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6話 甘い言葉にご用心
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連休前のディナーは、何度も連れてきてもらった、パークハイアットのアメリカンダイナー。大好きな場所。私は、出来るだけ余計なことは言わないように、いつにもまして配慮した。というのも、会長の問題発言、あれは私がいらないこと言っちゃったからだ。そんなことをしなければ、いつまでも頭に残ることもなかった。
そもそも、会長に気に入ってもらえたのって、会長がマヤさんと別れて、帰国して家業を手伝って、秘書室と絶縁状態で、それで困って私みたいなカフェ店員やってた子に白羽の矢が立ったわけだから、マヤさんと出会い方が全然違う。
とにかくマヤさんの話はしないでおこう…もししてしまったら傷つくのはこっちだ。もしかしたら最後になるかもしれないし…。
会長は、マヤさんの話はしなかった。オーストラリアの出張、仕事の話なんて会長らしい。マヤさんだったらしないんだろうな…あらら、また比べてるわ。
「君も一緒に来れればいいんだがねえ」
「オーストラリアにですか」
「どこでも同じことだよ。また君に何かあったらと思うと不安になる。大した用事じゃないしな、君はホテルで休んでればいいんだ」
「でも飛行機…」確か12時間くらいかかるんだよね。絶対ムリだわ。
「人に聞いてみたんだが、睡眠導入剤で乗り切る例もあるんだな」
「ええ?」そこまでして海外にいきたくない。私、分かったの。海外版意識高い系、とことん私にあってないって。
「大袈裟ですよ、会長、食事のためにお供するんですか?」
「それだけというわけじゃないよ。だが、それの重要度が思いがけず大きいと気づいたんだ。今までになくね」
さすがにちょっと嬉しい。今日はステーキじゃなく、アメリカ料理のアラカルトにした。
「君はどんな会議でも嫌な顔せず聞いてるし、それについての意見を求めても中々的確だし、同行するのに何ら問題はないよ。それに食事の好みが合うというのはそうそうないことだよ?」
そうなんだ。変なとこ見てるなあ。私はオニオンステーキをアボカドディップに絡めた。会長はアメリカ育ちなせいか、和食よりはアメリカ料理の方がいける。あのマックでも。会長はまっだーるみたいな発音されるけど。NYに出張した折には食事に文句たらたらだったが、きっと相手が気を遣って和食攻めにでもされたのだろう。或いは生もの、半生の微妙に生臭さを感じる料理とか。よく考えると野菜と豆たっぷりなのよね、アメリカンキュイジーヌ。きっと、マヤさんともかぞえきれないくらい食べに行ったんだろうな。
「オーストラリアの料理も似た感じですか」
「ああ、どうだろう、シーフードが多いかな、君には危険だね」
そっか、残念。エビがおいしそうだもんね。そのエビが食べられなくなってしまった私。
「私がついて行くと先日のスーパーのように原材料チェックばかりでつまんないですよ、きっと」けらけら笑った。でも会長はまじめなまんま。
「君はどうなんだ、弟と出かけるなんてやめてくれよ」
「え」ドキッとした。
「何をしようと自由なんだがね…なんだか君の世界と遠く離れてる気がして…何となく不安になる」
それって、まさに私が感じたことなんですけど? わたしの知らない、マヤさんの恋人だった時の会長…。高広くんも語らなかった。グラスの中で氷が揺れる。アメリカのサラダは凝っていて、こぶサラダのように様々な具材が彩りよく混ざり合って、おいしいドレッシングがこれでもかとまとわりつく。まさに、こういうのが会長の味、
―― ザ・カフェめし。
数あるレストラン、カフェの中で、たまたま、私の味が会長の舌にあっていただけ。
