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間話
54話:テレンスとアラン(王太子宮)
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お妃候補となったエルシーのお披露目会はとんでもないことになった。
エルシーをお妃と選んだはずの王子の竜ゲルボルグが、エルシーを拒絶し、かわりに現れた少女クラリッサがゲルボルグを手懐けた。
人々はすわ、世継ぎの王子のお妃が変更かと騒いだが、その場に居合わせた竜騎士達は、竜涎香と呼ばれる香が使われたことを即座に見抜いた。
この二十年ばかりは一部の好事家が使うのみだ。一般人が知らないのも無理はない。
だが、竜騎士達の長、グレン王子は何事か考えがあるらしく、その場でクラリッサを断じることはなかった。
クラリッサは王子や国王チャールズと親しく会話した後、王宮の貴賓室に滞在しているという。
――何を考えているのか、王子は。
竜涎香の香りの付いたテレンスは鋭敏な感覚を持つ竜達を刺激しないため、竜舎近くの離宮には戻らず、王太子宮の一室に据え置かれた。
事情聴取の後、テレンスはグレン王子と会い、すぐに軍の薬師に会うように指示された。
同じく竜騎士で年下の同僚アランもこれに同行した。
薬師はガラス瓶に入ったピンク色のハンカチのようなものを、二人の目の前で振ってみせた。
「時間がないそうです。ならば竜騎士の鼻を使うのが一番手っ取り早いと王子殿下に申し上げました」
確かに竜騎士の五感は人より優れていると言われる。
たが、毒物の鑑定などを竜騎士にさせることを他ならぬグレン王子が嫌がり、成分分析は薬師達が安全な方法で行うのが通常の手順であった。
普段こうした軽口を叩くはずのアランが無言だったので、テレンスがかわりに言った。
「王子、俺達を売ったな」
アランは重たげに口を開く。
「売れるものなら何でも売りますよ。もう王子、なりふり構ってません」
「……何があった?」
「…………」
普段は陽気で人懐こいアランだが今はテレンスと視線を合わそうともしない。
テレンスはあのお妃のお披露目会の場にいたが、王子達からは離れていた。
不意打ちに香が使われ、あの娘がゲルボルグに近づくのを許してしまったのはテレンスだ。
テレンスが我に帰った時にはグレン王子がエルシーを下がらせていた。
それから王子はエルシーに会うことを竜騎士全員に告げ、既にエルシーは実家に戻ったという。
その場にいたとはいえ、テレンスも何が起こったのかは分かっていない。
しかし考えるのは命じられた仕事をこなした後だ。
テレンスは香を使った娘、クラリッサのものとかいうハンカチにたっぷり染みこんだ竜涎香の匂いを嗅ぐ。
クラリッサは王子のお妃の座を狙っているらしく、王子は自らを囮となりクラリッサに近づいていた。
そしてお妃候補エルシーがその日のうちに両親に伴われ、子爵家に戻った。
王宮ではエルシーが偽のお妃候補だったためにグレン王子が追放したのでは、というひどい噂も流れていたが、騎士であるテレンスは守秘義務を負っている。
様々聞かれたが否定も肯定もしなかった。
グレン王子の指示は「今は何も言うな。特にエルシーについては一言も漏らすな」である。
奇妙なのは、「竜騎士は決してエルシーに接触するな」であった。
今は竜騎士でない騎士達が護衛と称して小さな子爵家を包囲し、エルシーは軟禁状態にあるらしい。
他ならぬグレン王子の命であるから従わねばならないが、テレンス達竜騎士は非常に不満だった。
いずれ次代の王を生む王太子妃を守るのは、古来より竜の騎士団に託された誉れであった。この任務を他の騎士団に渡したことはない。
テレンスはエルシーに会おうと考えていたが、それは叶わなかった。
アビントン侯爵夫妻に抱えられ会場から去るエルシーは、最後にグレン王子を探して振り返った。
エルシーがクラリッサを抱えるグレン王子を見てひどく悲しげに顔を歪ませたのに気付いたのはテレンスだけだろう。
