会長にコーヒーを☕

シナモン

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9話 残り香

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「成明…。いい加減食事をしたらどうだ。そんな流動食ばかりだとやせ細ってしまうぞ」

「意外と体調はいいですよ…」

「そうは言ってもねえ…病院食じゃないか」


 テーブル上には豪華な肉魚、野菜にフルーツ…と彩りよくメニューが並んでいるのだが、成明はポタージュだけを口に運ぶ。休日の遅めの夕食だ。


「どうなんだ、これは。高広、お前はどう思う? いくら市川さんが心配だと言ってもなあ」

「いいんじゃないの。消化に負担がかからないし、毎回いろんな食材使ってる。エビも殻ごとすりつぶせば食べられる、でもイクラを散らせばアウトだね」

「そういう問題じゃない」

 父はため息を漏らした。

 全くうちの息子は食に関心がなさすぎる。

 高広は家に戻ってきて、自分と内縁の妻と食事を共にするようになったが、基本、何もなければないで、ビスケットのようなもので済ます無頓着さだ。

 一方兄は…長らくアメリカにいて、純和食に触れる機会がなかったのか、和の会食に難を示すこともあったらしい。それが市川さんの登場で緩和されたかと思えば今また逆戻り…いや、もっとひどいかもしれない。

「まあまあ、成明さんが言われるように、そんなにわるいものではありませんよ。実際、栄養面で劣っているわけではありませんし」

「君までそんなことを言うのか」棚橋詠美は未亡人で生き別れた夫との間に子供はなかった。食育の経験値はゼロだ。

 ……まあ、私のせいだな。父はある結論に落ち着いた。母の味をほぼ知らないで育ったのだから致し方ない。これも仕事に明け暮れた私の責任だ。30過ぎても息子は息子…。食生活から事細かく指導し直さなければなあ。 





「親父の気持ちも分かるが…兄さん、本当にどうしちゃったんだよ。純の推測が当たってるとして、そこまで落ち込むか?」

「…俺がマヤと結婚していたらこんなことになってないんだよな」

 兄の返事に耳を疑った。「え?」弟には信じられない発言だった。

「俺はやり過ぎたのかもな。俺の思い込みで父やお前やみんなに迷惑をかけた。マヤにも…。彼女にしてみたらひどい男だよな」

「はあ? 何言ってるんだよ、兄さん、何年前の話?」

 いまさら? そりゃ俺も当時はそう思ったけど。だから何なんだ? マヤさん立ち直って違う未来に向かって歩き出してるというのに。知らないのか?…ブログ読まないんだろうなあ。

「マヤさんなら気にすることないよ、元気にやってるようだよ」

「そうか…」

「…何があったんだ。S物産と取引の後だよな」

 それについては兄の返事はない。「今更どうしようもないんだよ。俺は間違っていた。ただそれだけだ。自分のしたことが自分に返ってきているだけだ」

 長い間沈黙して独り言のように兄はつぶやいた。

 様々な人間の思惑があった。
 宗田家はともかく、樫木は娘の幸せを一番に願っていた。その部下がマヤを思うあまり行動に出た。
 マヤの思いを叶えようと――そして一番大切なものが壊れてしまった。


「俺は恋愛についてはよくわかんないけど…」

「あいつの無事を祈ろうや。それしかないって」

 言っても言葉が空気に吸い込まれるだけだ。相変わらず兄は抜け殻のようにカウチに寝そべり天井を見つめる…。どうしたんだよ、一体。瀬尾は頼れないし、マジで…神頼みか?
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