会長、アメリカではハリウッド俳優みたいな振る舞いだったのかな(笑)、女性ファーストみたいな。喋らなければ、仕草だけなら、ばっちり身について、トム・クルーズやディカプリオだ。
マヤさんの話をしてこの時間と空間を台無しにしてしまわないよう、言葉を選んだ。いつになくお酒の方が進み、ハイアットの二段式のエレベーターに乗る頃には、いい気分になっていた。わさわさ人が歩いて、タクシー乗り場へ行く通路の途中、腕をつかまれた。
「頼むから、注意してくれよ。君に何かあったら困るんだ。料理の話をしてるんじゃない、 何かあってもすぐにいけない距離だ、この前みたいなことにならないよう、高広には言っておいたが」
その距離が、いつになく近かった。ハグ文化とかやっぱり私には無理なんだな、どきどきして、酔いが加算されそう。「 会長!」だからなのか知らないけど、やっぱり口に出してしまった。
「 私…ずっと気になっていました。会長がマヤさんのことをお話になった時の悲しそうな表情… とても愛してらっしゃるように見えます 。」じっと目を見上げた。
「 キミにはそう見えるんだね。 」ダメ、泣いてしまいそう…。「 気にしなくていいよ。そのときはそう見えたんだろう。 」
「 でも 」
「 余計なことを言うんじゃなかったな 。それだけじゃない、弟にしても…藤島も 。まさか君が高広と旅行に行く仲になるなんて思わないじゃないか。 」
…そっち?「 えっ、いや、あの、そ、それはですね… 」
「 それが君の魅力でもあるのだろうが。 」
私…言うつもりのないこと言っちゃった。もうなんて答えていいかわからなかった。ドクンドクン鼓動が結構響いて、いつものようにタクシーに乗せられ、ドアは無機質に閉まる。お勘定はいつものように会長がドライバーに渡し済み。言わない方がよかったかもしれないけど、だけどそれはずっと心の奥に引っ掛かっていたこと。いつか声になってもおかしくなかった。マヤさんの思い、何とかしてあげて、会長、会長こそ、ご無事で。相思相愛ならまだしも、会長、言い方がきついから話がこじれて刺されたりとかしないでくださいよ? 物騒な事件が続いて、そんなこと思ったりした。会長がいないと私のこの生活、成り立たないんだから…。
そもそも、会長に気に入ってもらえたのって、会長がマヤさんと別れて、帰国して家業を手伝って、秘書室と絶縁状態で、それで困って私みたいなカフェ店員やってた子に白羽の矢が立ったわけだから、マヤさんと出会い方が全然違う。
とにかくマヤさんの話はしないでおこう…もししてしまったら傷つくのはこっちだ。もしかしたら最後になるかもしれないし…。
会長は、マヤさんの話はしなかった。オーストラリアの出張、仕事の話なんて会長らしい。マヤさんだったらしないんだろうな…あらら、また比べてるわ。
「君も一緒に来れればいいんだがねえ」
「オーストラリアにですか」
「どこでも同じことだよ。また君に何かあったらと思うと不安になる。大した用事じゃないしな、君はホテルで休んでればいいんだ」
「でも飛行機…」確か12時間くらいかかるんだよね。絶対ムリだわ。
「人に聞いてみたんだが、睡眠導入剤で乗り切る例もあるんだな」
「ええ?」そこまでして海外にいきたくない。私、分かったの。海外版意識高い系、とことん私にあってないって。
「大袈裟ですよ、会長、食事のためにお供するんですか?」
「それだけというわけじゃないよ。だが、それの重要度が思いがけず大きいと気づいたんだ。今までになくね」
さすがにちょっと嬉しい。今日はステーキじゃなく、アメリカ料理のアラカルトにした。
「君はどんな会議でも嫌な顔せず聞いてるし、それについての意見を求めても中々的確だし、同行するのに何ら問題はないよ。それに食事の好みが合うというのはそうそうないことだよ?」
