ブリアール公爵家の第二夫人

大城いぬこ

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ジェイデン・ブリアール

 私の人生で価値あるものと言えるのは自身で選んだ友だけだった。 

 父の選んだものに囲まれて育ち、王家の頼みで娶った妻と家門繁栄のために迎え入れた二人目の妻も父が決めたものだ。王国最高位貴族家の権威と財産、武力の維持、それが私の人生だった。そして自分も次期当主の息子の配偶者を選び導き、父と同じように生きた。そこに後悔はないが… 

「トマ」 

「ん?」 

「あの令嬢はなぜ庭に出ているのだろうな」

  暗い庭園を見下ろせるテラスに置かれたソファに座りながら噴水の近くのベンチに座りうつむく令嬢を見つめる。 

「ん?…夜会は始まったばかりだが…銀髪…ああ…居心地が悪かったのだろう」

  銀髪を持ち、ブリアール公爵家の夜会に参加している令嬢は一人だけだ。私が自ら招待状の指示を出したから知っている。 

「つまらなそうだな」

  私の言葉にトマはソファから身を起こし令嬢をひたと眺める。 

「フローレンの噂で彼女の噂は下火になっていたが…暇な女ども…彼女の場合、第二夫人と異母妹に悪意があるからなぁ…蒸し返されたか」 

 会場から漏れている明かりが美しい銀髪を魅力的に見せる。 

「運のない令嬢だ…あの大人しさを見ればあんな噂はめられたのだと馬鹿以外なら察するが」

  トマの言葉を聞きながら私は彼女を見つめる。

  こちらを見てくれないだろうか。私を見上げてくれないだろうか。彼女が見上げたとしてもテラスの格子が邪魔であちらからは見えないだろう。覗き見られていると知れば嫌な気分になるだろうか。 立ち上がって堂々と姿を現すか…この年になってこんな感情が芽生えるとは… 

 自分の命の期限を知った今、感じたことのない欲が現れたことに多少困惑している。六十になる男が、二十にもならない少女のような、孫のような年の令嬢に視線を奪われている。 もう自分の心を否定する気も失くし、目敏いトマに気づかれることも理解していて見つめ続ける。そうすればトマは悪賢い頭脳を回転させ、おしゃべりが加速する。 

「ジェイ、彼女の婚約者だった男は異母妹と婚約した。アラント伯爵家を継ぐ」

  婚約を破棄されたあと父親でさえ手を差し伸べなかったことに彼女は深く傷ついているだろう。

  彼女は貴族らの間で噂の的になった。

  学園の卒業式の夜に開かれる夜会が彼女の人生を変えた。悪意のある策略に若く純真な彼女はまんまと嵌まり、真実を知らない馬鹿どもは出回る噂に飛び付いた。 

「アラント家は第二夫人の影響が大きい」 

「ああ、トマ。そうだな…」 

「実の子ではないといえ、噂を広めて義娘を貶めるとはな…醜いなぁ」 

 トマは数多の貴族家に犬を潜ませている。尋ねたことはないが私の家にも入っていると思う。それに怒りを感じないのは私がトマをよく知っているからだ。 

「異母妹と彼女の元婚約者が…」

  仲の悪かった異母妹の行動より、婚約者の令息が加担したことに深く嘆いたろうな。 

「ああ…腹は違えど姉妹だぞ、ジェイ。姉の人生を変えたことになんの罪悪感もないようだ。見目は派手で性格が悪い…そんな令嬢を選んだ元婚約者も見る目がない。だが、異母妹のほうは背景が強い。令息はそれを計算したのかもな」

  彼女はあの日の夜会に婚約者と入ったが、ダンスが終わると会場から消え、戻ってくることはなかった。遅れて会場に現れた異母妹は姉の婚約者と共に探し、涙を流しながら不安そうにしていたと聞く。翌日流れた噂は彼女が男と密会するために会場を離れ、異母妹と婚約者を置いて勝手に邸へ帰ったというものだった。邸に戻った彼女のドレスは乱れ、土や葉で汚れていた。そんな邸内の話が翌日には世間に広まったことに誰も不審に思わないなど…暇な者らは他人の醜聞を喜び語る。語れば語るほどそれが真実となり波紋のように広がった。 

