ブリアール公爵家の第二夫人

大城いぬこ

文字の大きさ
202 / 211

貴族会議





「まだ教主が国に戻っていない状況で、こちらだけで話を盛り上げてなんの意味がある?向こうで私の娘を受け入れないと反発する勢力が皆無と情勢を把握しているのか?先んじて要求だけを挙げたとして無駄に終わることもあると想像しろ。パルース教主は承認を得たら早馬を送るだろう。それから話し合ってもなんら遅くはない」 

「だが、グラン教国の貿易商と繋がりを持とうと我先に動き出す者がいるだろう」 

「トールボット公爵、我らは教主、教会と誓約を結んだ。貿易品は教会を通して流通させるとパルース教主は言っていた。不確かな情報で欲に目が眩んだ愚かな者らは動きたいなら好きにしろ。だが、この結婚は私の決断であると理解してくれ」 

 俺の一言でグラン教国とアリステリアの繋がりは失くせる。俺はそう言ったつもりだ。 

「この結婚は国が関与するものだ。ブリアール公爵の娘といえベルザイオ王国を背景に嫁ぐのだ。一公爵家がどうにかできる話ではない」 

「ならば動け。ならば勝手にグラン教国の貿易商に会いに行け」 

「な…」 

「貴殿はグラン教国の問題を正しく理解しているのか?教会と貴族家に軋轢が生まれている状況のなか、ベルザイオの貴族が先走り接触することの影響を考えないのか?もし問題が起こった場合、国に泣きついても擁護はできない。覚悟をもって動くことだな」 

 俺はこの場にいる全ての当主に向けて伝える。 

「トールボット公爵、ブリアール公爵」 

 陛下の言葉でなにかを言おうとしていたトールボットが顔を歪めた。 

「私もブリアール公爵の意見に賛成する。我らが動くのはパルース教主から確かな返事を貰ってからだ。そしてグラン教国から送られる使節と会ってからだ。他国の内政に余計に触れ、ベルザイオの印象が悪い方へ向かうのは避けたい」 

 陛下の言葉を最後にこの話題は会議上に出ることはなくなった。 



「ブリアール公爵」 

「トールボット公爵」 

 話しかけられるだろうとは思っていたが、ずいぶん不愉快な顔をしている。 

「…半月も邸に籠っていたらしいが、病気でも見つかったのかと皆と心配していたのだ」 

「すこぶる元気に見えないか?」 

「はは、確かに病に臥せっていたようには見えないな」 

 会議場から出て廊下で話している俺たちに視線と耳を向ける者は多い。 

「第二夫人といつまでも仲睦まじいようで羨ましいことだ」 

「…よく知っているな」 

「貴殿が第二夫人といかがわしい娯楽に耽っているなど、平民でも知っていることだ。籠っていても、外で流れる自身の噂は把握した方がいい」 

 得意顔をできる意味が俺にはわからん。 

「貴殿も…少女のような愛人を男に与え、それを見て楽しんでいるようだな?」 

 俺たちを見ていた当主の何人かが顔を背けた。心当たりがある者だろう。 

「漲らなくなったか?年には勝てんか?俺が使用している香でも贈ろうか?」 

 トールボットの赤くなる顔を見下ろし、顔を近づける。 

「貴様もそうだから使っているのだろう?なにを生意気に…よく平然とそんなことが言えるな…」 

 確かに、世間の認識では俺は媚薬香を使用しなければ勃たんとなっている。どうでもいいがな。 

「…貴様の娘は未だに引きこもっている…いつ…真実が世間に知れ渡り…いつ…ブリアールから追い出されるかと不安だろうな…なんせ俺は第二夫人を寵愛している。何年経っても寵愛は霞むことなく続いているのだからな」 

