【R18】微笑みを消してから

大城いぬこ

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庭園

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「ケリー…散歩に行けるかしら?」

 フェリシアは窓辺に立ちながら外を眺め尋ねる。 

「…聞いてきます」 

「お願い」 

フェリシアは好きなように部屋から出ることを禁じられた。エルマリアとレイモンドに偶然会ってしまわないようにとソロモンからの命令だった。 

「レイの結婚からなにもかもが変わってしまったわ」

 冷たい硝子に額をつけていると外を歩く使用人と目が合い手を振る。使用人は嬉しそうにフェリシアに手を振り返す。 自由を奪われた状況が歯がゆくて苛ついても微笑み手を振るフェリシアは数日前から訪れなくなったレイモンドを想う。 

「子爵令嬢と会った日から…」

 なにを言われたのかと想像していたフェリシアのもとにケリーが戻った。 

「フェリシア様、邸内なら歩いていいそうです」 

「邸内…だけ?」

 フェリシアは暖かい日差しを浴びたかった。 

「レイモンド様と子爵令嬢が…」

 それを聞いたフェリシアは理解した。レイモンドとエルマリアが共に庭にいるせいで行動を制限されている。 

「ケリー…レイが会いに来てくれないの」 

「…子爵令嬢と話したあと旦那様の執務室へ行かれ…その後…レイモンド様の様子が変わったそうです」 

「…おじ様がなにか言ったのかしら?それとも子爵令嬢…?」 

「奥様は茶会を開かなくなり商人も呼びません。旦那様はシモンズ家からの持参金に手を出しづらいのかもしれません。フローレン侯爵家は財政難だと使用人の間では噂になっています」 

「おば様の茶会は豪勢だもの…楽団に有名な菓子店を呼んで……おじ様はこの結婚が破綻してしまえば持参金を返さなくてはならないのね」 

「両家で契約書が交わされているはずです。旦那様の様子を見るに…そうでしょう」 

「だから…子爵令嬢に気を使って…私が初夜にレイを引き留めたせいで…でも…レイが他の女性を抱くなんて嫌よ…耐えられないわ」

 ケリーはフェリシアに近づき震える肩を抱き締める。 

「レイモンド様はフローレン侯爵家のために我慢をしているのですよ…夜…忍ばれないのも旦那様に釘を刺されたのでは?知られてしまってはフェリシア様を他へ移すと…」 

「ええ…でも…レイと少しでも話したいわ」

「このケリーがその機会をうかがいます」

 フェリシアはケリーを見つめる。 

「本当…?ありがとうケリー…邸内を歩いたら厨房へ行くわ。久しぶりに焼き菓子を作って皆に配りたいの」

 頷くケリーと共に部屋を出たフェリシアは廊下を歩きながら飾られた絵画が変わっていることに気がついた。 

「新しい絵画ね…絵画を買う余裕はあるのかしら?そんなに心配することではなさそうね」 

「あら…フェリシア」 

「おば様!久しぶりですわっ」

 フェリシアはアンジェルを見つけ足早に駆ける。 

「夕食を共にできないから食堂が寂しくなったわ、フェリシア。あなたの存在が食堂を明るくしていたのねぇ」

 アンジェルの言葉にフェリシアは喜ぶ。 

「おば様がいるだけでおじ様は嬉しいでしょう?」 

「んふ…そうね。でも最近は冷たいのよね…ソニーはイライラしていることが多いの…なぜかしら?」

 アンジェルの視線はフェリシアにある。微笑んでいても責めるような言い方をされているとフェリシアは思ってしまう。 

「…私にはわかりません。突然一人になってしまって」 

「そうよね。茶会を開けないから暇なの。他家に行くしかないのよ。フェリシア、あなたも行く?夫人たちはあなたの話を聞きたがるの」

 少女のフェリシアを残して死んだランド男爵夫妻と放り出された令嬢に情けをかけたフローレン侯爵家。楽しい噂が途絶えたときにアンジェルがその話をすれば夫人たちはフェリシアを哀れみアンジェルを称える。 