「…諦めている」

  私の呟きはトマに届いたろう。

  ロシェル・アラントの美しい銀髪は懐かしい想いを甦らせる。私が恋に落ちたと言える過去の記憶が鮮明に浮かぶ。恋した彼女も今は私同様、年老いたろう。生死の有無さえわからないが、調べようとしない自身に納得もしていた。なぜなら私は新たに恋をした。 

「諦めか…そうかもな。伯はどこに嫁がせるかなぁ…邸に置いておくのは不憫だなぁ」 

 視線をトマに移すと茶の瞳を輝かせて私を見ていた。 

「トマ、私の友よ」

  私の心の内を話せる唯一の友。 

「…ジェイ、最期を首都で迎えてくれるなら何でも叶える」

  トマは私のために高名な医師を何人も呼んだ。だが、いずれも答えは同じだった。私は余生を静かな領地で過ごすことを伝えたがトマは嫌がった。私はトマの唯一だ。 

「私は…」 

 そのとき、声が聞こえた。視線を庭に戻すとベンチに座る彼女を囲むように男が三人立っていた。 休んでいるだけだから放っておいてくれ、気にせず夜会を楽しんでほしいと彼女の断りの声が聞こえる。そして、不躾な男たちの言いようも聞こえた。私は思わず立ち上がり、杖で床を大きく叩く。 会場から漏れ出る音楽と噴水の水音のなか響いた音はこちらの存在に気づいていなかった者たちの顔を上げさせた。男たちのせいで彼女が見えない。 

「我がブリアール公爵家の夜会に招待された令息の言動ではない!」

  令息らの慌てふためく姿にも腹が立つ。若いゆえか愚かな言葉を吐いて彼女を傷つけ、そのことになにも感じないのは傲慢だからだろう。 

「君らの家は彼女よりくらいが下だと思うが、女性の断る言葉を素直に受け取らず無理やりどこかに連れていこうとした」 

「ジェイ、落ち着け」

  興奮してはいけない。そんなことはわかっているが彼女の震え怯えた声を聞いてしまった。私の邸で、私のそばで… 

「エコー」

  私は置物のように気配を消して背後に立っていた従者の名を呼ぶ。 

「はい」 

「彼女以外の者は庭園から消せ。そして会場から…見ることもできないようにしろ」

  私がエコーに命令をしている間、三人の令息は逃げることはせず、私を見上げながら彼女から離れた。爵位の話で身元が知れたのなら逃げは悪手と考えたようだ。 

「ブリアール前公爵閣下…誤解なのです…夜会が始まって間もないのに一人たたずむ令嬢が心配で…具合が悪いのかと…」 

「そうです!休憩室に…」 

「手を貸そうと!」

  若々しい令息が私の存在に恐れ戦く。それほどブリアールに不快な思いは与えたくないと伝わる。

  私が手を振れば、庭に下りたエコーが三人の令息に近づき話しかけロシェル・アラントから離した。私は見上げる水色の瞳をやっと見ることができた。

 彼女のことは噂が出る前から知っていた。城で開かれる夜会だけが彼女の現れる場で、その夜だけは頬が緩んだ。

  人の動く気配を確認しながらテラスから庭に繋がる階段へ体を傾ける。杖などつく姿は見せたくなく、ソファに座ったまま様子を観察しているトマに預ける。 

「ジェイ」 

「トマ、私は思うままに動く」 

「ああ」

  偉大な公爵家を背負い生きてきた。思いのまま行動できない厳格なブリアールで生きたが、もう終わりが見えているなら… 

 螺旋階段を下りて、困ったような顔で私を見つめるロシェル・アラントに近づく。

  軽く波打つ長い銀髪に水面のような色の瞳。少し切れ長な目元が今は困惑しているように揺れている。淡い色彩を持つ彼女は今にも幻のように消えてしまいそうだ。






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