あの時、香を使われ怒ったゲルボルグはクラリッサに襲い掛かろうとしていた。それを止めたのがグレン王子だ。
エルシーは確実に誤解している。
なんとか伝えたいが、手紙の類いも駄目だというから、徹底していた。
「何故ですか?」
と問うと、
「匂いだ」
とグレン王子は短く答えた。
機嫌が悪いと口数が極端に減るのはグレン王子の悪癖の一つだった。
グレン王子の指示には従わざるを得ない。
だが半日で憔悴しきっている王子にも、いつも生意気な後輩アランが珍しく殊勝な顔でかしこまっているのにも、内心で戸惑うテレンスであった。
王子として竜騎士の長として常に冷静であれと躾けられたグレン王子は、常日頃感情を表に出すことはない。
長い付き合いの間でも王子がここまで憔悴した姿を晒すのは初めてだった。
――一体何があったのか。
エルシーと出会って以降のグレン王子は恋に浮かれていると言っても過言でない状態だったので、尚のこと気に掛かる。
「……グレイトドラゴンの発情期の雌の唾液だ。が、新しいものではない」
「そうですね」
アランも同意見のようだ。
グレイトドラコンとは、竜でも最上の大型種である。この上には神竜と呼ばれる伝説クラスの竜種があるが、ここ百年は目撃例もない竜だ。
王子が特に聞きたがったのは、唾液に含まれる竜の種類と古いものかそうでないか。
雌の竜は竜の隠れ里に住まい、人間が支配するこの国に降りて来ることは滅多にない。
だが、繁殖期になると雌の竜は雄を誘い出すため、人里近くの森や洞窟にやってくる。
その時に自らの匂いの付いた唾液を木や岩になすりつけ、雄を呼び寄せるのだ。
これが竜涎香の材料となる。
繁殖期の気を立てた竜達は危険なため、唾液は貴重なものではあるが、それでも古来より薬として重宝されてきた牙や爪やうろこに比べると入手は簡単な部類に入る。
竜寄せの薬や媚薬としても重宝されてきた。
竜は獣の王と呼ばれ、その縄張りになると害獣が近寄らない。このため竜寄せは頻繁に行われてきたが、だがこの国では竜に使うことは認められていない。
外国では香を使いすぎ逆に村や町が竜に襲われたり、香で酩酊させた竜を殺し、その後仲間を殺され怒れる竜に襲われ国そのものが滅んだなど、恐ろしいいわれもあったからである。
「王子は外国の関与があるのかどうか知りたがってます」
アランはテレンスにグレン王子の懸念を伝えた。
それはまず一番に疑われることだ。この国は竜の恩恵を受けている。
竜に手出しをすることは王国そのものを危うくする行為である。
これにより利益を受けるのは、竜の国を狙う周辺諸国だった。
テレンスは更に匂いを嗅ぐ。
香の作用である嗅覚鋭敏も手伝っていつもなら見逃す匂いも正確に捕らえた。
「うーん、この感じだと最近作ったものではない。大量生産品ではなく、腕の良い薬師が従来通りのレシピで作ったものだな。多分だがこの国で作られたものだ。東以外の地域。外国の関与はこの薬からは低いと見る」
「何故そんなことがお分かりで?」
興味深げに目を輝かす薬師に問われてテレンスは答えた。
「東は山脈があるだろう?あそこからこっちとあっちは同じ薬草でも匂いが少し違うんだ」
「例の令嬢の家は国の北西にあります。場所的にも合致しますね。彼女の家――伯爵家は先代までは名薬師の家と名高かった」
同じ薬師である軍の役人は言った。
この国の薬というのは、薬師の腕によってかなり品質にばらつきが出る。
そのため良い薬師の家系や技術というのは、爵位を与えて守られる。
こうした爵位持ちの薬師達は私塾のようなものを抱えて弟子を育てる。
テレンスは興味を引かれて聞いた。
「今は?」
そう尋ねると薬師は頭を振る。
「良い噂はまるで」
「あの娘も薬師か?」
「そういう話は聞いておりませんね。今の当主は薬師の才覚はなく、後進の育成にも熱心ではない。ああ、令嬢については一つだけ。病弱とかで領地を離れられず、グレン王子殿下のお妃選びも辞退したとか」
「ふむ」
テレンスは考え込んだ。
先ほど見た少女はそこまで病弱そうには見えなかったが。
静かだなと思って横を向くと、