「今ですか?」

 アンジェルは着飾っている。後ろに侍るメイドはいつもより控えめだがドレスを着ている。 

「外出用のドレスに着替えなくてはなりませんわ」 

「そうね、その衣装では駄目ね。子爵令嬢を見た?贅を凝らした衣装…宝石をいくつも散らして…子爵が送ってきたのよ…甘やかされているのねぇ…生家が裕福だと困ることがないわねぇ」

 アンジェルの嫌みを笑顔で耐えるのはいつものことだったが今のフェリシアにはきつかった。涙を流さないよう全身を力ませた。 

「そうですわね。父親だけでもいる子爵令嬢が羨ましいですわ」 

「ああ…子爵令嬢も母親が馬車事故…?だったかしら?え?盗賊に?」

 アンジェルの思い違いに後ろにいたメイドが耳打ちして教える。 

「まあ、かわいそう。今度は子爵令嬢を連れて茶会に行こうかしらね」

 笑いながら歩き始めたアンジェルを見送ったフェリシアは高ぶる感情を抑えようと庭に視線を移した。フェリシアの気に入りの場所にはレイモンドとエルマリアが談笑している姿があった。 

「レイ…笑ってる…どうして?」 

「フェリシア様…」 




「フェリシアは…ランドに戻される」 

「まあ…侯爵閣下は決めましたの?」 

「…ああ…」 

「私たちがこうして会談の場を設けているのに…」

 首を傾げるエルマリアにレイモンドは地面に視線を落とす。 

「いろいろ考えてだろう」 

「レイモンド様はどうしますの?男爵令嬢が離れるなど耐えられないでしょう?」

 レイモンドは気安い感じで尋ねるエルマリアを見つめる。金色の髪が緩い風になびき赤い唇はいつものように弧を描いている。数多の宝石が木漏れ日に照らされ輝き美しいと見惚れていた。 

「フェリシアとは楽しい思い出が多い…それだけ長く共にいた…一緒に成長した。君には兄がいるだろう?」 

「ええ。でも会話が少ない兄妹でした。兄は後継として父から厳しく教育されていましたから私と関わる時間などありませんでした」 

「そうなのか」 

「はい。あ…」 

エルマリアは手のひらで顔を覆った。 

「どうした?」 

「…目に…ザザ…」 

「待て」

 ザザはレイモンドの指示に従わずエルマリアに近づきひざまずく。 

「おい!離れろ」

 レイモンドの声にダダが動きザザの肩を掴んでエルマリアから離そうとする。 

「レイモンド様の指示だ…離れろ」

 ダダを睨み付けたザザは動かない。 

「ザザ、いいの。今はレイモンド様に従って」

 エルマリアの言葉にザザは立ち上がり少し離れ、レイモンドがその場に膝を突く。 

「エルマリア、なんだ?」 

「目に…風のせいかしら?なにか…」

 レイモンドはエルマリアの細い腕を掴み顔から離すと現れた垂れた紫の瞳から涙が何粒も落ちた。 

「あ…」 

エルマリアは何度か瞬き、異物が消えたことを確認した。 

「レイモンド様、取れましたわ…あまり外には出ないので驚きました」

 涙を流しながら笑うエルマリアの肌が透けるように白く滑らかでレイモンドは視線を奪われ離せなくなった。 

「レイモンド様?膝に土が着きます」 

もう立ち上がっていいとエルマリアは伝えたつもりだったがレイモンドは紫の瞳を見つめたまま離れなかった。 

「ハ…ハンカチを」

 レイモンドは懐に手を入れエルマリアの濡れた頬をハンカチで押さえる。 

「レイ!」

 突然呼ばれた声にレイモンドの体は揺れる。少し離れた場所からフェリシアが足早に近づいてきた。





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