 不愉快だが奴の耳に近づき小さく告げてやる。だが、唇を読める者がこの場にいたなら知ったろう。バートラムなど瞳を輝かせてビアデットを叩いている。 

「ディオルド…貴様…」 

「今ある財でなんとか凌げ…下手な動きは破滅を呼ぶぞ…俺の一言でアリステリアは嫁がんのだからな」 

 これははったりだ。俺はアリステリアを嫁がせる。そのためにはビアデットに用がある。 

「さあ、家門のために働け…力を取り戻せ」 

 バロン・シモンズのせいで頓挫した事業は多大だったが、トールボットは公爵家だ。破滅までは程遠い。が、今までの贅沢はできん。 

 俺はトールボットをその場に残し、ビアデットに向かう。 

「ビアデット公爵」 

「…ブリアール…公爵」 

「話したい」 

「僕も話したいよ、ディオルド。いろいろ聞きたいことが」 

「バートラム、貴様は待っていろ」 

 俺は早く帰りたい気持ちを抑えつつビアデットの腕を掴み、一番近くにあるテラスへ向かった。 

「ちょっ…ちょっとお!」 

 バートラムの声を無視してテラスの扉を開け、細い腕を引いて奥へと押す。 

「…乱暴…すぎる…のでは…」 

 追ってきたバートラムが入れないようテラスの扉を閉め、開けられないよう取手を掴みビアデットに体を向ける。 

「ビアデット」 

 闇色の瞳が眼鏡の奥からちらと俺を見てから、腕をさすった。 

「ウェイン…が…ウェインは…貴殿が…?」 

「なぜ誰かが死ぬと俺の仕業と言う?伯は病だった。フォアマンに聞くか?」 

「ウェイン…は…貴殿を…憎んでいた」 

「好きに憎め。痛くも痒くもない。ビアデット、俺はアリステリアを石女にしてからグラン教国へ送る」 

 ビアデットは興味が無さそうに俺の背後に視線を向けた。俺の後ろのガラス扉の向こうにはバートラムがいるんだろう。奴が入れろと呟く声も聞こえている。 

「…私は別に…興味は…ない」 

「伯に渡した薬を寄越せ。短期間で効果を出すものを寄越せ」 

「あれは…何年か飲ませなけ…れば」 

 俺は懐に入れていた瓶を取り出し、ビアデットに投げるが奴はそれを受け損ね、床に瓶が転がった。 

「…貴様の動体視力はどうなっている…動け、まぬけ」 

 俺はガラス扉が開かぬよう、片足を上げ足裏で取手を押さえつつ、床に転がった瓶を拾い、ビアデットの手に押し付ける。そして再び、取手を掴む。

 バートラムは諦めないようで何度も取手を揺らしているが非力過ぎて、開くことはない。 

「…なに…」 

「面白いものだ」 

 ビアデットは瓶を目の前まで上げ、白い液体を揺らした。 

「ファミナ・アラントは死んだか?」 

「…ええ…献体は…使命を終えて…燃えた…さて…面白いとは?」 

「人を仮死状態にする液体だ」 

 ビアデットは俺の言葉に鼻を膨らませ、瓶を凝視した。 

「仮死…死なない…まさか…」 

「摂取すれば死んだような状態になるが生き返る。興味が湧いたか?」 

 ビアデットは瓶の蓋を開けて、匂いを嗅いだ。 

「かなり…強い花…の匂いだ」 

「原料は花だ。いいか?ビアデット。それはお前を楽しませると俺は思うぞ。研究するか?」 

「する」 

「ならば数か月のうちに短期間で石女にする薬を作れ。できるな?」 

「できる」 

 餌を与えられた動物のように素直なビアデットに呆れるが、ここまで喜ぶとは思っていなかった。 

「ビアデット」 

「…はい」 

「今後、貴族家が騒がしくなっても今まで通り声は上げず、静観していろ」 

「…はい」 

 こいつは扱いやすくて助かる。バートラムはどうするか。 

「危ない」 

 ビアデットの言葉に後ろを見ると、バートラムが花瓶を持ち上げ、ガラス扉に当てようとしているところだった。 

「終わりだ」 

 俺は取手を引いて扉を開ける。 

「わあ!」 

 バートラムは本当に当てようとしていたのかわからないが勢いのままテラスへ入った。

 俺は不安定に落ちそうな花瓶を掴み取り、手すりに置く。 

「おっとっと」 

 体勢を崩したバートラムを確認しつつ、テラスの扉を閉める。 

「二人して何を話してたのさ…僕を…僕を…仲間はずれにしてさ!」 

 バートラムは泣きそうな顔を作り俺に迫った。 

「…唇を読んだんだろ?大体は理解したろ」 

「は?君がトールボットにロシェル夫人の寵愛をうんちゃら、ステイシー夫人のことをわざわざ娘と言って挑発したこと?それともアラント伯の死に君が関わってギルバートが責めたこと?テラスに出てから僕には君の唇が読めなかったからね!なんの話をしていたのかわからないさ!」 