「…………」
アランはしかめ面で目を閉じている。
「どうしたんだ?アラン」
「精神統一しないときついんであんまり話しかけてないで下さい」
とアランは不機嫌そうに言った。
「そんなにきついか?まあお前も若いし、媚薬はしんどいか」
テレンスは三十六歳。
竜騎士である以上、竜涎香は体質的に効きやすいが、毒や香には耐性がある。
ハンカチを嗅いだせいで、媚薬特有の熱と、性欲を感じてきたが、アランはかなり翻弄されている様子だ。
アランはじろっとテレンスをにらみ付けるが、竜涎香の効果で目が潤んで頬が赤らんでいる。
にらみ付けられている感じはない。
「テレンスさんはエルシー様に会ってないからそんなことが言えるんですよ。竜涎香の匂いと合わすとあの方、半端ないです」
「エルシー様?クラリッサとかいうあの子じゃなくてか?」
「エルシー様です。ちょっといい感じの匂いがすごくヤバイです」
「竜涎香……ああ、匂いが倍増されるし、媚薬だしまあそうか。だが……そんなにすごいのか?エルシー様」
「可愛くても、あんなおっぱいないお姫様はちょっとと思ってましたが……趣旨替えしそうになりました」
「巨乳が大好きなお前がか?すごいな、竜涎香とエルシー様は」
「テレンスさん、これ真面目に言いますけど、若いのがエルシー様に会いに行こうとしたら絶対止めて下さいね。テレンスさんみたいなおっさんでも駄目ですよ」
「いや、妻子いるし、エルシー様は俺、そこまで……ってもしかして、子爵邸の護衛の騎士は俺ら避けか?」
かなり腕が立つのがエルシーの護衛に入り、子爵邸は厳重に守られている。水も漏らさぬ警護は何か思惑があるのではと既に噂になっていた。
「ともかく王子は崖っぷちです。一週間で事件を解決しないと、エルシー様に捨てられます。あの目は本気でした」
「え、捨てられる?一体どうなっているんだ?」
テレンスは唖然とした。
「とにかくテレンスさんはクラリッサの家を探って下さい。クラリッサは男にチヤホヤされるのが好きみたいです。王子と俺とジェローム先輩と……それから陛下でクラリッサから情報を引き出します」
テレンスは意外な人物の名を聞き、驚く。
「陛下?なんで?」
グレン王子と兄の国王チャールズの兄弟は決して良好な関係にはない。表立って敵対はないものの、互いに関わらないことで均衡を保っている。
「なりふり構ってないって言ったでしょう。王子は陛下に協力を仰ぎました。すべてはエルシー様のために」
エルシーをお妃と選んだはずの王子の竜ゲルボルグが、エルシーを拒絶し、かわりに現れた少女クラリッサがゲルボルグを手懐けた。
人々はすわ、世継ぎの王子のお妃が変更かと騒いだが、その場に居合わせた竜騎士達は、竜涎香と呼ばれる香が使われたことを即座に見抜いた。
この二十年ばかりは一部の好事家が使うのみだ。一般人が知らないのも無理はない。
だが、竜騎士達の長、グレン王子は何事か考えがあるらしく、その場でクラリッサを断じることはなかった。
クラリッサは王子や国王チャールズと親しく会話した後、王宮の貴賓室に滞在しているという。
――何を考えているのか、王子は。
竜涎香の香りの付いたテレンスは鋭敏な感覚を持つ竜達を刺激しないため、竜舎近くの離宮には戻らず、王太子宮の一室に据え置かれた。
事情聴取の後、テレンスはグレン王子と会い、すぐに軍の薬師に会うように指示された。
同じく竜騎士で年下の同僚アランもこれに同行した。
薬師はガラス瓶に入ったピンク色のハンカチのようなものを、二人の目の前で振ってみせた。
「時間がないそうです。ならば竜騎士の鼻を使うのが一番手っ取り早いと王子殿下に申し上げました」
確かに竜騎士の五感は人より優れていると言われる。
たが、毒物の鑑定などを竜騎士にさせることを他ならぬグレン王子が嫌がり、成分分析は薬師達が安全な方法で行うのが通常の手順であった。
普段こうした軽口を叩くはずのアランが無言だったので、テレンスがかわりに言った。
「王子、俺達を売ったな」
アランは重たげに口を開く。
