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カイナ
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「はあ…あんたがザザ…噂は聞いていたけど本当に大きいね」
カイナは高級そうなソファに座ることができず、寝台脇から動かないザザの隣に立つ。
「この人がエルマリア・シモンズ子爵令嬢…へぇー白い…陶器みたいな肌」
覗き込むカイナを太い腕が遮る。
「なに?見ているだけじゃない」
鋭い眼差しがカイナを見下ろし威嚇するようにすがめた。
「ねえ、子爵令嬢の世話係をするってハウンド様から少し聞いたけど…このお嬢様はあんたがしてることを知ってるの?」
ザザはカイナからエルマリアに視線を移す。
「知ったら下人に戻されるんじゃない?黙っててほしい?銅貨五枚で黙るよ」
ザザは話しかけるカイナを無視し、エルマリアを見つめる。
「…ふん…フェリシア様の居場所を奪う悪女?白粉と紅がきつい女…って仲間の間にまで話は聞こえてきたけど…白粉も紅もつけてないじゃない…あれかな?フェリシア様の取り巻き使用人が勝手に流した噂かな?」
ザザと会話ができないと悟ったカイナは眠るエルマリアを見つめ口を閉ざした。
「あ…」
エルマリアの紫色の瞳がゆっくり現れカイナは声を出した。
ぼんやりと天井を見つめるエルマリアの紫色の瞳がゆっくり動き、声をかけていいのか迷うカイナを見つけ留まる。
「ザ…ザ」
思考が冴えていないエルマリアは倒れる前に会っていたザザの名を呼んだ。 ザザは体を屈ませエルマリアの顔に近づく。
「ザザ」
エルマリアは頷くザザに微笑み、カイナに視線を戻す。
「カイナ?」
「はい!」
エルマリアが名を知っていると思わなかったカイナは思わず大きな声が出て顔を赤らめる。
「あなたがカイナね…会いに行こうとして…いたの…ハウンド…ハウンドはどこ?」
「あ…旦那様が様子を見にいらして…」
カイナの答えにエルマリアは理解した。
「そう…ザザ…カイナと話したいの。隣の部屋に行ってくれる?」
ザザはエルマリアからカイナに視線を移し首を振る。
「カイナは私の敵じゃないわ…たぶん」
「はい!」
それでも動かないザザにエルマリアは苦笑する。
「ザザ、隣の部屋に行かなくていいわ。だけど耳を塞いでくれる?」
ザザは大きな手のひらで自身の耳を覆った。
「カイナ、あなたは一年前からこの邸で働いているわね?」
「…はい」
「もう…私の状況は広まっていると思うのだけど?」
カイナはエルマリアのされたことを知っていた。一日中洗濯をする下女にとって仲間との会話は多い。 頷くカイナにエルマリアは微笑みを強くする。
「この邸の使用人は…あまりそばに置きたくないのよ。カイナ…あなた…病気の家族がいるの?」
エルマリアの問いにカイナは体を揺らした。
「あなたの書類に給金の前借りを申し込んだと書き込まれていたから…薬代と走り書きがあったの」
カイナはフローレン侯爵家に雇われ三ヶ月で前借りを申し込んでいた。
「ハウンド様は細かいですね」
カイナはつい愚痴のような言葉を吐いてしまった。貴族の前で貴族の文句を言ったことに顔が青ざめる。
「ふふ…そうね。細かいから優秀なのよ」
機嫌を損ねていないようなエルマリアの様子にカイナは胸をなで下ろす。
「カイナ、月に金貨二枚…上級使用人の給金と同額を支払うわ」
カイナは理解できず首を傾げた。
「私の身の回りの世話を頼みたいの。風呂や着替え…休みをあげられないけど…事態が落ち着いたら状況も変わるから…それまで私を裏切らず…私に嘘を吐かず…仕えてくれない?」
「わ…若奥様…私は洗濯女です…ドレスの着せかたも紅茶の入れ方も…字も満足に読めない…」
