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念願
「ようこそ、シャンティ様、セラフィム様」
「ロシェル夫人!ロシェル夫人!やっとお会いできました!」
私に向かって駆け出したセラフィム様をスモーク様が捕まえ、止めた。
「本当にお久しぶりです。お元気でしたか?シャンティ様も」
スモーク様はセラフィム様の脇に手を差し入れて持ち上げ、シャンティ様と共に近づく。
「ロシェル夫人、ご招待に心からお礼を申し上げます」
「シャンティ様、またお会いできてとても嬉しいですわ」
シャンティ様はちらともフランシス様に視線を向けなかった。でもその存在は察していると瞳が言っていた。今回もフランシス様はメイド服を着込み、女装をしてこの場にいる。
「ロシェル夫人!ロシェル夫人!僕、歌いたいのです!」
スモーク様に持ち上げられた状態のセラフィム様は頬を赤らめながら視線をピアノへ移した。
「ふふ、どの曲を?」
「鎮魂曲です!」
「鎮魂曲はとても長いのですが」
「へへ、僕は歌に合いそうな箇所に歌詞を作ったのです」
足を浮かせた状態で胸を張るセラフィム様の姿に頬が緩んだ。
「では早速。セラフィム様はこちらへ、シャンティ様はテーブルへ…シス…ご案内して」
レナとダフネと共に立っていたフランシス様に伝えると、静かに近づきシャンティ様をテーブルへ連れていった。
「スモーク様」
「はい。ロシェル様」
もうセラフィム様を下ろしてもいいと伝えたつもりだけれど、スモーク様は下ろさずにピアノの方へ進んだ。
「ふふ」
ディオルド様の指示なのかと思えば、なぜか心が熱くなった。
私はブルーンのピアノの鍵盤蓋を開け、椅子に座る。その横にはエコーが立つ。
「えっと…楽譜がないから…歌で説明しますね…ラ…ラララーラララララ…この音調で始まる部分です」
「ふふ、わかりました」
「さすが!ロシェル夫人だ!他の人なら理解できません!」
嬉しそうにはしゃぐ姿にまた頬が緩んだ。
「ここですわね?」
私はセラフィム様が指定した一節を弾き始める。
「そうです!…君、そろそろ下ろしてくれないか?」
セラフィム様を下ろしたスモーク様は少年の華奢な肩に手を置き、動くなというように何度か叩いた。
「これ以上近づくなと…?」
その意味を理解したセラフィム様は愛らしく頬を膨らませた。
「本当に…公爵は嫉妬深いのですね」
セラフィム様の呟きにスモーク様はただ頷いていた。
「僕はまだ子供なのに」
「セラフィム様、大きくなりましたわ」
久しぶりに会ったセラフィム様は私の記憶よりずいぶん身長が伸びていた。愛らしく整った面差しはこれから変わるようだわ。
「…僕の声が変わる前にロシェル夫人に会えてよかった」
少年は青年になることを理解していた。
「声変わりをしても歌うことは続けられます。セラフィム様、歌がお好きならきっと」
「はい」
少し悲しそうな表情をしたセラフィム様は小さく頷いた。
「それでは、少し前から弾きますね」
私は静かに鎮魂曲を弾き始める。お父様の死を知った日から幾度も弾いた鎮魂曲。今日は天使の歌声と共に空へ送る。
「僕…僕…ここで暮らしたい」
「まあ、フランセー侯爵様が聞いたら悲しまれますわ」
「ふふふ。私もそう思います、シャンティ様」
シャンティ様は天真爛漫なセラフィム様と打ち解けていた。
私たちはピアノから離れ、シャンティ様を待たせていたテーブルで菓子を食べ、冷たいレモン水を飲んでいる。
「だって!毎日ロシェル夫人の演奏を聞きたいんだもん」
「ありがとうございます」
私が礼をするとセラフィム様は表情を崩し、子供らしい笑顔を向けた。
二人は離邸の窓の格子についてなにも聞かず、アラント伯爵家に続いて起こった不幸にも触れずにいる。そのことに気遣いを感じ、嬉しかった。
「ロシェル夫人…」
笑顔を消したセラフィム様が私を見てからエコーに視線を移し、そしてスモーク様を見て、ゆっくりと懐に手を入れた。まるで危険なものを出そうとしているようなセラフィム様の雰囲気にエコーが体を屈め、私の耳に近づいた。
「危険なものではありません。侯爵令息の鞄は取り上げましたが、服のなかに紙を一枚隠し持っていることは把握済みです」
セラフィム様に身体検査をしたのかと思い、エコーを見ると頷いた。
「…これ…」
