる練習を。
 きっと、この子は――
 ぬいぐるみにすら、そうやって少しずつ慣れていこうとしたのだろう。

「……真面目な子……」

 気づけば、声が漏れていた。

 整然とした部屋なのに、そこには確かなぬくもりが残っていた。
 まるで、どこかにまだ彼女が隠れているような――
 気配すら感じるほどに、生きている。

 私は、部屋の中央へと歩み出る。
 壁際の小さな箱に目がとまった。

 開けてみると――そこには、見覚えのあるイヤリングの箱が。

 私が持っている、イヤリングの“対”の品。
 あのとき渡した、片割れの証。

 箱の布地は少し破れ、角は擦り切れていた。
 中には、丁寧に包まれた小さな紙片が一枚。

 ――『いつか、返す日が来たら』

 それだけの文字。
 けれど、確かに彼女の筆跡だった。
 まだ幼さの残る、不器用な文字。

(……まさか、あのとき……)

 出会ったばかりの子供の頃。
 名も知らぬ“騎士”に憧れて、指輪の代わりにイヤリングを渡した――その直後かもしれない。

 あの頃から、想いは変わらずにあったのだとしたら。

 胸が、焼けるように熱かった。

 私は、そっと箱を閉じた。

 誰にも言わず。
 誰にも見せず。

 たったひとりで。
 この部屋で、あの子は想い続けていた。

「……ああ、もう……」

 喉が震える。
 涙を堪えようと、何度も瞬きをした。

 愛おしい。
 どうしようもないほどに、愛おしい――

「……かわいいな、ほんとうに……」

 絞り出すような呟きが、部屋に静かに落ちる。
 笑おうとしたのに、笑えなかった。
 代わりに、深く息を吸い込む。

 心に灯ったこの熱を、絶対に消さないために。

 ――次は、バリストンの部屋か。

 見たくなど、ない。

 けれど、見なければならない。
 セレスタを奪った“真実”を、知るために。
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