竜騎士王子のお嫁さん!

林優子

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65.お妃のお戻り③

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 そういうわけで私はまた忙しくなった。
 お披露目は陛下御自らがご準備下さっているらしい。
 私のお披露目会は王家が主催する。
 だから最終的には陛下が採択なさるが、それはあくまで建前だ。
 実際には式典を任される各部署が担当するものなのだが、今回は陛下ご自身が細かくご采配なさっているようだ。
「これが当日のエルシー様のドレス案よ」
 とデザイナーのオネエ様が、一枚の紙をこちらに寄越す。
「陛下がデザインなさったものよ」

 見た瞬間に「きゃっ!」と叫んでしまった。
 胸元の谷間が見えそうなハートカット、ひらひらの付いた太もも丸出しのドレスに背中に変な羽根型の飾り。
 ほぼ半裸である。
「森の妖精がコンセプトらしいわ」
「……こんなの着たら、お披露目の前に私の令嬢生命が断たれそうですが」
 オネエ様も苦笑して首肯する。
「そうよね。でも森の妖精っていうコンセプトは良いと思うの」
「森の妖精?」
「そうよ、ドレスのお色は淡いグリーン。半裸はマズイから、ロングドレスにして。背中の飾りも取りましょう。エルシー様、デコルテラインは綺麗だから、全部隠しちゃうのは勿体ないわね。ハートカットからオフショルダーに変更しましょう。月桂樹の冠はそのままでいいわ。エルシー様の髪の色に映えそう。冠から顔と髪の毛が少し見える感じで白に近いグリーンの細いベール。よく見ると重ねられていて、二股になっているの。これが陛下の羽根のイメージの変わり。神秘的なのに重くないでしょう」
 オネエ様はさらさらと陛下デザインに描き加えていく。
「あっ、可愛い」

「上半身はそうねぇ、ジョーゼット生地。これは柔らかくて体のラインが綺麗に出るの。下半身は陛下のアイデア通り、シフォンにシフォンを重ねてひらひら感を出しましょう。それからアクセントになるように少しだけ色の違うシフォンのリボンベルトを後ろに長く垂らすの。緑色と地味だし、全体的にまだシンプルなんだけど、それがポイントよ。陛下はあなたが歩く度にフラワーシャワーをぱーっと散らばらせるつもりなの。どう?とっても綺麗でしょう?」
 オネエ様は空から舞い降りる色とりどりの花びらを書き足していく。

「すごいですね……気合い入ってます」
「入ってるわよ。この日のために花びらにするお花を何百本も用意しているのよ。期待しててね、エルシー様。あっ、日焼けしちゃ駄目よ、これからの季節、外出の時は帽子と手袋と日傘、絶対してね。それからあなた、家にいた時お手入れサボってたでしょう。これから一ヶ月、気合い入れて頑張ってよね」

 お披露目の準備の他に、お爺ちゃんな先生に習い詩文と絵画の勉強もしている。
 宮廷では、「クレムリは舞台『湖の白鳥』のモデルとなった有名な湖がございますわね」や、「ジルニーといえば、あの名画『ハス』で有名な美しい町並みが特徴で……」というのが高尚な会話とされている。
 決して「クレムリはワカサギ釣りで有名ですよね。釣ってみたいです」や「ジルニーはサクランボが名産ですよね、サクランボはやっぱりチェリーパイにして食べるのが一番ですよね」ではない。
 今後王子妃として少しは人前に出る私がこうした教養をまったく知らないと王子の恥になってしまう。





 ***

 お帰りなさいの夜会の後から私はお妃候補ではなく、王子の正式な婚約者に格上げされたらしい。
 これにより私は自分のお友達を王宮に呼べるようになった。
 私の昔からの友達は、子爵令嬢や男爵令嬢や商家の娘さんだ。
 皆、令嬢であるから肩書きはなく、本来王宮には入れないため、これまで手紙でやりとりするしかなかったが、クラリッサさんの事件では王子のお妃を首になったのかと、とても心配された。
 一度お招きしたいなと思っていたのだ。

「エルシー様」
「デイナ、ユージェニー、コリーン」
 久しぶりの友達との再会である。
 皆で王太子宮の談話室で美味しいケーキを食べた。
 今日は友達来ると言ったら、離宮のパティシエさんが特製のケーキを作ってくれたのだ。

 自然、会話は弾む。
「で、どんな方なの?グレン王子様」
「こんな人」
 と私は壁の肖像画を指さす。

 皆ポカンと肖像画を見上げた。
 王子、格好いいのだ。
「すごいわね、王子」
「本物の王子とこのエルシーが、あっ、ごめん、エルシー様が、結婚するなんてね」
 私は頭を振る。
「今まで通りエルシーと呼んで。それより、コリーンに折り入って頼みがあるの」
「えっ、何?」

「私、自分のお気に入りの商人の人から物を買っていいことになったの。そこでコリーンのお家には私の御用達の商人になって欲しいの」
 私は必死にコリーンに頼み込んだ。
「えっ、それってすごいんじゃないの?うちでいいの?」
「うん。あ、高い物はあまり買わないから、かえって損させてしまうかも知れない。でも手が空いた時、ついでに届けてくれたら良いから引き受けて欲しいの」
「エルシーの頼みなら何でも良いけど、何よ?」
「いつものパンツが欲しいの。あのおへそ隠れる綿のパンツ」
 子爵家に帰った時、なじみのダサパンツがお腹冷えなくてすごく良かったのだ。
「エルシー、止めて」
 とデイナが首をフリフリする。
「えっ、どうしてデイナ?」
「綿のダサパンツ履いてるお妃様は嫌。イメージ崩れるから」
「そんなの、知りませんよ!まだ夏だから良いけど、お腹冷えたら困るじゃないですか」
「じゃあ、絹のダサパンツは?それならまだお妃様っぽくない?」
 とユージェニー。頼りになる人だ。
 しかし。
「そんなのあるの?」
「あるわよ、確か。それよりエルシー、旦那様がいてダサパンツはないんじゃないの?色気なさ過ぎ」
「王子、毎月出張あるから、その間は好みのパンツ履いてていいのです。でも贅沢過ぎないですかね、絹のおパンツ。消耗品じゃないですか」
「お妃様はそのくらいの贅沢はして。お願いだから」
「絹の下着、贅沢だけど冷えないし綿より通気性いいし、良いわよ」
「えっ、そうなの?じゃあ絹で。あといつもの猫ちゃんパジャマも欲しい。ネグリジェだといつの間にかおへそが出てる」
 足首まであるオシャレなネグリジェでもお腹出てるのだ。
 何でだ?
「寝相悪すぎない?エルシー」
「寝相なんてすぐに直らないと思う。パジャマ着る」
 こうして私は友情を温め、安眠グッズを手に入れた。

 そしてやっぱり事件は起こるのだった。
「エルシー、起きろ」
 再お披露目のその日、私は誰かに体を揺すぶられて目を覚ます。
 むにゃむにゃしながら目を開けると、王子が青い顔して私の肩を掴んでいる。
「ゲルボルグが見回りに行くつもりだ。……今日の会は中止になる」
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