「売れるものなら何でも売りますよ。もう王子、なりふり構ってません」
「……何があった?」
「…………」
普段は陽気で人懐こいアランだが今はテレンスと視線を合わそうともしない。
テレンスはあのお妃のお披露目会の場にいたが、王子達からは離れていた。
不意打ちに香が使われ、あの娘がゲルボルグに近づくのを許してしまったのはテレンスだ。
テレンスが我に帰った時にはグレン王子がエルシーを下がらせていた。
それから王子はエルシーに会うことを竜騎士全員に告げ、既にエルシーは実家に戻ったという。
その場にいたとはいえ、テレンスも何が起こったのかは分かっていない。
しかし考えるのは命じられた仕事をこなした後だ。
テレンスは香を使った娘、クラリッサのものとかいうハンカチにたっぷり染みこんだ竜涎香の匂いを嗅ぐ。
クラリッサは王子のお妃の座を狙っているらしく、王子は自らを囮となりクラリッサに近づいていた。
そしてお妃候補エルシーがその日のうちに両親に伴われ、子爵家に戻った。
王宮ではエルシーが偽のお妃候補だったためにグレン王子が追放したのでは、というひどい噂も流れていたが、騎士であるテレンスは守秘義務を負っている。
様々聞かれたが否定も肯定もしなかった。
グレン王子の指示は「今は何も言うな。特にエルシーについては一言も漏らすな」である。
奇妙なのは、「竜騎士は決してエルシーに接触するな」であった。
今は竜騎士でない騎士達が護衛と称して小さな子爵家を包囲し、エルシーは軟禁状態にあるらしい。
他ならぬグレン王子の命であるから従わねばならないが、テレンス達竜騎士は非常に不満だった。
いずれ次代の王を生む王太子妃を守るのは、古来より竜の騎士団に託された誉れであった。この任務を他の騎士団に渡したことはない。
テレンスはエルシーに会おうと考えていたが、それは叶わなかった。
アビントン侯爵夫妻に抱えられ会場から去るエルシーは、最後にグレン王子を探して振り返った。
エルシーがクラリッサを抱えるグレン王子を見てひどく悲しげに顔を歪ませたのに気付いたのはテレンスだけだろう。
あの時、香を使われ怒ったゲルボルグはクラリッサに襲い掛かろうとしていた。それを止めたのがグレン王子だ。
エルシーは確実に誤解している。
なんとか伝えたいが、手紙の類いも駄目だというから、徹底していた。
「何故ですか?」
と問うと、
「匂いだ」
とグレン王子は短く答えた。
機嫌が悪いと口数が極端に減るのはグレン王子の悪癖の一つだった。
グレン王子の指示には従わざるを得ない。
だが半日で憔悴しきっている王子にも、いつも生意気な後輩アランが珍しく殊勝な顔でかしこまっているのにも、内心で戸惑うテレンスであった。
王子として竜騎士の長として常に冷静であれと躾けられたグレン王子は、常日頃感情を表に出すことはない。
長い付き合いの間でも王子がここまで憔悴した姿を晒すのは初めてだった。
――一体何があったのか。
エルシーと出会って以降のグレン王子は恋に浮かれていると言っても過言でない状態だったので、尚のこと気に掛かる。
「……グレイトドラゴンの発情期の雌の唾液だ。が、新しいものではない」
「そうですね」
アランも同意見のようだ。
グレイトドラコンとは、竜でも最上の大型種である。この上には神竜と呼ばれる伝説クラスの竜種があるが、ここ百年は目撃例もない竜だ。
王子が特に聞きたがったのは、唾液に含まれる竜の種類と古いものかそうでないか。
雌の竜は竜の隠れ里に住まい、人間が支配するこの国に降りて来ることは滅多にない。
だが、繁殖期になると雌の竜は雄を誘い出すため、人里近くの森や洞窟にやってくる。
その時に自らの匂いの付いた唾液を木や岩になすりつけ、雄を呼び寄せるのだ。
これが竜涎香の材料となる。
繁殖期の気を立てた竜達は危険なため、唾液は貴重なものではあるが、それでも古来より薬として重宝されてきた牙や爪やうろこに比べると入手は簡単な部類に入る。
竜寄せの薬や媚薬としても重宝されてきた。
竜は獣の王と呼ばれ、その縄張りになると害獣が近寄らない。このため竜寄せは頻繁に行われてきたが、だがこの国では竜に使うことは認められていない。