「…知っているわ。それでも頼んでいるの。金貨二枚に加えて私から二枚…月に四枚の金貨を渡すわ」
カイナは信じられない提案に弟と妹を思い浮かべる。
貧民街のぼろやに住む病気の弟と小さな妹に十分な薬と食事を与えることができる話に体が震える。
「でもね、あなたは使用人仲間から嫌われるか傷つけられるかもしれない」
それはカイナにも想像できた。けれど金貨四枚と比べれば些末なことだった。
「…若奥様…私はお金が必要なんです」
「取引成立?」
エルマリアが尋ねるとカイナの顔が少し曇る。
「長く休みが必要ではないのですが家の様子を見に…外へ行かないとなりません」
エルマリアはカイナを見つめ考えている。
「半日で戻れるでしょう?」
「はい。弟と妹の様子を見て食材を置いてくるだけです」
「ならいいわ。あなたがいない間はザザがそばにいる。カイナ、貧民街はここから遠いわ。もう少し治安のいい場所に引っ越せる?」
引っ越しは金貨一枚でもおつりがくる。カイナは頷く。
「引っ越しは半日で終わらないわね…」
「荷物が少ないので部屋さえ見つかればすぐに引っ越せます」
「…ハウンドに物件を聞いてみるわ。カイナ、引っ越しすることを使用人仲間に教えないで」
「…はい」
カイナはエルマリアの用心深さに少し驚く。
「あなたの弱点は弟と妹よ…私は家族を気にせず仕えてほしいの」
「はい」
カイナの返事を聞いたエルマリアが起き上がろうと動くとザザが手を伸ばし背中を支えた。
「…ありがとう…ザザ。二人とも…今夜、私の湯のあとに風呂に入って。どちらが先かは二人で決めて。カイナ、ハウンドを呼んできてくれる?」
「はい」
カイナの消えた部屋にエルマリアとザザが残った。
エルマリアは離れた窓から外を眺め、長い一日を思い出す。
「もう…夕暮れね…まだ眠いわ…ザザ…あなたに弱点は?」
窓からザザに視線を移したエルマリアは首を振る様子に微笑む。
「いいことだわ」
カイナは高級そうなソファに座ることができず、寝台脇から動かないザザの隣に立つ。
「この人がエルマリア・シモンズ子爵令嬢…へぇー白い…陶器みたいな肌」
覗き込むカイナを太い腕が遮る。
「なに?見ているだけじゃない」
鋭い眼差しがカイナを見下ろし威嚇するようにすがめた。
「ねえ、子爵令嬢の世話係をするってハウンド様から少し聞いたけど…このお嬢様はあんたがしてることを知ってるの?」
ザザはカイナからエルマリアに視線を移す。
「知ったら下人に戻されるんじゃない?黙っててほしい?銅貨五枚で黙るよ」
ザザは話しかけるカイナを無視し、エルマリアを見つめる。
「…ふん…フェリシア様の居場所を奪う悪女?白粉と紅がきつい女…って仲間の間にまで話は聞こえてきたけど…白粉も紅もつけてないじゃない…あれかな?フェリシア様の取り巻き使用人が勝手に流した噂かな?」
ザザと会話ができないと悟ったカイナは眠るエルマリアを見つめ口を閉ざした。
「あ…」
エルマリアの紫色の瞳がゆっくり現れカイナは声を出した。
ぼんやりと天井を見つめるエルマリアの紫色の瞳がゆっくり動き、声をかけていいのか迷うカイナを見つけ留まる。
「ザ…ザ」
思考が冴えていないエルマリアは倒れる前に会っていたザザの名を呼んだ。 ザザは体を屈ませエルマリアの顔に近づく。
「ザザ」
エルマリアは頷くザザに微笑み、カイナに視線を戻す。
「カイナ?」
「はい!」
エルマリアが名を知っていると思わなかったカイナは思わず大きな声が出て顔を赤らめる。
「あなたがカイナね…会いに行こうとして…いたの…ハウンド…ハウンドはどこ?」
「あ…旦那様が様子を見にいらして…」
カイナの答えにエルマリアは理解した。
「そう…ザザ…カイナと話したいの。隣の部屋に行ってくれる?」
