【R18】微笑みを消してから

大城いぬこ

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過去の嘘

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「エルマリアはお前を許したか?」 

「これからも話を…会話をして関係を深めたいと」

 ソロモンは結婚式後から消えていた笑顔をレイモンドに見せる。

「そうか…お前が馬鹿な行動をしていなければこんな苦労をしなかったがな」

 レイモンドは椅子に座りながら書類をめくるソロモンを見下ろす。 

「フェリシアをランド領地に戻さないでください」 

ランド領地からの返事はまだだがレイモンドはソロモンの言葉が聞きたかった。 

「…戻す」

 レイモンドは執務机越しのソロモンに迫る。二人の濃緑の瞳が絡む。 

「お前を信用していない。そしてフェリシアは下級使用人の心を掴んでいる。またエルマリアを害する動きを見せられたら困る」 

「しかし!」 

「鉢を落とした犯人が見つからない。それの意味はわかるだろう?」 

ソロモンは自分の知らなかった下級使用人の団結の強さを知った。

「犯人が捕まっていれば…見せしめとして騎士隊に引き渡し…それほどのことをしたと周りに知らしめれば理解するかと考えたがな…捕まらない」 

「父上、フェリシアをランド領地に戻すことは止めてくれ。命令どおり会っていないだろう?」 

「たった十日会わなかったから望みを叶えろと言うのか?エルマリアと閨をしてからなら答えは変わっていただろうが…さっきも言ったがお前を信用していない。理解しろ」 

「ランドは!フェリシアには辛い場所なんだ!」 

「両親が死んで何年経つと?いつまでも悲しいからと前に進まないのか?それでいいのか?」 

「違う!フェリシアは…フェリシアは…」

 レイモンドの必死な様子にソロモンはある考えが過る。

 椅子から立ち上がり机に手を突いたソロモンはレイモンドに体を近づける。 

「レイモンド…フェリシアになにを聞いた?」

 濃緑の瞳は泳ぎ体が揺れる様を見てソロモンは顔を歪める。 

「あの…娘は…なんてことを」 

「ただ!…俺に相談しただけです…助けを求めた…」 

「ははは!」

 ソロモンの変わりようにレイモンドは驚き上体を反らす。ソロモンは乱暴に椅子に腰を下ろした。 

「父上?」 

「フェリシアはランディ・ランドに触れられていないぞ」

 レイモンドの間抜けな顔を見てもソロモンはもう笑えない。 

「な…ん…」 

「両親を亡くし落ち込むフェリシアを叔父の役目として慰めた…ただ寝台で泣く子供の頭を撫でただけだ。毎夜寝かしつけた…それだけだ」 

「それは!奴が嘘を!」 

「レイモンド、私がランディの言葉をそのまま信じたような言い方をするな。両親の死のショックで混乱していたんだろうな…フェリシアの訴えた日々…部屋の端にはランド家に仕えていた執事とランディの妻がいたんだ。ただ姪を慰める叔父の行動を…その当時…誤解した…と私は思った。フェリシアから相談されて我らと共に暮らしたいと願われて…ウィルに似たフェリシアの願いならと」

 ソロモンは両手で顔を覆う。 

「フェリシアが継げるように動いた私は愚かだ…あの娘のため…ウィルのために…」 

「嘘…?フェリシアのあの苦しみが嘘…?」 

「その執事とランディの妻が私を騙していなければな。だが…私はランディを知っている。ウィルと同じように付き合いは長いが…少女に触れるような男ではない。だいたいそういう男は癖のように少女に触れる…噂くらい耳に入るが…今でもそんなものは聞こえてこない」 

「いや…皆で嘘を…」 

「そうだな、だがな…ランディはウィルの死でランド男爵を正式に継いだが私の提案に快く承諾してくれた。嫡男に渡す権利をフェリシアにと…ウィルの娘が継ぐべきと!」

 ソロモンは腕を叩き下ろした。大きな音にレイモンドとハウンドの体が揺れる。 

「それを…フェリシアはお前にそんな嘘を…お前と離れたくなかったか?そうだな、ウィルがいなければ私はランドに行こうと言わなかったろう。嘘を吐いた理由がお前ならまだ可愛いが首都に住むことなら?フローレン侯爵家に嫁ぐためなら?…私はもうフェリシアを信じられない。ランディの返事を貰い次第…出ていかせる。レイモンド、フェリシアに話すな…今度はなにを言い出すか想像ができない」

 レイモンドはなにも言えなくなった。信じていたフェリシアが守らなければと思っていたフェリシアが嘘を吐いていた。 

「レイモンド!」

 レイモンドはソロモンの声に思考を止める。 

「目を覚ませ!それでもフェリシアを選ぶと言うなら共に出ていけ。ランド男爵になればいい…フローレンにはジェイコブがいる。エルマリアとは年が離れているが…五年経てば…エルマリアはまだ純潔だ…不幸中の幸いだな…お前を勘当して…」

 ソロモンはフローレンのもう一つの未来を考え始めた。 

「父上!」 

「なんだ?フェリシアを愛しているというお前の言葉を信じているから可能性を言っている。レイモンド…私は疲れた。アンジェルの相手だけでも疲労を覚えるのにお前が加わって私を苦しめる。フローレンなど…」

 ソロモンは椅子から立ち上がり窓辺へ向かい外を眺める。 

「レイモンド、出ていけ」

 ソロモンの背を見たレイモンドはなにも言えずに執務室から離れた。 

「旦那様」 

「ハウンド、お前は泣きながら私にすがるフェリシアを見ていた」 

「はい」

 ハウンドは未だ外を眺めるソロモンを見つめる。 

「レイモンドにまで話す理由はなんだ?」 

「同情を買う…そしてあわよくばレイモンド様の庇護欲を刺激し…感情を向けさせ…」 

「思いのまま操るか?そんなことを少女のうちから考えていたならフェリシアは曲者だ」 

「小さな嘘がどんどん大きくなりフェリシア様のなかで真実に変わった…可能性もありますが…」 

「頭が痛い…フェリシアのことはもう考えないことにする…考えたとてこの邸には置いておけない。で?逃げた三人のメイドは?」 

「一人だけ首都の外れの小さな質屋まで追えましたが…」 

「そこまでか?」 

「はい。騎士より一足早く着き、宝石を金に換えたそうですが原石ではなくカットをされたもの…宝飾品の一部のような石だったそうです」 

「フェリシアか…レイモンドが使用人にそんなものを与えるわけがない」 

「…盗まれたことに気づいていない…か口を噤んでいるかもしれません」

 ソロモン同様、ハウンドも少女の時からフェリシアを知っていた。ハウンド様と懐く愛らしい少女に対して好意さえ抱いていた。 

「…お前でさえそう言うなら…下級使用人らはフェリシアに心酔しているか」


 この日からレイモンドがフェリシアの部屋に忍ぶことがなくなった。



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