ブリアール公爵家の第二夫人

大城いぬこ

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「ガガ」 

「はい?」 

「明日は町に行く。護衛は最小限、ゼノ、エコー、お前だ」 

「…明日は女の子と遊ぶつもり…で…」 

「毎晩遊んでいるだろ」 

「それは!最後の手前までのやつ!まだ挿れてない子なんっすよ!処女を快楽落ちさせるんす!!毎晩!少しずつ開発して!!」 

 ガガとの会話が阿呆過ぎて馬の腹を蹴り速度を上げる。 

「あー!閣下!せめて!せめて!昼過ぎにー!」 

 ガガの叫びが小さくなる。ロシェルは湖へ行っただろうか?あの底深い場所になにを思ったか。美しいと見惚れたろうか。 

「閣下!後生です!あの子も俺に処女を捧げるんだと!やーん!」 

 追い付いたガガの阿呆な叫びを無視し、日暮れに向かう時間をひた走る。 

「閣下にモテる秘訣を教えますからー!」 

 俺は馬の手綱を軽く引き、速度を落とす。 

「秘訣…だと?」 

「…ひ…秘訣っす」 

「言ってみろ」 

「イかせかたでいいんっすよね?」 

「…阿呆」 

 俺は馬の腹を蹴り、また速度を上げる。 

「閣下ーー!」 

 夢遊病の症状は改善することがなかった。毎夜、窓辺に立つロシェルを気が済んだかと思うまで立たせておき、ゆっくりと抱き上げ、そのままソファに横になる。普通のソファでは狭すぎて、閨事にも使えるという奥行きのあるソファを運ばせた。寝台よりも寝心地は悪いが、ロシェルを抱いたまま眠ると俺は悪夢を見なかった。淫夢の覚悟はしていたがなぜかそれもなかった。ただ勃起はした。ロシェルが俺の股間の違和感になにも言わずにいることが救いだった。 

 ロシェルの夢遊病に付き合うことを面倒だと思わない自分にも驚き、届いていないことをいいことに、小さな耳に話しかけることを楽しんでいる。 

 ここ数日はエコーは部屋から出している。その指示が気に入らないのか、アプソと隣室にいることが不満なのか渋い顔をした。 

「閣下」 

 追い付いたガガに速度を合わせるため綱を軽く引く。 

「なんだ」 

「ロシェル様に好かれたいなら無理強いはやめてください」 

「そんなことはしない」 

「でも毎朝浴室で抜いてるじゃないっすか。閣下は早漏だからロシェル様に知られてないだけっす」 

 俺はガガに向けて拳を突き出すが、すんででかわされた。馬上では当てにくい。 

「貴様は女を抱いていて勃たんか」 

「勃ちますよ!よく耐えていると感心しています!俺なら入れちゃってます!ごめーん、入っちゃった…て!」 

 お前はそうだろう。 

「…ロシェル様はエコーに任せれば…閣下の…むんむんは勃ちません」 

 むんむんとはなんだ…阿呆… 

「無理だ。エコーに休みを与えていない。睡眠は必要だろ」 

「あいつは呼べば現れるから寝ていませんよ。実はエコーって二人いる…?って思います」 

 なに言ってる… 

「…俺は…ロシェルの近くにいたいだけだ」 

「嘘…ヤり…抱きたいくせに」 

 こいつは俺を公爵だと忘れるときがあるな。 

「ロシェルが…また…笑えばいいと思う」 

「…閣下…遅すぎる…この年で…恋を…」 

 恋だと…?そんなものは知らんし、これが恋だ愛だと誰が決める?俺自身、戸惑って感情を持て余している。 

 俺の言葉で表情が変わるさまを見れば胸が踊り、また見たいと思い、ロシェルのもとへ戻りたいと思い、涙を流せば拭ってやろうと思い、ゆるくうねる銀色の髪を掴んで匂いを嗅ぎたいと思い、俺に向かって笑えと、俺を見て水色の瞳を垂らせと思う。 

 世話を焼きすぎたのか?これは情なのか?幸せにすると誓ったせいでこんなことを考えているのか?この胸のざわつきは責任だけでは説明がつかない。 

「ロシェルの夢遊病が治らなければいいと思うのは残酷だな」 

 寝ているロシェルは俺に触れられていても嫌がらない。眉間にシワを寄せないし、どれだけ嗅いでもなにも言わない。 

「いつか治りますよ」 

「ああ」 

 ロシェルは若い。父上への想いは薄れていく。それまで俺が耐えられるか?あの匂いを放たれたら無理だな。必ず襲うぞ。やはり、首都に戻り次第、あれを解明しなければならない。 