セラフィム様はおずおずと紙をテーブルに置いた。
「拝見しても?」
そう言ったのはシャンティ様だった。 小さく頷いたセラフィム様は私をちらと見て、シャンティ様の方へ紙を滑らせた。
「まあ…楽譜ですのね」
「はい。僕が作った曲なんです。ここに入る前に鞄を取り上げられそうになって、一枚だけ急いで抜いて…」
「曲を?」
私の言葉にセラフィム様は大きく頷いた。
「ふふふ。作曲までできるなんてすごいですね、セラフィム様」
私の言葉をあと、部屋の扉が開きアプソが顔を出した。その手には見たことがない鞄があった。
「僕の鞄!」
「セラフィム・フランセー侯爵令息様、お返しします」
「アプソ」
私はアプソの姿を見るのは久しぶりだった。ディオルド様同様、目の下に隈を作っている。それだけで状況を察した。
「ロシェル様、私は大丈夫ですよ」
アプソはらしくなく口の端を上げて笑った。少し彼の精神状態が心配になった。
「僕がロシェル夫人を害するものを持っているわけないのに!ロシェル夫人!これとこれも楽譜です!」
セラフィム様が鞄から何枚も紙を出し、テーブルに置いていく。
「ふふ、弾きますか?」
私の言葉にセラフィム様は瞳を輝かせ笑い頷いた。
「はい!お願いします」
私はシャンティ様に視線を向ける。
「シャンティ様、離邸の庭は狭いのですが少し散歩してはどうですか?」
「…はい」
「そうですよね!シャンティ様もロシェル夫人と話したいのに僕が一人占めしてるから…ごめんなさい!でも!許してください!僕は念願叶ってここにいます!」
セラフィム様は手を組み、シャンティ様を見つめた。
「ふふ、ロシェル夫人のおっしゃる通り長く座っていたので、少し散歩をしてきますね」
椅子から立ち上がり、外へ繋がるガラス扉へ向かうシャンティ様の後ろには女装をしたフランシス様が続く。
「さあ、セラフィム様。弾かせてくれますか?」
「はい!そこの君!僕の位置まで椅子を頼むよ!」
スモーク様はエコーに視線を向けて頷き、椅子を運んだ。
元気な少年の声と恋する二人の男女に心が温かくなる。
「どうだった?」
「ロシェル様はご機嫌ですよ。私の顔に驚いていましたけど」
「俺より寝ているお前がなぜ隈を作る?軟弱者が」
「旦那様とは体の造りが違います。私は無理ができない体でございます」
「で?フランシスは静かにしているだろうな?」
「はい。女装も慣れたもので、動きも繊細になっております」
「これに味をしめては困るぞ…次の書類」
サインをした書類を置いて待てど、次の書類がこない。
「ガガ」
「ガガはいませんよ」
顔を上げるとアプソの姿しかなかった。
「シャンティ嬢とフランシス様の逢い引きの観察をしております」
「あの二人がなにを話そうとどうでもいいがな!」
俺は書類の束を掴み、乱暴に目の前に置く。
旅の準備は終え、あとはパルースに伝えた計画の始まる合図を待っている。
「私を置いて行くのですね?」
「当たり前だろう。お前はここで雑務を処理しろ」
「私がレークランドを案内したかったのですが」
「邸の管理はお前の仕事だ」
アプソと話しながら、書類を読み込んでいく。
「こほん」
「…貴様…ロシェルの前で咳をしてみろ…その口にガガの靴下を突っ込んでやる」
「公爵とは思えない発言に驚きます」
「ふん…下品で粗野な騎士たちと長く過ごせばお前もこうなる」
「旦那様はもともと…いえ…こほん」
アプソがわざとらしくする咳に苛つき、顔を上げると小さな紙を手にしていた。
「…ロシェルからか?」
子供が喜びそうな音楽が聞こえている。俺はロシェルの弾く曲を覚えたが、これははじめて聞くものだ。
「よく見てください」
ロシェルから送られたにしては封筒が汚れている。
「犬か?」
「ぶー」
アプソがふざけた調子で答えた。
「貴様…ジーナの真似か…?よせ…」
ふざけたやつはガガだけで十分だ。
「私も疲労が極限、少々頭がおかしくなってもお許しください。パルースから」
俺は机を乗りだしアプソの持っている手紙を奪い取る。アプソはその勢いに尻餅までついて転んだ。
「もう!」
俺は封蝋を割って紙を抜き、広げる。
「パルースはなんて?」
「…決行だ…来るぞ…アプソ、ミランダ・ジャーマンに指示を出せ。その時を待てとな」
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