この世界をNPCが(引っ掻き)廻してる

やもと

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第1話-目覚めた奴ら

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 珈琲コーヒーを飲みながら、窓際に立って外を眺める。
 赤の塔の背後に掲げられたライブのロゴ――家屋の印――が遠くに見える。ここはクーパー通りのアパート。三階の角部屋からはスカーレット市の夜景がよく見える。角部屋というものは、実際にはデメリットが多いらしいけど、現実世界の自宅より快適だった。
 もうすぐ夜の十一時になる。街にはログアウトの光がちらほら。明日、学校や会社があるプレイヤーの一部は、大事をとって就寝するころだ。
 通りを歩く商人風の女性たちがこちらを眺めている。トーマスの住所は、それなりに知られていた。「おやすみなさい」と手を振っている。彼女らも現実世界に戻るようだ。
 窓を開いてあいさつ代わりの魔法を放った。氷属性魔法<粉雪パウダースノウ>で発生した小さな白い宝石に街の灯がともり、幻想的な風景を演出する。トーマスらしいキザな行為だと思う。
 降り注ぐ雪の中、黄色い声を上げる女性陣。両手を高く掲げ、雪を掴もうと必死だ。まずいな、ログアウトしようとしていたのに足止めしてしまった。
 雪の追加注文が来る前に部屋の奥へと退散。カップをサイドチェストの上に置いて、ベッドに腰かけた。

「もう十一時よ。ごっこ遊びの時間は終わり」

 凛とした声とともに、背中に温もり。エリスが体を預けてきたのだ。部屋着姿の彼女は、ベッドに寝そべる。瞳には子供の無邪気さ。
 エリスに恋人役を頼んだ最初の夜、僕と彼女の間にはルールができた。夜の十一時を超えたらトーマスでも、エリスでもない。ただの一般人に戻る、というルールだ。
 つまり、僕は橘啓介、彼女は永田真奈美になる。

「真奈美、何度も言ってるだろう。僕にとっては“ごっこ遊び”の、“遊び”抜きなんだよ」
「そうだったわ、啓介君は仕事してたのよね。私は“ごっこ”抜きの方だけど」

 真奈美が笑う。つられて僕も笑い、ベッドに背中を預けた。何が面白いのか、理解はしてない。プライベートの時間なんて、そんなものでいいのだ。

「今日は何する?」
「うん? どうしようかな……」

 真奈美が上半身だけ体を起こした。

「実況動画でも見る?」
「それはいいや」
「読書? 映画?」
「どっちも気分じゃない」
「それなら、ギターの練習?」
「それだ! ギターがいい!」

 ベッドから飛び起きた瞬間、幸せの終わりを告げる音が鳴る。会社からのメールの着信音だった。
 寝てましたってことにしようとしたが、トーマスがログインしていることくらい、すぐにばれる。エリスも肩をすくめ、理解を示してくれた。
 仕方なくメニューを開いて確認する。ヴィオからのボイスメールだった。それにしてもメール代を節約するために会社経由とは、さすが守銭奴。

『俺だ、ヴィオだ。戦闘要素の改善の件だけど、カールの知り合いとやらに取材を受けさせたらどうだろう? アピールすることで、引退者の復帰を促せるかもしれないだろ。意見を聞かせてくれ、それじゃ』

 メニューを閉じて、再びベッドに腰を下ろした。
 タクシーギルド、Alexa、外注。何一つ解決していない事実を思い出してしまった。ついでにカールに無茶ぶりしたことも。

「うちでもこの話題で持ちきりだったわよ。あなたの会社はアクションなんて諦めてたと思ったわ」
「そんなわけないじゃないか。人間は日々進歩してるんだぞ」
「今まで改善の話なんて聞いたことなかったけど、いつごろから?」
「――今日の、十二時、五十分くらいかな」

 明確すぎる答えに真奈美は眉をひそめる。僕も彼女の立場だったら、同じ反応をするだろう。
 仕事は明日に回すとして、今はギターを取りに行く。すると、また会社からのボイスメール。
 こんどはアビーからだった。

『こんな時間にごめんなさいね。ギルドとの交渉だけど、絶賛難航中だから助っ人が欲しいの。トーマスの自宅からなら、一時間くらいかしら?
 じゃあ、待ってるから』

 エリスと目が合う。

「一時間ですって」
「オープンコードくらいなら、覚えられるさ」

 ギターは買ったばかりで、まだ初心者だ。練習したい気持ちを押し殺して、仕事人間に戻る。

「悲しいけど、仕事だ。今日は早めに寝たら?」

 ベッドから降りて着替え部屋に入る。

「それもありね。でも、まだ希望はあるわ」
「どういうこと?」装備を部屋着から仕事着に切り替える。
「今日は女子会に誘われてたの。“彼氏”と約束があるって言って断ったのよ。途中参加できるかしら?」
「彼氏って、何でそんな嘘ついたの?」

 強がりたいのは男も女も同じって事かな。
 含み笑いをしながら寝室に戻ると、真奈美の怪訝な表情が迎えた。瞳の色は、夏の青空から夜の海の色へと変化していく。無言のまま真奈美は立ち上がり、ベッドを降りる。

「あの、なにか?」

 恐る恐る問いを投げる。

「――念のため聞くけど、私たちって付き合ってるのよね?」
 
 二人の視線がお互いを見つめ、歪みのない直線となる。僕の体温が内側から氷点下へと下がっているようで、反対に上昇しているようにも感じる。
 室内を支配したのは、気まずい沈黙。
 おやおやおや、プライベートでもトラブルですか!?
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