「ロシェル様とたくさん話してください。閣下の存在を大きなものにしましょう」 

 意味がわからんが、ロシェルと話せばいいのか?それがモテる秘訣か…?そんな簡単なことでモテるとは思えんがな。 


 ジェレマイアより一足先に領邸に戻れば、ロシェルは広間のピアノに座り、庭を眺めていた。

 暮れ始めた陽がロシェルに注がれ銀色の髪は赤みを加え、見たことがない不思議な色になっていた。 

「ロシェル」 

 声をかければ、驚いたように振り返った。見守るようにそばにいたエコーはゆっくりとロシェルから離れ、俺が開けたままにした扉を閉め、その前に立った。 

「あ…おかえりなさい」 

「ああ、戻った」 

 俺はロシェルに近づき、下ろされたままの鍵盤蓋をちらと見る。 

「弾かないのか?」 

「なにを弾こうか迷っていて」 

「お前が好きな曲を弾けばいい」 

 ロシェルは小さく頷き、そのままうつむいた。 

「墓地と湖に行ったのか?」 

「はい」 

「湖はどうだった?」 

 俺は無意識にロシェルの頭を撫でていた。 

「…湖は初めて見ました。底が深くて」 

「ああ。潜っても息が続かんほどだ」 

 俺の言葉にロシェルはわずかに体を揺らし顔を上げた。 

「ディオルド様が…湖に入ったのですか?」 

 ロシェルの声音と表情から母のことを聞いたかと察する。 

「エコーから聞いたのか?……アプソか」 

 哀れみを含んだ水色に大体のことを聞いたなと思った。 

「似てないだろ?」 

「…はい」 

「あいつは父親に似て、俺は母の父…俺の祖父にあたるな…に似たらしい」 

 内乱によって滅ぼされた国の王と似ているなど笑えるよな。 

「複雑で…言葉が見つかりません」 

「ああ。言葉はいらん。弾いてくれるか?」 

「要望はありますか?」 

「…宵の天使」 

「わかりました」 

 ロシェルは静かに鍵盤蓋を開け、指を置いた。

 俺はロシェルの座る椅子に背を預けるように床に座り、庭を見つめる。

 穏やかに始まった曲は、記憶の改竄でもなく夢でもなく、母がこの場で弾いていた確かな記憶を甦らせた。 

 俺はピアノの近くで聞いてみたかったが、奴がそばにいた。だから、扉の隙間から聞いていたんだ。 

 奴は母が天使だと、天使のように美しく、触れてはいけない神秘だと伝えたかったらしい。作曲家になれなかった男が作った、このつたない曲を母はよく弾いていた。あの日も弾いていたか?いや、弾く暇などなかったか。 腹が目立ちはじめてから母は身を隠すように部屋に閉じこもり、奴と一人の使用人しか入れなかった。

 そしてあの日の早朝、俺は蹄の音に起こされ、急いで追いかければ湖の近くに乗り捨てられた馬を見つけた。俺は涼しい早朝のなか全身に汗をかいていた。それほど走った。二人がボートに乗っている姿を遠くに確認し、なぜか安堵を覚え、それから馬を木に繋いだ。再び、湖に視線を向けたときには大きく揺れるボートだけが浮き、二人の姿はなかった。その後、赤子の泣き声を聞くまでの記憶が曖昧だ。 

「…俺は天使など見たことはない」 

「私もです」 

 ロシェルは弾きながら俺の呟きに応えた。 

「アプソの父親は支援を受ければ名高い作曲家になっていたかもな」 

 平民でも格の高いパトロンを見つければ名を残すことはできる。そうなっていれば二人は出会うこともなかったろう。 

「……美しい曲です」 

「ああ。ロシェル、聞きたいことがあればなんでも答えるぞ」 

「…よく…隠しきれたな…と」 

「首都にいればすぐに知られたろうが、あの年、父上の第二夫人がおかしくなった」 

 ロシェルの演奏が若干乱れた。 

「騒ぎを起こしてな…父上は母…いや…俺に危害が及ばないように領地に…ここに送ったんだ…母と奴と共に…なにも知らずに…二人は内心喜んでいたろ」 

「騒ぎ…」 

「ジャクソン…わかるか?」 

「ジェイデン様と第二夫人ルシーザ様のお子です」 

「…そうだ…弟の死に…第二夫人は耐えられなかった…母の企みと思い込み…俺に憎しみを向けた」 

 ジャクソン、あれこそ可哀想な子供だ。難産の末に生まれた赤子は体が小さく病気がちだった。 

「ジェレマイアの婚約者の家門は知っているか?」 

「はい。チェサピーク侯爵家です。ルシーザ様も」 

「ああ。本当はな、ルシーザが第一夫人になるはずだった」





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