ブリアール公爵家の第二夫人

大城いぬこ

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ロシェルの異変




 夜が始まる頃、最後の客がブリアール公爵邸から去ろうとしている。

「ディオルド」 

「陛下」 

「私は当分城から出ることはできん」 

「はい」 

「…ジェイ…をしっかり埋めてくれ」 

「はい」 

「ではな」 

「陛下、休んでください」 

 陛下もロシェルと同じく窶れた。 

「ああ」

 ジェイデン・ブリアールの、一個人の葬儀に国王が出席したことは国中が知ることとなるだろう。 王族は葬儀に出席しない、皆がそういうものだと思い込んでいた慣習は今日、終わった。前例を作ることは大きな決断だったろうが、陛下は感情を優先させた。これからどうなるのか注視しなければならないな。 

「旦那様」 

「スタン、明日の昼過ぎに発つぞ」 

 俺はスタンを従え邸へ向かう。 

「騎士の編成、すべての準備は終えているな?」 

「はい」 

「棺の警護は厳しくしろ」 

 治安の悪い場所は通らないがなにが起こるかわからん。高位貴族は亡骸でさえ価値がある。奪われたら相応の金貨を要求される。 

「ブリアール公爵家の馬車は四台でよろしいですか?」 

 俺が一台、ステイシーとアリステリアが同乗一台、ジェレマイアが一台、ロシェルが一台。 ロシェルは馬車で一人になるがその方が落ち着くだろ。 

「ああ。点検を怠るなと強く言え」 

 いくら高価な馬車でも突然不具合が起こることがある。 

「旦那様」 

「なんだ」 

「離邸で過ごされますか?」 

 俺は足を止め、振り返る。スタンの顔は真剣なものだった。 

「…離邸のほうが人の気配が少なくてな…落ち着く」 

「わかりました」 

 スタンは父上とロシェルのことを知っている。俺がロシェルを望まず第二夫人にしたこともわかっている。

 これからどうするのかと、ブリアール領地から戻ったときどうするのかと尋ねられた気がした。 

「先の指示は向こうで考える。現状維持だ」 

 俺は体を傾け離邸に向かい足を進める。 


 夕食を食べ、風呂に入り弔問客のリストを眺めていたのは夜中も過ぎた時だった。

 ガガは旅の準備やらで俺から離れていた。 

 自ら注いだ酒を口に含み、一息つくかと窓を開けた。 離邸の庭の燭台の数は多くない。

 暗闇に近いなか、揺れる光を見つけ眉間が力む。 目を凝らすと揺れる光を持つ人がおぼろ気に見えた。 

 エコーの向かう先に視線を移すと暗闇のなかに銀髪が揺れ動いていた。 

「ロシェル!」 

 俺は窓から庭へ飛び出し駆けた。

 エコーは俺に気づいたろうに変わらずロシェルを追っている。止めようとしない動きにさらに眉間が力む。 

 近くなるにつれ、エコーの持つ燭台の灯りがロシェルの行動を照らして見せた。 

 ロシェルは突然立ち止まり、地面に膝を突いて倒れた。 

「ロシェル!」 

 俺は地面に横たわるロシェルのそばに立つエコーに追い付き、その肩を掴む。 

「なにをしている?エコー」 

 なぜエコーが起こさないのかわからなかった。 

「旦那様、ロシェル様は眠っています」 

「なに言ってる?倒れただろうが!」 

 ロシェルに向かおうとすればエコーに腕を掴まれた。 

「旦那様、ロシェル様が熟睡されるまで待ってください」 

「なにを…」 

 エコーの真面目な顔になにかあるかと見つめる。 

「…ロシェル様は葬儀のあと気絶するように眠られました。疲労と睡眠不足…よく眠っていると思った二時間後…ロシェル様が起き上がり、レナは目覚めたのだと思ったそうです。ですが…焦点が合わず…話しかけても答えず…寝台の…大旦那様が眠られていた場所を叩きはじめ…そのあと再び眠りに就きました」 

