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15歳

とある悪女5

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「カール様、いつも鍛錬お疲れ様です!」
「…またお前か。毎度毎度鬱陶しいな。一体何の用だ。」
「カール様の鍛錬を見に来ているだけですよ。」
「ふん。女が鍛錬を見ても何も面白くはないだろう。」
「そんな事ないです!男の人が汗を流して運動している姿って素敵じゃないですか。でも訓練場を覗いたらはしたないですし…そんな時に丁度カール様が外で鍛錬されていたので。目の保養です!」
「充分はしたないだろ。」

あれから、ソフィアはカールの鍛錬を度々見にくるようになった。初めは警戒していたカールだったが、ソフィアは本当にただ見学するのみで、彼が鍛錬を終えると一言挨拶をして去るだけの彼女に、徐々に警戒心を解いていった。邪魔だと怒鳴りつけてやろうと思った事もあったが、ソフィアがあまりにもキラキラとした目でこちらをみていた為、それを実行に移すことは出来なかった。
気がつけば、この様に軽口を叩くまでの間柄となっていた。カールも、最近感じる孤独感を彼女で埋めるように、次第に心を開いていった。

「あ、そうだ。今日は差し入れがあるんですけど。」
「差し入れだと?」
「はい。これです。」

ソフィアは鞄から革の水筒を取り出した。

「運動した後に飲むと良いそうですよ。どうぞ!」
「…毒でも入っているんじゃないか?」
「失礼ですね!じゃあ、これなら良いでしょう!」

ソフィアはカールに手渡そうと伸ばしていた腕を引っ込め、水筒の口を開け自分で飲んでみせた。

「ぷは。やっぱり美味しい!どうです、これで安心でしょ?」

ソフィアはそう言うと口を開けたままの水筒をカールに手渡した。カールは水筒とソフィアを交互に見ながら呟いた。

「こ、これを飲むのか?今お前が口を付けたやつじゃないか。」
「あ、カール様もそういうの気にする人ですか?騎士の方って遠征の時とかは回し飲み、しますよね?やっぱり貴族の方はやらないのかな。なんかすみません。」
「っ、お、俺は別に気にしない。貰おう。」

カールはソフィアに煽られ水筒に口をつけた。ソフィアが口をつけた物だと思うと、自然と頬が熱くなるのを感じた。

「…?なんだこれは。水じゃないのか。」
「水に砂糖と塩を少しと、レモン果汁が入ってます。下町ではこういうのを肉体労働の後に飲むんですよ。水分と塩分を気軽に取れますから。これはそのアレンジで、もっと美味しくしてますけど。」
「確かに美味いな。運動後に丁度いい。」
「ふふ、良かった!」

ソフィアからの差し入れをすっかり気に入ったカールは水筒の中身を飲み干し、ソフィアに返した。

「ありがとう。美味かった。お前が作ったのか?」
「ええ。昔は良く料理してましたから。得意なんですよ、こういうの!」
「そうか。」
「気に入ったのなら、また作ってきましょうか?すごく簡単なんで。」
「良いのか?では頼む。」
「ふふ、任せてください!」

ソフィアはカールに初めて頼られたことに笑みを見せながら、一礼して去っていった。

「…ほんと、変な奴だな。」

カールはその後ろ姿を見送ると、クスリと笑ってそう呟いた。


ーーーーーーーーー


翌日、カールが校内の廊下を一人歩いていると、空き教室の中から女生徒が声を荒げているのを聞いた。

「あなた、良い加減にしたらいかが?調子に乗るのも大概におし。」
「そうよ。大体男を見かけたら媚を売って、貴族としての品というものがないの?」

貴族令嬢の苛めか。陰険な彼女達にはよくある話だ。こういう事に男が口を挟むものではないと、カールはそのまま素通りしようとして、ある人物の名前を聞きその足を止めた。

「あなたのその卑しい出自で、殿下の寵愛を望むなどおこがましくてよ、アッカーマン男爵令嬢。」
「そ、そんな…私、そんなつもりは…」
「大体そのスカートもなんですの?膝を見せるなんてはしたない。それも男を誘う作戦かしら?」
「ち、違います!」
「まったく、殿下もパウロス様もこんな雌猫に籠絡されて…情けないですわ。マリー、鋏を。」
「は、はい。」
「な、何をするんです…!?」
「そのみすぼらしいスカートをもっと素敵にして差し上げるんですわ。売女のあなたにお似合いの、下着が見える短さにね。」
「や、やめてください!」
「やりなさい、マリー。」
「は、はい…。う、動かないでください!」
「いや!」

「…何をしているんだ、お前達。」
「「!!」」
「カ、カール様…!」

その過激すぎる苛めを見過ごす事はできず、カールは教室の扉を開けた。そこにはソフィアと、見知らぬ二人の女生徒がいた。一人はソフィアの髪を掴み、もう一人は鋏を持ち今にもソフィアのスカートに斬りかかろうとしている。ソフィアは涙を流し恐怖に震えながらも、懸命に抵抗していた。
その光景を見て、カールは一気に頭に血が上った。素早い足取りで鋏を持った令嬢の元へ行くと、彼女の右手に手刀を落とし、鋏を奪った。

「あぅ!」
「この様な刃物を持ち出すなど、苛めの範疇を超えている。暴力沙汰だ。」
「ひぃ!も、申し訳、ありません…」
「そこのお前も汚らしい手をはなせ。」
「な、な、なんですの、いきなり入ってきて…私を誰だと思って…」
「お前が誰かなど知らない。だが一つだけ確かなことがある。お前、殿下を愚弄したな。」
「は…」
「不敬罪で、今ここで捕らえたって良いんだ。ここでの事を殿下に報告すれば、明日にはお前は牢の中だ。」
「そ、そんな…」
「分かったらさっさと俺の前から失せろ。俺がお前達の特徴を覚え、パウロスに名前を特定されたくなければな。」
「し、失礼しますわ!マリー、行きますわよ。」
「は、はい…!」

二人の女生徒はカールから顔を背けるようにし、足早に教室を去って行った。

「カール様…あ、あの、ありがとうございます…」
「…殿下を愚弄する奴がいたから警告をしに来ただけだ。別にお前を助けたわけじゃない。」
「それでも、ありがとうございます。あのままだったら、どうなっていたか…」
「…人目を避けると言っても、空き教室はやめろ。逃げ場のある屋外か、声を掛けづらい図書室にしろ。お前は隙がありすぎる。」
「はい、以後気をつけます。」
「…もう行け。」
「は、はい。カール様、本当にありがとうございました!」

ソフィアはカールを一人残し、去っていった。いつもの笑顔が消えてしまったソフィアの顔を思い出し、無性に苛々したカールは拳を机に叩きつけた。

「…くそ。何でこんなに目が離せないんだ。」

じんじんと熱を持つ拳を見つめながら、カールは独り言ちた。
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