会長にコーヒーを☕

シナモン

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9話 残り香

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 エリザベスが一人旅を続けて何日目かの夜。日に日になじんで秋の風情を感じる余裕も出てきた。買ってきた珍しいジュースを飲もうと個室を出た。

 薄暗い広間のソファで横たわる成明に気づき、そばに寄る。「大丈夫?」
 スーツのままあおむけになっている。

「ああ。酔っただけだよ」そばのテーブルにはグラスと空の瓶があり水をたくさん飲んだ跡があった。
「なんだ? また添い寝してくれなんて言わないでくれよ」
「そうじゃなくてつらそうに見えたから。食事もあんまり…だったでしょ?」
 それは仕方ない。今は特別だ。…今だけで済めばよいが。
「あなたが元気がないと気になってしまうわ、前みたいになってしまったのかと思って」

 起きてきた父は会話に気づき、壁の角より低い英語のやり取りに耳をそばだてていた。
 完全に聞き取れないが、違う言語ということもあり、こういうのは余計に猜疑心を掻き立ててしまうものだ。

「あの子はお元気?またお話したいわ」
「…。」
 元気だと思うことにしているが、会えない事実はどうしようもないのだ。
「仲良くしてるんでしょ?」
「そのつもりだけどね」
 だが…さらわれたなんて言えないだろう。
「けんかなんてしてないよ」
 成明は体に力を籠め、起き上がった。
「シドニーで変なこと言ってごめんなさい。あの子がいるのに」
「えーと、なんだっけ」

『どうしてあの人と結婚しなかったの?』…あれか。

「それは俺がひどい男だったからだよ。あのあとわかったんだ」
「そんなことないわよ。あなたは責任感が人一倍強いのよ」
「もっと懐の深さがあればよかったんだけどね」

 レオのように…。今になって思う。…俺は、もっと落ち着いて話し合うべきだったんだ。

 そうであれば、今頃、あの子は、笑っていただろう。たとえ俺のそばにいないとしても。

 彼は痛感していた。何もかも終わってしまった後で。これまで見ようとしなかった、自分の弱さに、向き合うこと。父から何度も言われた、今後も言われ続けるだろう。

「そんなのあなたらしくないと思うわ」エリザベスの言葉に彼はふっと微笑んだ。
「…君が日本を旅行して症状がよくなるなんて、誰も思いつかないよな。いいセラピストに当たったな」
「何よ。たまたまよ」
 軽い笑いを浮かべ、成明は部屋に立ち去った。


⦅…セラピーが必要なのはあなたもなのね。ナルアキ…⦆エリザベスの心に不安が宿る。


「お前…まさかとは思うが彼女に手を出すなんてことはしてないだろうな。」

 朝、出社する出ぎわの息子に父は疑問をぶつけた。エリザベスは棚橋詠美と高広と朝食中だ。
「あるわけがないでしょう。そもそも仲が悪いのに」
⦅そうは見えないから聞いてるんだ⦆
「前も深夜に赤石くんの面倒を見てくれと言ってきたことがあっただろう。」
「赤石くん? そんなことがありましたかね?」
「あったぞ! なるあき、忘れたのか」
 言葉が出ない。記憶にない。
「根本的に女性との接し方がなってないんじゃないのか」
「それは否定できませんね、残念ながら」
 やはりそこが最大の弱点だ…父は懸念する。
「いつの間にか高広に抜かされてしまったようですね」
「うむ。だが、あいつは逆にまったく恋愛気がないぞ」
 結婚どころの話ではない。弟については。
「俺なんかいない方が上手くいくんですよ。結婚も恋愛も仕事も…」
「何を言っとるんだ」
(これではどうしようもない…。情けない…こんな男に育ててしまった私の責任だ。)
 玄関ドアの向こうへ消えた息子の心情はかなり悪化しているようだ。
(どうしたものか…、早く市川さんが見つかればよいのだが、こればかりはなあ。)


⦅兄さんどうしたんだろう⦆

 高広もまた、違和感を感じ続けていた。仲の悪いエリザベスは自力で何かを克服していってるようだが…兄は相変わらずだ。

(抱え込むからなあ…)
(まあ、あの性格、半分くらいは俺のせいでもあるんだけど。…サーセン)

 兄の少年時代はやんちゃな弟の世話で大変だったろう、と各方面から言われ続けてきた。

(早くあいつを見つけてやらないと。親父は元警察官僚に聞いてみるとか言ってたが…、警察の知らせなんて待ってられないわ。)
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