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間話
57話:竜の騎士団(離宮)
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エルシーが離宮を去ってから数日が経った。
クラリッサ・ファーノンの家があるという北西部の伯爵領の調査を終え、離宮に戻ったテレンスは、様変わりした離宮に驚きを隠せない。
――暗い。
元から離宮は王宮の奥深くと喧噪とは無縁な場所にあるが、離宮中が心なしかうす暗く、陰気に静まりかえっている。
グレン王子に報告しようと同僚に王子の居場所を尋ねると、彼はクラリッサの元だという。ならば書面で残そうと、一階にある詰め所の机に座る。
「テレンス様」
待ちかねたように声を掛けてきたのは、離宮の侍従であった。
「実は王子のことでお話が」
と言われると聞かざるを得ないが、困り果てたような相手の表情に嫌な予感しかしない。
「エルシー様は一体いつお戻りになるのでしょうか?」
「いや、俺達も正確なところは分からない」
答えると侍従は深々ため息を吐く。
「王子が夜になってもお休みにならず、毎晩離宮中をうろついておいでです」
「怖いな、それ」
「何かをお探しのご様子。お探しなのは……エルシー様でこざいましょう」
と侍従は痛ましそうに告げる。
――探すって、猫じゃあるまいし。
と、テレンスは呆れた。
それほど気になるならさっさと迎えに行けば良いと思うが、グレン王子は一件が無事片付くまでエルシーのところには近づかぬと決めているらしい。
確かにこの竜の国は諸外国から狙われている。
最強の獣、竜に守られる竜の国は、一度も他国の侵略を許したことがない国家だが、国防の要となるのはわずか三十匹以下の竜達だ。
この竜が狙われたというのは、看過することの出来ない事態ではある。
テレンス達の調査では、薬師ファーノン伯爵家は事件に関わりがないと結論付けられた。
テレンスは伯爵家の今は使われなくなった埃まみれの倉庫の中で、竜涎香の小瓶が数本、抜き取られているのを見つけた。
クラリッサが持っていたのと同じものだ。
クラリッサは薬師の家系だが、薬師の教育は受けていないらしい。幼くして母親を亡くして、後添いに来た継母にはのけ者扱い。
伯爵令嬢という華麗な肩書きとは裏腹に、あまり幸福な生い立ちではなかったようだ。
竜涎香の瓶が収められた箱には効能を示した紙切れが一枚挟まっていた。
「竜寄せ、惚れ薬」と書かれていた文章を指で幾度もたどった跡がある。
北西部といえば、少し前に野生の竜が集まっているのを目撃されている。クラリッサが竜涎香の効能を確かめたのだろう。
クラリッサは竜涎香を竜を大人しくさせる薬兼惚れ薬と使っただろうが、竜涎香は悪用すれば死刑という薬だ。
本来なら令嬢が触れられるはずのない薬だったが、クラリッサの家が薬師だったのが災いした。
当初疑った外国の関与は、ファーノン家を調査したところ、可能性は低い。
おそらく事件は伯爵令嬢クラリッサの単独での犯行だろうが、確証はない上、持ち出された小瓶の本数が分からない。
複数本の竜涎香がクラリッサの手にあるはずだった。全てを一度に使われると竜を暴走させるのも可能な量だ。
報告書を八割方書き終えたところで、テレンスは顔を上げた。
離宮の入り口が騒がしい。
「テレンス、戻ったか」
すぐに詰め所にグレン王子が飛び込んで来て、テレンスの手から書きかけの報告書を受け取ると読み始める。
かれこれ一週間ぶりに見る王子はまた一段と憔悴していた。
一同の体から竜涎香の香りが濃く漂い、テレンスも顔をしかめる。
残り香でこれなのだから、クラリッサは随分景気よく竜涎香を使っているようだ。
報告書から顔を上げると、グレン王子は言った。
「兄上が仕掛けた。今夜、決行する」
グレン王子と兄のチャールズ国王達は、クラリッサが尻尾を出すのを待っていた。
王と王子の寵を得たと確信したクラリッサは今は、グレン王子より口が滑らかな国王の方に関心があるらしい。
だが、「結婚」については態度を決めずはぐらかす王に対して、何とかその一言を引き出そうとクラリッサは躍起になっていた。
この一週間で竜涎香の小瓶は一本、カラになっている。
クラリッサは王都に住んでいる自分の乳母やを呼び寄せ、預けていた竜涎香の瓶を受け取ったという。
王は、「あなたとの間に子供でも出来れば皆を納得させられるかもしれない」と結婚を匂わせ、自分の寝室の場所を教えた。
おそらく、今夜、クラリッサは王の寝所に忍ぶはずだ。
グレン王子はそこでクラリッサを押さえるつもりらしい。
テレンスは目をしばたかせる。
「今夜ですか?」
随分、急な話だ。
グレン王子は強い調子で頷く。
「今夜だ。エルシーに一週間で必ず迎えに行くと約束した」
後ろでアランが口を開こうとし、隣にいたジェロームが両手でその口を塞ぐ。
内心で良くやったと褒め称えるテレンスだった。
絶対、余計なこと言うはずだ。
「大人しく待っててくれると良いですね」
とか、王子がイラッとくるやつ。
グレン王子のお妃候補エルシーが離宮に戻るのは、この夜の日付が変わって間もない頃だった。
-*-*-*-*-*-
近況ボードに7話と書きましたが、間話8話の間違いでした。明日、8話目「竜が選んだお妃」で間話終了になります。
