この世界をNPCが(引っ掻き)廻してる

やもと

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第1話-目覚めた奴ら

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 コンピュータグラフィックスによる太陽が、スカーレットの街に朝日を投げかける。東の空から差し込む陽光は、いつもと変わらない輝きを放っていた。
 目抜き通りや橋の上には、まばらな人影。これからNPCたちが本格的に活動する。現実世界の時刻が昼過ぎであろうとも、彼らの新しい一日は始まったばかりだ。
 魔導車に揺られながら、僕は携帯端末を眺めていた。高級車での移動は快適だ。隣にはグランドマスターが座っていた。
 今日は、先月に行われたグルメコンテストの祝勝会に出席する。Alexaが正常に稼働しているかは、いまだに調査中だ。そのため、また余計なことを言わないように、僕が同席して見張ることになった。
 本来は疑いが生じた時点で、使用は中断すべきなんだ。
 しかし、仕事が継続できるのであれば、機材を取り換えてもらえない。冷却ファンの音が五月蠅い端末も、錆により甲高い悲鳴を上げる椅子も、自分勝手な行動をしていると思われる人工知能も。どれも同じような扱いなのだ。

「各ゲーム情報サイトの動きはどうかね? <週刊げ~ま~>とか」

 赤髪の少女が問いかけてきた。
 端末で更新情報を確認。

「『戦闘要素にテコ入れ。ミグラトリ―の反撃開始となるか!?』、と書いてます」
「<ゲムチョップ>は?」
「こちらも、似たようなものですね。『グラマス言明! 戦闘民族カムバック!』」

 ちょっとやりすぎな気もするな、このサイトは。

「<週刊フロリック>は?」
「『ミグラトリ―が大型アップデートを予告!? 一方、人気NPC「トーマス」はキザな演出で女子をナンパ』、ですって……」
「うん? 面白い記事だな」

 普段なら、お腹を抱えて笑うだろう。身内たちと大盛り上がりさ。トーマスを取り上げたことが、記者の個人的な感情でなければね。

「それじゃ、祝勝会でのコメントですけど――」端末のページを切り替える。「すばらしいコンテストだった。あと優勝者を誇りに思う、とか」
「ふむふむ」両腕を組んで、頷く少女。
「まあ、とにかくコンテストと優勝者とミグラトリ―を褒めてください」

 カールが、すでにテキストを仕上げているため、口頭での説明は大味だった。僕の精神状態の影響もあるかも。

「疲れているようだな……」

 少女の紅蓮の瞳が僕を見据えていた。

「ええ、タクシーギルドの件で徹夜だったので。それと――」

 僕は言葉を詰まらせた、というよりも我に返った。
 人工知能相手にエリス――真奈美のことを相談しようとした自分の節操のなさに辟易した。

「わかったぞ、女のことだな」

 可憐な少女の顔をしたグランドマスターの表情は、スケベ親父そのものだった。
 相手の言葉を否定しようとして止めた。ログの情報から、昨日の夜の出来事なんて筒抜けだ。それを勘で当てたような素振りを見せるコンピュータは、なんて小賢しいのだろう。

「Alexa、これはプライベートのことなんだ。口出しは――」
「ゲーム内では、グランドマスターだ。君はトーマス。しっかりと演じないと査定に響くぞ」

 これだもんな。
 状況に流されず、的確な判断を下すために人工知能が査定をサポートする。それが目的だと言うのに、そのAIが脅しをかけてくるんだぞ。給与と賞与を人質に取られては、無条件降伏するしかないじゃないか。

「仰る通り、恋人、って言うんですかね。いろいろありまして」
「ああ、やっぱりな。そうだと思った」

 実にわざとらしい芝居が再開される。芝居って言うよりコントかな。

「でも、お気になさらず。個人のことなので」
「遠慮することはない。心の問題は得意分野だ。私をセラピストだと思って話してみなさい」

 グランドマスターの目は、ひどく優しかった。
 実際にメンタルケアに必要な情報をAlexaは搭載している。社員が気軽にセラピーを受けられるようにアップグレートしたのだ。
 悩んでいるのは本当のことだし、Alexaはメンタルケアの経験もある。隠し立てして、査定に影響するのも嫌だから話してみるか。

「実は、僕とエリスは――」
「助言を授けよう」

 僕の言葉を遮り、グランドマスターが話し始めた。

「山登りに行くと言い。雲に触れられる高さから下界を見下ろせば、醜い心も晴れやかになるだろう」
「単なる痴情のもつれとは違うんです。何と言うか、お互いの存在を見つめ直す、という感じでしょうか」

 昨日は、エリスに返事もできないまま解散となった。今にして思えば、あの時に、はっきりさせるべきだったのだ。時間が経てば経つほど、苦しくなるのは明白なのだから。

「それならば、直感に従うのだ。悩む時間と良い解決策が生まれる確率は比例しない。君の本能の声を聞け」
「――それは、いい考えかもしれません。参考になります」

 魔導車は、朝のスカーレットを疾駆する。
 振動のない車内で、僕は真奈美に何を言おうか考えた。最初の挨拶を決めようとして、止めた。頭を振って、仕事に専念する。
 グランドマスターの言い分には一理ある。いくら筋書きを考えても、現実世界ではその通りに事が運ぶとは限らない。
 それなら、ぶっつけ本番の出たとこ勝負も悪くないのかもしれない。
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