「ステイシー…夫人…が娘…?」 

「そうだよ!トラヴィス・トールボットが先代の第二夫人と密通したんだよ!楽しい話さ!面白いだろ!?」 

 バートラムはビアデットに顔を向けて、トールボットが必死に守っている秘密を大声で話した。 

「ははは!バートラム、声が大きいぞ。カサンドラめ、夫に隠し事もできんか」 

 バートラムとビアデットは目を丸くして固まり、俺を見ている。バートラムなどわざとらしく目をこすり、また俺を凝視した。 

「…なんだ?」 

「君…笑ったの?いや…違うよね…?ギル?君が…いや…君もあんな声を上げて笑わないよね?あれ?君…ディオルド?」 

「バートラム、これから国内で違和感を覚える出来事が起きたとしても探るな」 

 呆気に取られているバートラムは何も考えず頷いた。 

「ではな。妻が帰りを待っている」 

 俺はバートラムの肩を叩き、テラスのガラス扉を開けて出ていく。そのあと、外からバートラムのわめき声と花瓶が割れる音が聞こえたが、無視して足を進める。






感想 216

あなたにおすすめの小説

結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です

柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。 そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。 真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。 けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。 「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」 彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。 アンリは実は、亡き国王の婚外子。 皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。

真実の愛の裏側

藍田ひびき
恋愛
アレックス・ロートン侯爵令息の第一夫人シェリルが療養のため領地へ居を移した。それは療養とは名ばかりの放逐。 男爵家出身でありながら侯爵令息に見初められ、「真実の愛」と持て囃された彼女の身に何があったのか。その裏に隠された事情とは――? ※ 他サイトにも投稿しています。

愛人の娘だった私の結婚

しゃーりん
恋愛
ティアナは自分が父の愛人の娘だと知ったのは10歳のとき。 母の娘ではなかったと知り、落ち込んだティアナの心を軽くしてくれたのは隣に住む9歳年上のアイザック。 以来、アイザックの家をよく訪れるようになった。 アイザックが結婚した相手フルールと二人の子供ルークとも仲良くなるがフルールが亡くなってしまう。 ルークの側にいてあげたいと思ったティアナはアイザックに求婚するも、毎回軽くあしらわれる。 やがて、ティアナは父に従い自分に求婚してきたサイラスに嫁ぐことになった。 しかし、サイラスは愛人の子供をティアナに育てさせるというお話です。  

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【本編完結】初恋のその先で、私は母になる

妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
第19回恋愛小説大賞にて、奨励賞を受賞いたしました。読者の皆様のおかげです!本当ありがとうございます。 王宮で12年働き、気づけば28歳。 恋も結婚も遠いものだと思っていたオリビアの人生は、憧れの年下公爵と一夜を共にしたことで大きく動き出す。 優しく守ろうとする彼。 けれどオリビアは、誰かに選ばれるだけの人生を終わらせたいと思っていた。 揺れる想いの中で、彼女が選んだのは―― 自分の足で立ち、自分の未来を選ぶこと。 これは、一人の女性が恋を通して自分を取り戻し、母として、そして一人の人間として強くなっていく物語。 ※表紙画像はAI生成イラストをつかっています。

結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。

しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。 友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。 『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。 取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。 彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。

出生の秘密は墓場まで

しゃーりん
恋愛
20歳で公爵になったエスメラルダには13歳離れた弟ザフィーロがいる。 だが実はザフィーロはエスメラルダが産んだ子。この事実を知っている者は墓場まで口を噤むことになっている。 ザフィーロに跡を継がせるつもりだったが、特殊な性癖があるのではないかという恐れから、もう一人子供を産むためにエスメラルダは25歳で結婚する。 3年後、出産したばかりのエスメラルダに自分の出生についてザフィーロが確認するというお話です。