間話の後は第二章になります。よろしくお願いします。
クラリッサ・ファーノンの家があるという北西部の伯爵領の調査を終え、離宮に戻ったテレンスは、様変わりした離宮に驚きを隠せない。
――暗い。
元から離宮は王宮の奥深くと喧噪とは無縁な場所にあるが、離宮中が心なしかうす暗く、陰気に静まりかえっている。
グレン王子に報告しようと同僚に王子の居場所を尋ねると、彼はクラリッサの元だという。ならば書面で残そうと、一階にある詰め所の机に座る。
「テレンス様」
待ちかねたように声を掛けてきたのは、離宮の侍従であった。
「実は王子のことでお話が」
と言われると聞かざるを得ないが、困り果てたような相手の表情に嫌な予感しかしない。
「エルシー様は一体いつお戻りになるのでしょうか?」
「いや、俺達も正確なところは分からない」
答えると侍従は深々ため息を吐く。
「王子が夜になってもお休みにならず、毎晩離宮中をうろついておいでです」
「怖いな、それ」
「何かをお探しのご様子。お探しなのは……エルシー様でこざいましょう」
と侍従は痛ましそうに告げる。
――探すって、猫じゃあるまいし。
と、テレンスは呆れた。
それほど気になるならさっさと迎えに行けば良いと思うが、グレン王子は一件が無事片付くまでエルシーのところには近づかぬと決めているらしい。
確かにこの竜の国は諸外国から狙われている。
最強の獣、竜に守られる竜の国は、一度も他国の侵略を許したことがない国家だが、国防の要となるのはわずか三十匹以下の竜達だ。
この竜が狙われたというのは、看過することの出来ない事態ではある。
テレンス達の調査では、薬師ファーノン伯爵家は事件に関わりがないと結論付けられた。
テレンスは伯爵家の今は使われなくなった埃まみれの倉庫の中で、竜涎香の小瓶が数本、抜き取られているのを見つけた。
クラリッサが持っていたのと同じものだ。
クラリッサは薬師の家系だが、薬師の教育は受けていないらしい。幼くして母親を亡くして、後添いに来た継母にはのけ者扱い。
伯爵令嬢という華麗な肩書きとは裏腹に、あまり幸福な生い立ちではなかったようだ。
竜涎香の瓶が収められた箱には効能を示した紙切れが一枚挟まっていた。
「竜寄せ、惚れ薬」と書かれていた文章を指で幾度もたどった跡がある。
北西部といえば、少し前に野生の竜が集まっているのを目撃されている。クラリッサが竜涎香の効能を確かめたのだろう。
クラリッサは竜涎香を竜を大人しくさせる薬兼惚れ薬と使っただろうが、竜涎香は悪用すれば死刑という薬だ。
本来なら令嬢が触れられるはずのない薬だったが、クラリッサの家が薬師だったのが災いした。
当初疑った外国の関与は、ファーノン家を調査したところ、可能性は低い。
おそらく事件は伯爵令嬢クラリッサの単独での犯行だろうが、確証はない上、持ち出された小瓶の本数が分からない。
複数本の竜涎香がクラリッサの手にあるはずだった。全てを一度に使われると竜を暴走させるのも可能な量だ。
報告書を八割方書き終えたところで、テレンスは顔を上げた。
離宮の入り口が騒がしい。
「テレンス、戻ったか」
すぐに詰め所にグレン王子が飛び込んで来て、テレンスの手から書きかけの報告書を受け取ると読み始める。
かれこれ一週間ぶりに見る王子はまた一段と憔悴していた。
一同の体から竜涎香の香りが濃く漂い、テレンスも顔をしかめる。
残り香でこれなのだから、クラリッサは随分景気よく竜涎香を使っているようだ。
報告書から顔を上げると、グレン王子は言った。
「兄上が仕掛けた。今夜、決行する」
グレン王子と兄のチャールズ国王達は、クラリッサが尻尾を出すのを待っていた。
王と王子の寵を得たと確信したクラリッサは今は、グレン王子より口が滑らかな国王の方に関心があるらしい。
だが、「結婚」については態度を決めずはぐらかす王に対して、何とかその一言を引き出そうとクラリッサは躍起になっていた。
この一週間で竜涎香の小瓶は一本、カラになっている。
クラリッサは王都に住んでいる自分の乳母やを呼び寄せ、預けていた竜涎香の瓶を受け取ったという。
王は、「あなたとの間に子供でも出来れば皆を納得させられるかもしれない」と結婚を匂わせ、自分の寝室の場所を教えた。
おそらく、今夜、クラリッサは王の寝所に忍ぶはずだ。
グレン王子はそこでクラリッサを押さえるつもりらしい。
テレンスは目をしばたかせる。
「今夜ですか?」
随分、急な話だ。
グレン王子は強い調子で頷く。
「今夜だ。エルシーに一週間で必ず迎えに行くと約束した」
後ろでアランが口を開こうとし、隣にいたジェロームが両手でその口を塞ぐ。
内心で良くやったと褒め称えるテレンスだった。
絶対、余計なこと言うはずだ。
「大人しく待っててくれると良いですね」
とか、王子がイラッとくるやつ。
グレン王子のお妃候補エルシーが離宮に戻るのは、この夜の日付が変わって間もない頃だった。
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近況ボードに7話と書きましたが、間話8話の間違いでした。明日、8話目「竜が選んだお妃」で間話終了になります。
間話の後は第二章になります。よろしくお願いします。
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