ザザはエルマリアからカイナに視線を移し首を振る。
「カイナは私の敵じゃないわ…たぶん」
「はい!」
それでも動かないザザにエルマリアは苦笑する。
「ザザ、隣の部屋に行かなくていいわ。だけど耳を塞いでくれる?」
ザザは大きな手のひらで自身の耳を覆った。
「カイナ、あなたは一年前からこの邸で働いているわね?」
「…はい」
「もう…私の状況は広まっていると思うのだけど?」
カイナはエルマリアのされたことを知っていた。一日中洗濯をする下女にとって仲間との会話は多い。 頷くカイナにエルマリアは微笑みを強くする。
「この邸の使用人は…あまりそばに置きたくないのよ。カイナ…あなた…病気の家族がいるの?」
エルマリアの問いにカイナは体を揺らした。
「あなたの書類に給金の前借りを申し込んだと書き込まれていたから…薬代と走り書きがあったの」
カイナはフローレン侯爵家に雇われ三ヶ月で前借りを申し込んでいた。
「ハウンド様は細かいですね」
カイナはつい愚痴のような言葉を吐いてしまった。貴族の前で貴族の文句を言ったことに顔が青ざめる。
「ふふ…そうね。細かいから優秀なのよ」
機嫌を損ねていないようなエルマリアの様子にカイナは胸をなで下ろす。
「カイナ、月に金貨二枚…上級使用人の給金と同額を支払うわ」
カイナは理解できず首を傾げた。
「私の身の回りの世話を頼みたいの。風呂や着替え…休みをあげられないけど…事態が落ち着いたら状況も変わるから…それまで私を裏切らず…私に嘘を吐かず…仕えてくれない?」
「わ…若奥様…私は洗濯女です…ドレスの着せかたも紅茶の入れ方も…字も満足に読めない…」
「…知っているわ。それでも頼んでいるの。金貨二枚に加えて私から二枚…月に四枚の金貨を渡すわ」
カイナは信じられない提案に弟と妹を思い浮かべる。
貧民街のぼろやに住む病気の弟と小さな妹に十分な薬と食事を与えることができる話に体が震える。
「でもね、あなたは使用人仲間から嫌われるか傷つけられるかもしれない」
それはカイナにも想像できた。けれど金貨四枚と比べれば些末なことだった。
「…若奥様…私はお金が必要なんです」
「取引成立?」
エルマリアが尋ねるとカイナの顔が少し曇る。
「長く休みが必要ではないのですが家の様子を見に…外へ行かないとなりません」
エルマリアはカイナを見つめ考えている。
「半日で戻れるでしょう?」
「はい。弟と妹の様子を見て食材を置いてくるだけです」
「ならいいわ。あなたがいない間はザザがそばにいる。カイナ、貧民街はここから遠いわ。もう少し治安のいい場所に引っ越せる?」
引っ越しは金貨一枚でもおつりがくる。カイナは頷く。
「引っ越しは半日で終わらないわね…」
「荷物が少ないので部屋さえ見つかればすぐに引っ越せます」
「…ハウンドに物件を聞いてみるわ。カイナ、引っ越しすることを使用人仲間に教えないで」
「…はい」
カイナはエルマリアの用心深さに少し驚く。
「あなたの弱点は弟と妹よ…私は家族を気にせず仕えてほしいの」
「はい」
カイナの返事を聞いたエルマリアが起き上がろうと動くとザザが手を伸ばし背中を支えた。
「…ありがとう…ザザ。二人とも…今夜、私の湯のあとに風呂に入って。どちらが先かは二人で決めて。カイナ、ハウンドを呼んできてくれる?」
「はい」
カイナの消えた部屋にエルマリアとザザが残った。
エルマリアは離れた窓から外を眺め、長い一日を思い出す。
「もう…夕暮れね…まだ眠いわ…ザザ…あなたに弱点は?」
窓からザザに視線を移したエルマリアは首を振る様子に微笑む。
「いいことだわ」
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