竜騎士王子のお嫁さん!

林優子

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35.王子の帰還

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 離宮前で馬車を降り、バッサバッサという力強い羽ばたきが聞こえ、アラン様が空を見上げる。
「あ、ゲルボルグですよ。王子ー」
 とアラン様は空に向かって手を振った。

 王子はそれに気付き、ゲルボルグを駆り、馬車のすぐ側に降り立った。
 ゲルボルグは他の竜より一回り大きくて、青銅色が格好いい竜だ。
「エルシーか?その恰好は?」
 と王子がこちらに歩いて来る。
 数日ぶりの王子だ。
 竜騎士の制服を着て仕事中らしくキリッとした姿は、大変な美形である。

「国王陛下ご夫妻のお茶会に呼ばれて」
 とアラン様が答えた。
 王子が眉をひそめる。
「何、兄上か。……何かあったか?」
「ちょっとねー。詳しくは後でお話しします」
「…………」
 ゲルボルグは王子とアラン様が話すのを首をかしげてじっと聞いていて、その後、私を見ると顔をしかめた……ように見えた。
 つつっと巨体に似合わぬスピードで私の側に近寄ってきた。
 わーい。と私も近寄ると、ゲルボルグはぐわっと口を開けて、
「えっ?」
 私を口にくわえた。

 そしてそのまま、ゲルボルグは飛んだ。


「ぎゃー」
 と悲鳴が出た。
「エルシー!」
 私を呼ぶ王子の声がしたが、あっという間に遠ざかる。
 てっきり食べられたと思ったが、何処も痛くはない。
 歯が当たらないように半開きの状態で、でっかい舌で体を支えるようにして口の中でくわえられている。
 ただ、怖い。
 ビュウビュウと風を切るスピードも怖いし、空を飛んでるのも怖い。
 そう、空、飛んでる。
 良く分からないが、ゲルボルグは私をどこかに連れて行こうとしているらしい。
 ゲルボルグは私を見て顔をしかめた。
 ということは、怒らせたということだろうか。
 ジェローム様が竜を怒らせると死ぬと言っていたが、私、このまま死ぬのか?

 混乱の中、しばらく飛ぶと急にゲルボルグはぐーっと高度を下げる。
「ぎゃー」
 とまた悲鳴が出た。
 飛んでるのも怖いけど、下がる時怖い!
 ゲルボルグは森のようなところを滑空し、木すれすれまで高度を下げると、そのまま私をぺっと吐き捨てた。

「ぎゃー」
 これは死ぬ。死因は墜落死。
 と思ったが、ドボンと私は湖のようなところに落ちた。
 三メートルほどの高さから落ちたため、水の中に深く沈み込んだ。
 パニックになりながら水面に上がろうともがいたが、
「……!?」
 上に黒い大きな影が見える。

 竜。
 ゲルボルグだ。

 にっ、逃げないと。
 とっさにそう思ってゲルボルグとは別の方向に水を掻いたが、ゲルボルグは水中でも素早かった。
『ぎゃー』
 あっという間に捕らえられて、今度はドレスの襟足辺りをくわえられる。
「ぷはぁ」
 湖面に顔を出したと思ったらゲルボルグはそのまま湖を泳ぎ、湖畔にズリズリと引きずられた。

「なっ、何なの?」
 いよいよお食事タイムか何かだろうか。
 ジェローム様は「竜は何でも食べるわよ。特に肉は何でも」と言っていたが、人肉もだろうか?

 だがゲルボルグはそのまま私の匂いを嗅いだ。
 全身丹念に嗅がれた後、ゲルボルグは顔をすり寄せてきた。
 腰が抜けて座り込んだ私の胸の辺りに顔を出してこっちをじっと見ている。
 竜語は分からないけど、これは動物共通身体言語。
「撫でろ」だ。

 良く分かんないけど、撫でた。
「グゴゴゴゴロ」というのは、もしかしたら喉を鳴らす音かも知れない。
 気持ちいいのか?

 バサバサっと大きな羽ばたきが聞こえて、
「エルシー!」
 と王子が駆け寄ってくる。
「グレン様」
 私も駆け寄りたかったが、腰が抜けて立てない。
 王子が目にしたのは、腰が抜けた私がずぶぬれでゲルボルグの頭を撫でている謎の光景だったと思う。

 王子は私を抱きかかえる。
「何があった?」
「分かんないです。もしかしたらゲルボルグを怒らせたのかもしれません」
「怪我はないか?」
「ないような気がします」
 自分のことなのに他人事のように答えてしまった。

「何故だ、ゲルボルグ?」
 王子はゲルボルグをにらんだが、ゲルボルグは特に気にしてない。
 王子にも『撫でろ』している。
「匂いが嫌だったのかもしれません」
 いつの間にかいたアラン様が王子に言った。
「お茶会に王妃様がおられました」

 アラン様が近づこうとするとゲルボルグがピクッと反応する。
 アラン様が数歩離れるとまた私と王子に『撫でろ』を開始した。
 王子はゲルボルグをぺしぺしと乱暴に撫でながら、思案気な表情をする。
「そうかもしれないな。エルシーについた義姉上の匂いを落とそうとしたのか」
「それにしても過激ですね」

 今の季節は四月と普通に過ごすには快適な季節だが、湖に突き落とされると話は別だ。
 寒い。
「エルシー、これを」
 両腕を抱えて震える私に王子が気付いて自分の上着を被せてくれるが、寒い。

「ありがとうございます、グレン様」
「……エルシー、バムカレという町を聞いたことがあるか?」
「はい、確か温泉街ですよね」
 王都からおよそ50キロ東にある温泉が有名なリゾートだ。
 行ったことはないけど、有名だ。
「ここはそこから一キロほどの湖だ。もうじき日も落ちてくる。このまま城に戻っても良いが、濡れたままで飛ぶと風邪を引いてしまうかも知れない。温泉で少し温まってから帰ったほうがいい」
「えっ、温泉?行く!」
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