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旅の始まり

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「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 カインがブラドの話を中断させた。

「ネイちゃんの力は置いとくとして、なんで出生がそれで分かるんですか?」
「カルカンとの戦いで見ただろ、ネイの力を。身体が未発達で完全に力を使いこなす事が出来ないネイですら、魔神を追い詰める事が出来た。異常な迄に強すぎるんだよ。先祖返りと言われるほどの力を持った皇帝と、亜人の祖の血を引くハイエルフのお姫様の間に生まれた、尊きの君に近いレベルの素体じゃなきゃ力に耐えうる事が出来ない位にな」

 ブラドの答えにカインが言い返す。

「でもそれじゃあ何で今になって中央国に連れて行くんですか? その時行けば良かったんじゃ?」
「お前は馬鹿か? 生まれて間もないと一目で見て分かる赤子を連れて長旅出来るわけが無いだろ。それに帝国の属国と亜人達の戦い、亜人の姫の失踪から11年経ってたとはいえ関係は最悪だ。間違いなく戦争が起きるぞ。それに加えてハーフのネイを連れて行ったら亜人至上主義の連中が何するか分からねえ」

 ブラドが呆れた口調で言い捨てた。

「でもそれって今も同じじゃ無いですか? さっきブラドさん戦争になるって言ってましたよね?」
「その時は魔神が帝国と組んでるなんて知らなかったからな。魔神がどれだけいるか分からんが、人間側で最大戦力を誇る帝国と魔神を相手にしてちゃ直にネイは攫われちまう。ネイが帝国の手に渡ってその力を使われたら抗いようが無い。普通ならそんな心配は無いが、もし魔神の数が多ければネイが操られる可能性が出てくる。そうなったら戦争どころじゃ無くなっちまう」

 カインはそれに言い返せずに黙ってしまう。

「まだそれなら中央国とは言わずとも俺の知り合いがいる亜人の集落にでも預けた方が良い。助かる確率は多少下がるだろう」

 全員が押し黙る。
 カインは勿論、その場にいた全員が難しい顔をしていた。
 始めに口を開いたのはヨウムであった。

「お前の言い分は理解した。言ってる事は無茶苦茶だが正論と言えば正論だ、反論できん。で、どうするんじゃ? 何時出る? それによってこっちも出来る事が決まってくるぞ」
「明日朝一番だ。カインを待ってたからな、これ以上出るのが遅れるのは困る」

 ブラドの一言にカインは驚き、老人達はやっぱりかと察していたかのような顔をする。
 老人達が口を開く前にカインが話し始めた。

「ええ! ぼ、僕も着いていくの決定してるんですか? 無茶ですよ!?」
「無茶なのは承知だ。でがお前にも利点はあるぞ」

 カインがブラドを見る。

「な、なんですか利点って? 正直この条件で利点って、余程じゃ無い限り利点にならない気がするんですけど?」
「一応中央国にたどり着けて、その後も上手い事いったらってのが前提だが……」
「その時点で限りなく無理な気が……」
「まあ慌てるな。中央国にはそれこそ神々の時代から生きてるハイエルフがまだいるって話だ。なあヨウム?」

 話を振られたヨウムが答える。

「んん? 儂はそう聞いとるぞ。しかしあの方々がまだご存命と聞いたのは百年ほど昔じゃから今は知らん」
「もし亡くなったりでもしてたら嫌が応にもお前の耳に入ってくるだろ? でだ、それほど昔から生きているんだ、カイン。人の歴史からは失われた、お前の病を治す方法を知っている可能性がある。どうだ、魅力的だろう?」
「魅力的な事は否定しませんが、まずそんな偉い人に会えるんですか? 無理な気がするんですが?」
「まあそこは否定できん」

 アッサリと言われカインの反応が鈍る。

「しかしお前、このままここにいて痛みを我慢しながら力を使えるか? 俺たちに着いてきたら力を使う事になる可能性が高い。嫌が応にも力を使える最高の場じゃないか、基本的に人と会う確率も減るしな」

 ブラドの言葉にカインが考え込む。
 するとカインの手が何か柔らかい物に包まれた。
 驚いて顔を上げると、今まで一言も話さずにいたライラがカインの手を握って真剣な顔で見つめていた。

「カイン。無茶な事を言ってるのは分かってる。でもネイは私の大切な妹なの! お願い、力を貸して!」

 ライラの瞳が薄らと濡れている。
 カインはと言うと、金縛りに遭った様に固まっていた。

「おい、ライラ! 手を離してやれ、カインには刺激が強すぎる。死んじまうぞ。それに男の手を握るな!」
「あっ! ご、ごめん!」

 ライラが顔を赤くさせて手を離した。
 老人達がニヤニヤし、ブラドは不機嫌そうにカインを見つめる。

「カイン、それで答えはどうだ。正直無理言ってるのは承知だ。数日前に連れて行って死なせかけた事もあるから、お前に任せる。無理なら無理と言ってくれ、責めはしない」

 ブラドがカインに尋ねるも暫くカインは固まっていた。
 少ししてカインの首がギギギと音を立てそうなくらい、ぎこちなくブラドの方へと回っていく。
 ブラドの方を見たカインの顔は泣きそうに、そして若干嬉しそうに硬直していた。

「こ、こんなの酷すぎる……。ああされたら僕に拒否権無いじゃ無いですかぁ……」

 そんなカインを見てブラドが鼻を鳴らした。

「ふん! 当たり前だ、ライラに手を握られやがって。次したら容赦せんぞ! まあ着いてきてくれるのには感謝するぞ。だが念を押すがライラの件は別だ!」
「お爺ちゃん、恥ずかしいから止めて。それと話の内容が変わってるわ、確りして」

 ライラに怒られブラドが正気に戻る。

「おお、そうだな。すまんカイン、着いてきてくれる事本当に感謝する」

 全くもって説得力が無いなぁと、心の中でカインは呟くが口には出さない。そんな事よりカインは先ほど、触れられる位の位置で見たライラの濡れた瞳と手の柔らかさに頭がパンクしそうになっていた。
 それを見てブラドの額に青筋が走るが、爆発する前にバッチェが慌てて口を開く。

「ブ、ブラド。それじゃあ儂等は必要な物を急ぎ用意してこよう。それと他に誰か連れて行く気か?」

 ブラドが苛立った様子で答える。

「一応ガヌートにも手伝って貰いたいと考えてる。オーガ族のアイツがいれば亜人との諍いを避けられるだろうし、何よりそこで鼻の下伸ばしてる馬鹿が倒れたら運んで貰いたいからな。余り大勢で行くのも目立つから、人数は少ない方が良いだろう。後ヨウム、お前の証明書でも書いてくれないか? 亜人で有名な探索者のお前が書いた物があれば、上手くいく可能性は高くなるだろ」
「分かった、ガヌートには儂等から言っておく。それと明日出発するまでには書いといてやる」
「それとウァーナム、こないだカインが乗ったレクトブルの子供を貸してくれないか? カインはガヌートが運ぶと考えて、シンユ・ムグラムは柄を持たないにしても流石に運ぶには重すぎる」
「可愛いあの子を預けるのは正直嫌じゃが、仕方が無いの。絶対に死なせるなよ」
「ああ、勿論だ。誰も死なさんさ」

 そう宣言したブラドが立ち上がる。

「それじゃあ十年ぶりの大仕事と行くか!」

 その目は決意と責任に燃えていた。


 

 

 


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