世界一の治癒師目指して頑張ります!

睦月

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ロドルグの街3

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アイの助言で一安心した香織は、部屋の扉を開けサイモンを招き入れた。

「サイモンさん。どうぞ。」
「やあ、夜遅くにごめんね。こんな時間に女性の部屋に入るのは気がひけるんだけど…」
「気にしないでください。サイモンさんのことは信用してますし、事が事ですので…」
「じゃあすこしお邪魔するよ。」

サイモンをソファに座らせ、水差しの水をコップに注ぎテーブルに置く。香織もサイモンと向かい合うようにソファに腰かけると、早速口を開いた。

「えっと、先程の件、ですよね。」
「そうなんだ。中々厄介なのに目をつけられてしまった。」
「いえ、本当に…私のせいでクレール商会にもご迷惑を…」
「そんなことは気にしなくていいんだ。それよりこの窮地をどうやって乗り越えるか考えないと。」

しかし考えたところで良いアイディアなど浮かばない。それ程、平民が貴族に逆らうのは難しいことだった。そして、その提案が表向きは誰も損をしないものであるというのも、事態をより悪化させていた。

「貴族の屋敷の侍女として雇うだなんて、もし本当なら願ってもない話だ。」
「えっと、そんなに待遇が良いんですか?」
「ああ。伯爵の言っていたことは本当さ。食事も寝るところも。家の恥にならない程度の教育も。良いところの侍女になればそれら全てを享受することができる。」
「そうなんですね…」
「でも今回の件は断ったほうがいい。伯爵は普通じゃない、と僕は思う。」
「普通じゃない?」
「ただの僕の直感さ。彼は危険だ。何かが欠けているんだ。それが何かは分からないけど、この屋敷にいて良いことなんて一つもない。できることなら今日中に帰りたかったけど…」
「明日には帰れますよね?」
「…僕やミド、ファールは帰れると思う。店を開かなくちゃいけないっていう口実もあるからね。でもフローラは難しいかもしれない…」
「え…?」
「見習い商人に大した仕事はないし、それならこの街に滞在する間はこの屋敷で見習い侍女をしてくれとか言われると思うよ。それを断る口実が思いつかなくて…そもそも侍女として雇う話も断る口実がなくて困ってるんだけどね。」

香織はサイモンの顔を窺い見た。微笑んではいるが、眉は八の字にさがり目にもいつもの覇気がない。

(私のせいでサイモンさんが困ってる…そうだよね、商会の跡取りだもん。勝手なことをして商会が潰れたりなんかしたら何人もの人が露頭に迷うんだ。私一人犠牲にすればみんなうまくいくのに、それをしない…サイモンさんは本当に、優しい。)

香織の目にじわりと涙が滲んだ。それを不安からくる涙と勘違いしたサイモンは、慌てて明るい声で香織を励ました。

「だ、大丈夫だよ。僕に任せて。これでも大商会の跡取り息子なんだ。貴族一人敵に回したところで、大した損害にはならないよ。だから安心して…」
「サイモンさん。私をここに捨てていってください。」
「何を言うんだい!?大丈夫、僕に任せて!」
「これ以上、迷惑をかけるわけにはいきません。私一人ここに残れば、すべて上手くいくんですよね?」
「君が犠牲になってしまったら上手くいったなんて言えるわけないじゃないか!それに君抜きで帰ったらアレク達になんて言われるか…」
「私決めたんです。サイモンさん達がこの街にいる間は、この屋敷で侍女見習いとして働きます。」
「そ、そんな…」
「でも、犠牲になるつもりは更々ありません。」
「え…?」
「この街に滞在するのは一週間くらいですか?それまでに、私は不採用をもらって帰ってきます。」
「そ、そんなこと、できるわけがない…伯爵は君を侍女以外の目的で欲してるんだよ?仕事ができないからと言って、すんなりと帰してもらえるわけがないじゃないか。ここは危険なんだ、だから僕達大人に任せて…」
「私こう見えて、もう成人してるんですよ。レッドオークだって一撃で倒せるし、強いんです。」
「確かにオークっぽいけど、首切ってはい終わりなんて単純な話じゃないだろう?危険なんだ、本当に…キース達の比じゃないんだ。」
「それでも、私を捨ててください。危険なら尚更、サイモンさんにそのリスクを負わせたくありません。」
「カオリ、君は…」
「とても感謝してるんです。素性もわからない女を旅の仲間に入れてくれて。私、ずっと一人なんだと思っていたんです。でもサイモンさんは私に優しくしてくれた。守ってくれた。だから、恩返し…ではないか、私が持ち込んだトラブルだし…とにかく、私の問題にこれ以上あなたを巻き込みたくないんです。お願いします、約束してください。明日、私を置いていけと伯爵に言われたら、笑顔で承諾すると。」
「カオリ…」

いつも少し困ったような顔で笑っていた香織。たまに遠くを見て寂しそうな顔をしていた香織。決して気が強いとは言えなかったあの少女が、今は強い意志を宿した瞳でサイモンをまっすぐ見据えていた。職業柄、多くの人間と接してきたサイモンには分かってしまった。今の香織は話を聞かない頑固な職人と同じ目をしている。
サイモンは無駄な努力が嫌いだ。できないとわかっていて足掻くのは、時間の無駄だと分かっているからだ。今回香織を説得するのは、その無駄な努力の部類に入る。それに香織がここに残るなんて、願ってもない話のはずだ。伯爵家とトラブルを起こしかけているのは彼女が原因で間違いないのだし。しかしどうしても、サイモンはその事実を受け入れられなかった。

「カオリ、お願いだ。僕達と帰るって、言ってくれ…」
「…」

ああ、駄目だ。この目は、駄目だ。
サイモンの説得虚しく、香織の瞳は決意の炎で燃え続けていた。サイモンはがくりと肩を落とし、俯いた。そして小さな声で言った。

「カオリ…絶対に戻ってくるって、それだけは約束してくれ。」
「はい、約束します。」
「無傷で帰ってきてくれ。」
「はい。」
「心に傷も負わないで。」
「…はい。」

我ながら無茶なことを言っている、サイモンは心の中で自嘲した。それでも香織の自信に満ちた顔を見て、彼の中に渦巻いていた不安は少し小さくなった。

「…ははっ」
「サイモンさん?」
「いや、ごめん。なんだかおかしくてね。生来、僕は一つのものに執着するということはなかったんだ。手に入らないものは諦める。去るものは追わない。なのに、どうして君に限っては僕はこんなにも諦められないんだろうってね。」
「…それはサイモンさんが優しいから、ですよね?」
「そうかな?僕って優しいかな…」
「優しいですよ。私のこと、たくさん気にかけてくれました。それに、私と一緒にいれば新商品を一番に手に入れる事ができますしね。」
「あはは、新商品の宝庫を手放すのは、確かに惜しいな。」
「でも安心してくださいね。その宝庫は、一週間もすれば帰ってくるんですから。」
「…うん、そうだね。君を信じるよ、カオリ。でも絶対に無理はしないで。僕はいつでも助けに行くから。アレクと一緒に。」
「ふふ。心強いですね。」
「年頃の女の子の部屋に長居するのは外聞が良くないね。僕はそろそろ失礼するよ。」
「はい。じゃあおやすみなさい。」
「おやすみ、カオリ。良い夢を。」

サイモンはそう言うと香織のおでこにキスをした。惚ける香織にウインクを返し、サイモンは扉の向こうに消えていった。

「こ、これが海外のノリ…」

香織はおでこをさすりながら頬を赤く染めた。
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