「寝ぼけたのか?」 

「…それからまた二時間後、今度は歩きはじめ椅子やソファの座面を叩きました」 

「……父上を探していたのか?」 

 エコーは頷くことはしなかったが視線をロシェルに向けた。 

「脈拍は眠っているときのものです。虚ろな瞳は私もレナもダフネも映しません」 

 俺は芝の上で横たわるロシェルを見つめる。

 体を丸め、膝を抱えるような体勢で寝ているロシェルにエコーは布を掛けた。 

「…声をかけても無駄だったか」 

「はい。抱き上げて寝台に寝かせても起き上がり探すのです…満足するまで」 

「夢遊病か」 

 視界の中のエコーが頷いた。 夢遊病はあまり見ないが珍しくはない。俺は過去に見たことがあった。 

「…明日から馬車旅だぞ…」 

 ロシェルは連れていかないほうがいいのか?他家で歩き回られては困るぞ。 

「ロシェル様は残ると言いません」 

 ああ、俺もそう思うがな。 

「ディオルド様」 

 エコーが俺の名を呼ぶのはかなり懐かしい。暗闇のなか、燭台の灯りに照らされたエコーの地味な顔を凝視する。 

「私はロシェル様に仕える身となりました」 

「そうか」 

「主の願いを最優先します」 

「そうしろ。必要ならば俺の名を使え」 

「ディオルド様のお命よりロシェル様を選びます」 

「は!かまわん」 

 俺は俺を守れる。

「もう部屋に連れていくか、いいな?」 

 エコーの頷きを確認して、布ごとゆっくりと抱き上げてもロシェルは目を開けず眠っているようだった。 

「夢遊病は心の病です」 

「ああ」 

 父上を亡くしたロシェルはここまで病むのか。父上の想いだけではなかったか。ロシェルも…いや…後ろ楯となるものを失ったことが不安か? 

「幸せにしろと言われたが、ロシェルが幸せと思うのは父上のそばだろ」 

 俺は先導するように歩きはじめたエコーに続く。 

「どうやって幸せにする…」 

 外敵から守り、好きなことをさせ裕福に暮らせるようにしたらロシェルは幸せか? 

 父上の願いを安請け合いしたわけではないが見通しがつかん。俺はロシェルになにをしてやればいい。 

「最新のドレスも宝石も喜ばんような気がする」 

「はい」 

「なんか助言はないのか?エコー。お前は俺より年上だろ。俺より父上と過ごしただろ。父上の考えるようなことを言ってみろ」 

 俺たちが会話をしていてもロシェルに起きる気配はなかった。大人しく眠っている。だが数時間後はどうなっているかわからん。 

「ドレスや宝石を贈ってもロシェル様の困る顔が浮かびます」 

「だな。エコー、それくらいは俺もこの娘を理解しているぞ」 

 ロシェルは俺の予想に反して買い物や劇場へ行きたいと言わなかった。ロシェルの日々は父上と穏やかに過ごすことそれだけで、それに飽きることもなかった。 

「ロシェル様は完全なる安心のなかで暮らしていました。苦しみと孤独の日々から、味わったことのない穏やかさと喜びを得たロシェル様がもう一度、苦しみと孤独に襲われてしまえば心がもつのか」 

「壊れるか?」 

 エコーは返事をしなかった。その可能性もあると言いたいらしい。 

 俺はわずかに届く灯りが見せるロシェルを見つめる。若く瑞々しく、生きることに難のない上に権力もある娘はひとしきり悲しめば立ち直ると思うのは楽観すぎか? 悲しみはいつまでも続かないと思うがな。 

「幸せにすると言った…できることはする」 

 俺には具体的になにをしてやればいいのかわからんが。 

「ロシェル様の夫は旦那様です」 

「ああ」 

「ロシェル様のために時間を使えますか?」 

「どれくらいだ?俺はお前が思うより忙しいぞ。弔問客に礼状を送らねばならん。手伝うか?」 

「必要なときはお呼びします」 

 俺の最後の言葉は無視したな。公爵の俺を呼びたいときに呼ぶ孤児がどこにいる。 

「エコー、明日から長旅だ。道々の領主の邸に泊まる予定だが」 

「旦那様とロシェル様は同室のほうが対処しやすいです」 

「ロシェルが嫌がるだろ」 

 エコーに俺の夢精のことを知られるのは耐えられん。 

「…エコー…」 

 俺はあの夜のことを話すか迷った。 

「大旦那様から預かっていた書類があります」 

「ロシェルのことが書かれているのか?」 

「陛下の犬の情報と大旦那様の見解です」 

「知っておくべきものか」 

 俺の呟きにエコーが頷いた。 

「大旦那様は…ロシェル様の身体についても考えていました…ですが…時間がなかったのです」 

「香ではないんだな?エコー、あの夜お前は香を焚いていないな?」 

「はい」 

 伯に対する違和感がなんなのか、わかった気がする。





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