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険しい道なれど

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 愕然とするカインを無視しブラドの話は続く。

「さっき言っただろう。身体が耐えられないほどの魂、そして魔力を持った人間が超越者になるって。それで言えばお前の様に普通生きていられないほどに歪んだ魔力を持っていれば、それに合う様身体が変化する可能性は十分ある。まあ仮説だけど……」

 最後の一言が引っかかる気がしたものの、カインは横やりを入れずにブラドの話に集中する。

「それにだ、別になんの根拠も無しにこんな事言ってるんじゃ無いぞ」
「根拠ですか? それはいったいどういう?」

 そう尋ねるカインにブラドはニヤリと笑いながら口を開いた。

「お前が症状の度合いは生きている方がおかしいとさっき言っただろう。現に未だ俺はお前が生きていることが信じられない。でもそれは人間の身体であって、超越者の魂と魔力に相応しい身体であれば話が違う」
「つまり僕の身体が知らないうちに魔王、もとい超越者というのに変化したから未だに生きていると言いたいんですか?」

 そうだ、とブラドはカインの質問に即座に答えた。

「それじゃあブラドさんの言うとおり僕の身体が一部変化していると考えて、今後どうすれば良いんでしょうか?」
「それだがな、多分だがお前の力を使う事によって身体に負荷を与える方法が一番可能性があると思っている」
「冗談ですよね……?」

 カインは信じられないといった感じでブラドを見た。
 なにせブラドの考えというのは、常人であれば心が壊れてしまうほどの痛みをワザと生じさせるという事なのだから。

「さっきは痛みに慣れたと言いましたがブラドさん、祖父と長い事一緒にいたのなら知っているでしょう? 平常時と力を行使した際の激痛には雲泥の差があるって」
「ああ、勿論だ。だが今のところ俺に思いつく方法と言えばそれくらいだ」

 ブラドは申し訳なさそうに目を閉じる。
 カインの方も何か考える様に眉間に皺を寄せて黙り込んだ。
 ややあってカインが先に口を開く。

「すいません、何か方法が無いかと聞いておきながら色々言ってしまって」
「いや、いいよ気にしていない。俺が同じ状況ならお前と同じ事言うと思うしな、それと」

 カインはブラドが何を言うのかと視線を向けた。

「後から言うとあれだから先に言っておきたいことがある」
「それは良い情報ですか?」
「いいや、悪い情報だ」
「……お願いします」

 カインの表情は暗いものではあるが、聞こうとしているのを見てブラドは重々しく口を開いた。

「さっき言ったが人間が超越者になる時は肉体が死んだときだと言っただろう? これには理由があってな、幾ら身体と魂や魔力に隔たりがあったとしても、生まれ落ちた時点で身体と魂の繋がりは強固に出来上がっている。だから身体が死ぬまでは変化しないんだ」
「それがどういう?」
「つまりだな、もし俺の仮定が正しかったとしてお前が激痛に耐えて身体が上手く変化したとしてもだな……。身体が死んでない状態での変化は身体と魂の結びつきを不自然な形で歪める事となる。その際どういった問題が生じるかは俺にも想像がつかない……」

 これで何度目か二人の間にまた沈黙が落ちた。
 ふーっ、とカインがため息をついた。

「ああ、ホントどうしようも無い感じですね……。困ったなあ、ホント……」

 何ともいえない疲れ切った顔でカインは何とか笑みを作った。

「で、ブラドさん。ブラドさんの予想だと、このままでいたら僕は後どれくらい生きられると思いますか?」

 カインの質問にブラドは天井を見上げしばし黙った。

「そうだな、一部超越者化していると考えてそれでも後2、3年。上手く超越者化が進めば……正直よく分からん。現存している3体の大魔王と呼ばれる奴らは千年以上生きているって話だし……。でもお前の場合は特殊過ぎて分からんなぁ」
「そうですか…………」

 両者とも黙っていると、

「よおおぉぉぉし!」
「うわっ! ビックリさせるなよ!」

 勢いよく立ち上がり、大声を出したカインに驚いてブラドが抗議の声を出した。

「あっ、す、すいません」
「いや、まあいいけど。それで急に大声出してどうしたんだ?」

 少し落ち着いたかのようにカインは椅子に腰を下ろした。

「ブラドさん、やっぱり僕可能性が低くてもさっきの案を試してみます。絶対に辛いことは目に見えてますがそれでも僕は生きていたい」

 カインの表情は決意を決めたかのように悲痛さは無くなっている。

「俺が言っといてなんだが死ぬほど辛いと思うぞ、それでもやるのか? 上手くいかずに苦しい思いをするだけして、死ぬ可能性だって大いにあり得るんだぞ」
「それでも僕は賭けてみたいんです。目が覚めて10年近く寝たっきりで何の思い出も無く死ぬのは嫌なんです!」

 カインがそう言うとブラドの真剣な顔が笑顔に変わった。

「そうか。なら俺も手伝ってやるよ、ガーラに続いてその孫も俺より先に逝かれると嫌だからな」

 そう言って優しい視線をカインに向けた。

※※※※※※

 話が終わって昼食を食べていなかったカインはブラドに言われて一階の酒場に降りていた。
 驚いたことにカインが壊した床はすっかり元通りに直されている。
 カインが驚いていると奥の方からライラが顔を出す。その横には先ほど見た小さな少女が、ライラの服の袖を掴んで立っていた。

「あ、すいません。五月蠅くしてしまって」
「別に良いわよ。それよりその他人行儀な話し方どうにかならない? あんたは記憶が無いかもしれないけど、私からしたら昔の知り合いが急に態度変えたみたいで気持ち悪いのよ」
「え、えっとその……。御免なさい」
「その御免なさいってのも無し。あたしより一歳年上なんだからしゃきっとしなさい。それで、どうしたの?」

 その質問で昼食の事を思い出し、カインはライラに伝えた。

「ああ昼食ね。ちょっと待ってて、何かすぐに作ってくるわ」

 そう言って再度奥に行こうとするライラだったがその足が止まる。
 ライラが不思議そうに下を見やると少女が服の袖をキツく掴んでカインの方を見ている。

「どうしたのネイ? なにかあるの?」

 その質問にネイと呼ばれた少女は何も答えない。
 自我が無い様な薄紫の瞳で、ただただカインを見つめていた。
 ライラがカインを睨む。

「あんたネイに何かしたの? 場合によってはタダじゃ済まさないからね」

 その質問に首が千切れるかと言わんばかりに、カインはブンブンと頭を左右に振り否定する。

「嘘はついてないみたいだけど……? ネイ、ほんとにどうしたの?」

 やはり何も答えないネイ。その様子はカインに人形を想像させた。
 暫くネイと呼ばれた少女はカインを見つめていたが、不意にライラを引っ張り店の奥へと行こうとする。
 困惑した様子でライラは、

「なんかよく分からないけど、まあいいや。適当に座ってて、すぐに昼食持っていくから。言っとくけど急な頼みだからたいしたものは出せないわよ」
「は、はい。お願いします」

 それだけ言うとライラはネイと共に店の奥へと歩いて行った。

 カインが昼食を待ってライラが歩いて行った店の奥に一番近い机に座っていると、外から大きな走る音が聞こえてきた。
 段々と酒場に近づいてくる大きな足音。
 入り口のドアが大きな音を立てて開かれ、カインがそこに見たのは先ほどのオーガ族の大男であった。

 大男はカインを見るやいなや、その巨体からは想像出来ない速度でカインに近寄り、

「悪かったあぁぁぁ!」

 大声で謝りながら土下座をした。
 
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