竜騎士王子のお嫁さん!

林優子

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68.空の旅、続く

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「エルシー、起きろ、朝だ」
 とまだ空が暗い頃、王子に揺すぶられて起きた。
「え、もう出発ですか。お疲れ様です」
「お前も着替えろ」と服を押しつけられる。
 見るとブラウスと裾の長いキュロットパンツに長靴下。
 靴はショート丈のブーツ。
 乗馬服に似た動きやすそうな服だ。
 これなら一人で支度出来そう。

 王子はもう竜騎士の制服に着替えている。
 そうか、王子、これから仕事か。
 そう思うとちょっと目が覚めてきた。
「あ、はい。起きます」
「五分したらジェロームが迎えに来る。下で朝飯を食って出掛ける」
「はい」
 と答えると王子は部屋を出て行く。


 絞りたての牛乳と、スクランブルエッグにパンにバター、摘み立てというトマトは丸ごと一個ほいっと渡された。
 私達が慌ただしく朝ご飯を食べている間、おかみさんは大きめのバスケットを竜騎士様に渡していた。
 中身はお昼ご飯のサンドイッチだという。チキンのサンドイッチとベーコンチーズトマトのサンドイッチだそうだ。後はデザートにオレンジが一個ずつ。

 いよいよ出立らしい。
 王子ご一行様を見送りに私も町はずれの竜達のところに行く。
「エルシー」
 と王子に呼ばれたので、側に駆け寄る。
「あの、いってらっしゃいませ。お帰りを……」
 とご挨拶をしようとしたら、王子はそのまま私を抱えて、ゲルボルグに乗った。
「えっ、なんで?」
「エルシーは一緒に行く」
「えっ、聞いてないですよ」
 本当にびっくりした。
 言われてないもん、そんなこと。
「昨日エルシーは旅は嫌ではないと言った。付いてきて欲しい。離れたくない」
 切ない感じで掻き抱かれるが、言いたいことは一杯ある。
 一番言いたいのはこれ。
 今言うな。
 だが、ゲルボルグも振り返って、「クワワッ」みたいに鳴いた。

「ゲルボルグもああ、言っている」
 と王子が言った。
「いや、分かりませんでした。なんて言ってますか?」
「一緒に居たいと」

「もうちょっと早めに言って下さいよ。着替えもないですよ」
 文句を言ったが、王子は私がこう言うのを読んでいたようだ。
 すぐに首を縦に振る。
「お前の着替えなら持ってきている。大丈夫だ。必要な物は旅先で揃えればいい」
 ここまで来ると気付いてしまった。
 ……王子、仕組んだな。
 周りの竜騎士様をぐるり見回すと全員、気まずそうに目を逸らした。

 所詮、竜騎士様は王子に甘いのだ。
「令嬢には田舎も旅もつまらないかも知れないと言われ、駄目なら諦めるつもりだった。だがもし許すなら一緒に居て欲しい」
 王子がそう言って、顔を覗き込んでくる。
 美形である。
 この顔にはちょっと弱い。

「あの、私、日焼け厳禁ですからね」
 王子は目を煌めかせた。
「帽子も手袋もある。今日は前に乗れ、マントにくるんでやる。この中に入れば風もこない」

 そういうわけで王子の旅について行った。




 ***

 王子について行く竜騎士様は今回は七名。
 夜に竜の見張り番を交代でしていて、王子もその番をするという。

「今回はエルシー様がいらっしゃいますので、夜番は結構です」
 とテレンス様は免除してくれたが、王子はやるという。
「エルシーは宿にいろ」と言われたが、面白そうだから王子についていった。
 強い強い竜の側には人間も害獣も近寄らない。
 だから火を焚いて竜の側で夜を明かすだけの仕事らしい。
 寝てしまうのは本当は駄目だが、万一のことがあれば、異変に気付いた竜の方が起こしてくれるらしい。
 竜は町近くの草原で思い思いの場所で眠り、ゲルボルグは王子の側に甘えるように丸くなっている。
 王子は時々、ゲルボルグを撫でて、ゲルボルグはその度にちょっと目を細める。
 二人は仲良い。

 王子は火を焚いて、ソーセージ焼いてくれた。
 あぶったソーセージを串に刺したまま渡された。
 そうは見えないだろうが、私は王都暮らしの箱入り令嬢である。
 こんな食べ方をしたのは初めてで、「そのまま、かじる」という王子の言葉におそるおそる端っこを食べた。
「あっ、美味しい」
 プリッでカリッだ。

 火にあたりながら、王子は珍しく自分の話をしてくれた。
 十歳でゲルボルグと会い、王子は十一歳で離宮を束ねる竜騎士の長になったという。
 騎士として一人前と認められるのは王国では十八歳から。
 竜騎士は訓練でなれるものではなく、生まれ持った素質が重要らしいが、それにしても異例の早さだ。
 普通なら、国王が政治を担い、王太子が竜騎士となって国防を担うのがこの国の習わしなのだが、この頃から既に王国は大ピンチだった。

 王子のお父上様、前国王陛下は、お一人で今の陛下役と王子役の二つを担っていた。
 つまり国王にして竜騎士だったらしいが、やはり兼務は難しく、竜騎士として頭角を現した王子が竜騎士の役を任され、若干十一歳にして一人、離宮でご家族と離れて暮らすことになった。
「両親と暮らす兄を俺が羨まなかったといえば嘘になる。兄は兄で、金目でないことにコンプレックスがあったようだが……」
 と王子は言った。
 兄のチャールズ陛下と王子はそれからずっと疎遠で、陛下が十八歳で今の王妃様と結婚すると更に疎遠になり、もう十年近く顔を合わせても会話もないような状態だったらしい。
 そういえば、陛下と王子そんなに仲良くなかったってアラン様も言ってたな。
「意外ですね、陛下とグレン様はよく喧嘩しているイメージしかないです。仲良いなと思ってました」
「そんなの、お前が来てからだ」
 と王子は言った。
「そうなんですか?」
「ああ、以前の自分なら困った時、兄を頼ろうとは思わなかっただろう」
 そう言うと王子は金色の目を細め、私の髪に触れる。
「全部エルシーのおかげだ」
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