そうなんだ。変なとこ見てるなあ。私はオニオンステーキをアボカドディップに絡めた。会長はアメリカ育ちなせいか、和食よりはアメリカ料理の方がいける。あのマックでも。会長はまっだーるみたいな発音されるけど。NYに出張した折には食事に文句たらたらだったが、きっと相手が気を遣って和食攻めにでもされたのだろう。或いは生もの、半生の微妙に生臭さを感じる料理とか。よく考えると野菜と豆たっぷりなのよね、アメリカンキュイジーヌ。きっと、マヤさんともかぞえきれないくらい食べに行ったんだろうな。
「オーストラリアの料理も似た感じですか」
「ああ、どうだろう、シーフードが多いかな、君には危険だね」
そっか、残念。エビがおいしそうだもんね。そのエビが食べられなくなってしまった私。
「私がついて行くと先日のスーパーのように原材料チェックばかりでつまんないですよ、きっと」けらけら笑った。でも会長はまじめなまんま。
「君はどうなんだ、弟と出かけるなんてやめてくれよ」
「え」ドキッとした。
「何をしようと自由なんだがね…なんだか君の世界と遠く離れてる気がして…何となく不安になる」
それって、まさに私が感じたことなんですけど? わたしの知らない、マヤさんの恋人だった時の会長…。高広くんも語らなかった。グラスの中で氷が揺れる。アメリカのサラダは凝っていて、こぶサラダのように様々な具材が彩りよく混ざり合って、おいしいドレッシングがこれでもかとまとわりつく。まさに、こういうのが会長の味、
―― ザ・カフェめし。
数あるレストラン、カフェの中で、たまたま、私の味が会長の舌にあっていただけ。
会長、アメリカではハリウッド俳優みたいな振る舞いだったのかな(笑)、女性ファーストみたいな。喋らなければ、仕草だけなら、ばっちり身について、トム・クルーズやディカプリオだ。
マヤさんの話をしてこの時間と空間を台無しにしてしまわないよう、言葉を選んだ。いつになくお酒の方が進み、ハイアットの二段式のエレベーターに乗る頃には、いい気分になっていた。わさわさ人が歩いて、タクシー乗り場へ行く通路の途中、腕をつかまれた。
「頼むから、注意してくれよ。君に何かあったら困るんだ。料理の話をしてるんじゃない、 何かあってもすぐにいけない距離だ、この前みたいなことにならないよう、高広には言っておいたが」
その距離が、いつになく近かった。ハグ文化とかやっぱり私には無理なんだな、どきどきして、酔いが加算されそう。「 会長!」だからなのか知らないけど、やっぱり口に出してしまった。
「 私…ずっと気になっていました。会長がマヤさんのことをお話になった時の悲しそうな表情… とても愛してらっしゃるように見えます 。」じっと目を見上げた。
「 キミにはそう見えるんだね。 」ダメ、泣いてしまいそう…。「 気にしなくていいよ。そのときはそう見えたんだろう。 」
「 でも 」
「 余計なことを言うんじゃなかったな 。それだけじゃない、弟にしても…藤島も 。まさか君が高広と旅行に行く仲になるなんて思わないじゃないか。 」
…そっち?「 えっ、いや、あの、そ、それはですね… 」
「 それが君の魅力でもあるのだろうが。 」
私…言うつもりのないこと言っちゃった。もうなんて答えていいかわからなかった。ドクンドクン鼓動が結構響いて、いつものようにタクシーに乗せられ、ドアは無機質に閉まる。お勘定はいつものように会長がドライバーに渡し済み。言わない方がよかったかもしれないけど、だけどそれはずっと心の奥に引っ掛かっていたこと。いつか声になってもおかしくなかった。マヤさんの思い、何とかしてあげて、会長、会長こそ、ご無事で。相思相愛ならまだしも、会長、言い方がきついから話がこじれて刺されたりとかしないでくださいよ? 物騒な事件が続いて、そんなこと思ったりした。会長がいないと私のこの生活、成り立たないんだから…。
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