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5歳

人喰い豚6

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「陛下!何を迷う事があるのです!イーツェル教に楯突くシュバルツ公爵の貴族籍剥奪を早くご決断下さい!破門になった貴族を庇護するなど、この国の脅威となりますぞ!」
「落ち着け、テールマン公爵。実際には彼らはまだ破門にはなっていないじゃないか。神殿から抗議文は届いているが、神官長エドワードの名だけでミシュマル国からのものではなかった。この情報は未だ国外には漏れていないようだ。アルドリックは優秀だ。ギリギリまでこの国のために働いてもらわねば。お前だって分かるだろう?今奴が抜ければ、国は成り行かない。」
「何を悠長な事を…破門になってからでは遅いのです!」
「そう熱くなるな。私にも考えがあってやってる事だ。おっと、謁見の時間だ。お引取り願おうか。」
「く、失礼します!よくお考えになる事です!」
「…はあ、やっと行ったか。」

レイモンドの氷属性魔力の覚醒は貴族界に大きな波紋を呼んでいた。貴族界は今、シュバルツ家を異教徒と非難する者、新属性説を支持し神殿の絶対正義を疑う者に二分されていた。それらがテールマン派、シュバルツ派として対立しているのだ。元々この二大勢力は度々衝突し合う敵対勢力であったが、今回の事を皮切りにテールマン派が一気にシュバルツ家を排斥しようと動き出していた。
イーツェル教が貴族を破門にするには多くの手続きが必要だ。ミシュマル国への報告、そしてその返答を待つだけでもかなりの時間が掛かる。早くて一ヶ月。それまでにローゼリアが動き出してくれる事を期待して、ヨシュアは謁見の間に向かった。


ーーーーーーーーー


「滅多な事は起きないとは思うが、警戒を解くなよ。」
「はい、父様。」

その日、レイモンドの魔力が既知の属性でないという証明のため、アルドリックとレイモンドは神殿を訪れていた。敵地に乗り込む様なものであるが、水属性を氷属性魔力と偽っていると主張する者を黙らせる為には必要な工程であった。神殿側も、既存の属性魔力を持っている事が証明できれば、六属性説が正しい事が明言できる為、彼等を敷地内に入れる事を許可した。

「…ようこそおいでくださりました。それでは、測定の間にご案内いたします。」
「ああ、頼む。」

今までと違い、無愛想な態度でエドワードは測定の間にアルドリック達を案内した。

「それでは、レイモンド様。こちらに手を。…神の前で誤魔化しは効きませんぞ。宜しいのですかな?危険な思想に取り憑かれたものを正しき道に導くのも神官の務め。これが、最後のチャンスです。」
「構わない。僕のこの魔力は氷属性だ。ローゼリアが見抜き、クラウスがヒントをくれた。偽る事などできない。」
「…残念です。」

レイモンドは魔力水晶の上に手を置いた。水晶は僅かに光り、すぐに消えた。エドワードは測定結果を読み取り、顔色を悪くした。

「以前測定した時と変わりありませんな。汎用型が微量、以上です。」
「息子の魔力は既存の属性には当てはまらない事が証明されたな。神官長はどう見る?」
「神より賜りし属性は全部で六つ。それ以外にはあり得ませぬ。…魔力がないのに魔法を使うなど、到底信じられませんな。偽っているとしか思えない。」
「そうか。ならばレイモンド、見せてやれ。」
「はい。『フリージングフィールド』」

レイモンドの声とともに測定の間は冷気に包まれた。パリパリと霜が降りる水晶を見て、エドワードは言葉をなくした。新属性など、鼻から信じていなかった。無能者の妄想だと、何かからくりがあるのだと確信していた。しかし今目の前で起こっている事は紛れも無い事実。エドワード達の他に測定の間に入った者はおらず、イカサマのしようがなかった。しかし、一つの可能性がエドワードの困惑した頭に浮かんだ。

「ち、超越者…。レイモンド様は、超越者では…?」
「僕は超越者なんかじゃない。正しくは、神殿が超越者として讃えていた者達こそが、新属性魔力の持ち主だったんだ。そのせいで新属性の魔法形態の研究が遅れている。魔法文明の停滞は、イーツェル教に原因があると僕は考えている。」
 「な、なんと無礼な…神に喧嘩を売るおつもりか?天罰が下りますぞ!」
「神に喧嘩など売っていない。むしろ売っているのはそちらではないかね?神官長。我々貴族が寄付した金は何に使っている?私達は、お前達が私服を肥やす為に金を渡しているわけではない。質素倹約が理念の筈の神殿に、何故こうも肥え太った神官が多いのだ?なぜ孤児院の子供達は痩せ細っている?お前は、子供を喰って、何人殺した?神の威光を笠に着て行う事は非人道的な事ばかり。お前達こそ、いつか天罰が下る。」
「…出て行きたまえ。お前達は、間も無く破門となるであろう。貴族籍を剥奪された後も同じような口が聞けるか見ものだな。お前らに待つのは、死のみだ。覚えておけ、神殿を敵に回せばどうなるかを。」

アルドリックとレイモンドはそのまま神殿を後にした。エドワードは、それを殺意のこもった目でいつまでも睨んでいた。

「聖職者としてあるまじき目をしていたな、彼奴は。レイモンド、気を付けろよ。彼等が何をするかわからない。今後は外出を控え、邸の警護も厳重なものとする。」
「はい。父様の留守中は、僕が家族を守ります。父様もお気をつけて。」
「心強い。帰宅後、家族を集め事の次第を報告する。しばらくは皆外出禁止だな。」

多めの護衛を引き連れた馬車は、ゆっくりと邸へと帰っていった。
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