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思いもよらぬ打開策

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 唯一の希望が潰えたためかカインは押し黙り、机に視線を落とし指一本すら動かさない。

「本当にすまないな。出来ることなら俺も助けてやりたいが、どうすることも出来ない」

 謝った後、辛そうな顔をするブラド。
 両者とも何も発せず黙々と時間だけが過ぎていく。

「……どうすれば良いんですか? それじゃあ諦めて痛みに苦しみながら今日か明日かと死ぬ瞬間を待つしか出来ないって事ですか?」

 小さい小さいカインの呟き。その声色はどうしようも無く絶望に塗れている。

「……………………」

 ブラドの返答は無い。
 その沈黙がブラドの言わんとするところをカインにはっきりと告げていた。

「ッグゥゥゥゥ……」

 カインの喉から悲痛なうめき声が漏れ出す。
 フードの上から頭をイラだったようにガシガシと力任せに掻き毟っていると、不意にフードが捲れ今まで隠れていたカインの頭部が露わになる。
 部屋の雰囲気が変わり、ブラドの息をのむ音がカインには聞こえた。

「お前! その頭はどうした? 何時からだ!?」

 ブラドが大声でカインに問いかける。
 カインはその声で気づいたように慌ててフードを被り直したが、ブラドは目をこれでもかと開きカインの右の額を注視していた。

「えっと、あの。こ、これは」
「何時からだと聞いているんだ。さっさと答えろ!」

 ブラドの声には強制の響きがあった。
 カインは隠すのを諦めたかのようにフードから手を離し、小さい声ながらもはっきりと話し出した。

「僕が気づいた時には既に生えていました。母が言うには10年前、僕が昏睡状態に陥って数日後には小さかったそうですが、気づけば生えていたそうです……」

 そう言ってカインは自らフードを取り払い額を晒した。
 ブラドは次ははっきりと見た、カインの右の額から生えている角を。
 角のようなものでは無い、確実に角が生えている。

「両親には誰にも見せるなと固く教えられてきました。だからフードで隠していたんです……」

 カインは申し訳なさそうにブラドを見るが、まるで聞こえていないようで眉間に皺を作りなにやらぶつぶつと呟いている。

「いやそんなわけが無い、あるはずが無い。だがしかし……」

 まるでカインが見えていないかのようにブラドは暫く呟いていた。
 唐突に頭を上げカインを見る。その顔には先ほどまでの悲痛な様子は無く、何か良い案が思いついたかのように明るかった。

「カイン、もしかしたら治らないにしても軽減位なら出来るかもしれん」

 その言葉にカインは驚き、そして尋ねた。

「本当ですか!? それでどうやって?」
「その話をする前にお前超越者って知っているか?」
「超越者ですか? いいえ、知りません」

 ブラドが少し眉を顰めたが、少し気まずそうな顔をして再度質問をした。

「言い方が悪かったな、確かにその呼び方は一般的じゃあ無かった。それなら魔王については何か両親から聞いているか?」
「魔王ですか? それなら体調の良いときに読んだ本に書かれていたので多少知っています。確か世界に数体存在する怪物ですよね?」

 またもやブラドは眉を顰めたが会話を続ける。

「まあ今はそれで良いか……。それで一般的には余り知られてないが超越者ってのは魔王の事を指すんだ、本当はもう少しややっこしいんだがな」
「はあ?」
「余り理解出来てないようだが、まあいい。それで魔王と呼ばれる存在はどうやって生まれるか知っているか?」
「……すいません、知らないです……」

 カインは恥ずかしそうに下を向いた。

「気にするな、一般的に知られていない事だからな。ましてや十年間寝たきりのお前が知ってるはずは無い。それでだな、魔王と呼ばれる存在は元々は人間だと言われているんだ」
「えっ!」

 流石にカインもこれには驚き声を上げる。
 なにせカインが読んだ本には魔王とは恐ろしい怪物であり、人類・亜人にとって共通の敵としか書いておらず、元が人間などとは一文字も書かれていなかったのだから。

「でも本にはそんなこと書いてませんでしたよ?」
「言っただろ、一般的には知られていないって。まあ良い、話を戻そう」

 ブラドはお茶を一口飲んで話を再開した。

「魔王ってのはな、元々非常に魔法の才に長けた人間だと言われている。つまり俺のような人間だな」
「はあ……」

 カインが間抜けな返事を返すとブラドは少し頬を染めて咳払いをした。

「悪い、冗談だ……」
「……流石に今そんな冗談を言われても……」

 気まずい沈黙が二人の間に落ちる。
 恥ずかしかったのかブラドは少し大きな声で話し始めた。

「ええいっ! それでだな魔法の才に長けたということは、つまり精霊に好かれ魔力量が多いことを指すんだ。分かるか?」
「はい、大丈夫です」
「よろしい。先に言っておくが超越者、つまり魔王と呼ばれる存在になるのは人間だけで亜人はならないと言われている。現に亜人が魔王になったという例は未だ無い、何故だか分かるか?」
「すいません、やっぱり分からないです」
「それでは教えてやろう」

 頬が少し赤くなっているブラドを見て恥ずかしかったんだろうなと、カインが考えていた事に気づいたのかブラドが睨む。

「なんだぁ? 何か言いたそうだな」
「そ、そんなこと無いですよ。どうぞ続けて下さい」
「まあいい、何故人間が超越者になり何故亜人がならないか。それは人間の身体が亜人に比べて脆弱だからだと言われている」
「身体が弱いからですか? よく分からないんですが?」

 ブラドがにやりと笑った。

「余り細かく言っても分からんだろうから簡単に教えてやる。要は超越者になってしまうほど魔法の才に長けている奴って言うのは、魔力の源である魂と肉体の出来に大きな隔たりがあるんだ。人間の脆弱な身体では耐え切れん程にな。で、そういった場合肉体が死ぬと魂が自身に相応しい肉体を魔力でもって作り出す。そうして出来た存在が超越者、魔王というやつだ。」

 そこまで言ってブラドはカインが何が何やら分から無いといった顔をしているのに気づいた。

「よく分からないと言う顔をしてるな、どこら辺が難しかった?」
「いえ、話して下さった事はまあ何となく理解したんですが、それが僕の病とどういう関係があるのか分からなくって」
「ああ、そういうことか。答えはお前えの額に生えている角にある」

 やはりよく分からないと言う顔でカインはブラドを見る。

「角ですか? これがどういう」
「俺が思うに多分お前は一部だが超越者になっているんだと思う。お前の両親がその角を隠せと言ったのも、俺と同じ考えに至ったからじゃ無いだろうか。お前がさっき言ったように魔王は世間一般に恐れられているからな、もしかしたらって考えたんだろう」
「ぼ、僕が魔王ですか!? 冗談でしょう?」

 想像の遥か先を行くブラドの答えに、カインは愕然とするのを隠すことは出来ずにいた。 

 
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