外国では香を使いすぎ逆に村や町が竜に襲われたり、香で酩酊させた竜を殺し、その後仲間を殺され怒れる竜に襲われ国そのものが滅んだなど、恐ろしいいわれもあったからである。
「王子は外国の関与があるのかどうか知りたがってます」
アランはテレンスにグレン王子の懸念を伝えた。
それはまず一番に疑われることだ。この国は竜の恩恵を受けている。
竜に手出しをすることは王国そのものを危うくする行為である。
これにより利益を受けるのは、竜の国を狙う周辺諸国だった。
テレンスは更に匂いを嗅ぐ。
香の作用である嗅覚鋭敏も手伝っていつもなら見逃す匂いも正確に捕らえた。
「うーん、この感じだと最近作ったものではない。大量生産品ではなく、腕の良い薬師が従来通りのレシピで作ったものだな。多分だがこの国で作られたものだ。東以外の地域。外国の関与はこの薬からは低いと見る」
「何故そんなことがお分かりで?」
興味深げに目を輝かす薬師に問われてテレンスは答えた。
「東は山脈があるだろう?あそこからこっちとあっちは同じ薬草でも匂いが少し違うんだ」
「例の令嬢の家は国の北西にあります。場所的にも合致しますね。彼女の家――伯爵家は先代までは名薬師の家と名高かった」
同じ薬師である軍の役人は言った。
この国の薬というのは、薬師の腕によってかなり品質にばらつきが出る。
そのため良い薬師の家系や技術というのは、爵位を与えて守られる。
こうした爵位持ちの薬師達は私塾のようなものを抱えて弟子を育てる。
テレンスは興味を引かれて聞いた。
「今は?」
そう尋ねると薬師は頭を振る。
「良い噂はまるで」
「あの娘も薬師か?」
「そういう話は聞いておりませんね。今の当主は薬師の才覚はなく、後進の育成にも熱心ではない。ああ、令嬢については一つだけ。病弱とかで領地を離れられず、グレン王子殿下のお妃選びも辞退したとか」
「ふむ」
テレンスは考え込んだ。
先ほど見た少女はそこまで病弱そうには見えなかったが。
静かだなと思って横を向くと、
「…………」
アランはしかめ面で目を閉じている。
「どうしたんだ?アラン」
「精神統一しないときついんであんまり話しかけてないで下さい」
とアランは不機嫌そうに言った。
「そんなにきついか?まあお前も若いし、媚薬はしんどいか」
テレンスは三十六歳。
竜騎士である以上、竜涎香は体質的に効きやすいが、毒や香には耐性がある。
ハンカチを嗅いだせいで、媚薬特有の熱と、性欲を感じてきたが、アランはかなり翻弄されている様子だ。
アランはじろっとテレンスをにらみ付けるが、竜涎香の効果で目が潤んで頬が赤らんでいる。
にらみ付けられている感じはない。
「テレンスさんはエルシー様に会ってないからそんなことが言えるんですよ。竜涎香の匂いと合わすとあの方、半端ないです」
「エルシー様?クラリッサとかいうあの子じゃなくてか?」
「エルシー様です。ちょっといい感じの匂いがすごくヤバイです」
「竜涎香……ああ、匂いが倍増されるし、媚薬だしまあそうか。だが……そんなにすごいのか?エルシー様」
「可愛くても、あんなおっぱいないお姫様はちょっとと思ってましたが……趣旨替えしそうになりました」
「巨乳が大好きなお前がか?すごいな、竜涎香とエルシー様は」
「テレンスさん、これ真面目に言いますけど、若いのがエルシー様に会いに行こうとしたら絶対止めて下さいね。テレンスさんみたいなおっさんでも駄目ですよ」
「いや、妻子いるし、エルシー様は俺、そこまで……ってもしかして、子爵邸の護衛の騎士は俺ら避けか?」
かなり腕が立つのがエルシーの護衛に入り、子爵邸は厳重に守られている。水も漏らさぬ警護は何か思惑があるのではと既に噂になっていた。
「ともかく王子は崖っぷちです。一週間で事件を解決しないと、エルシー様に捨てられます。あの目は本気でした」
「え、捨てられる?一体どうなっているんだ?」
テレンスは唖然とした。
「とにかくテレンスさんはクラリッサの家を探って下さい。クラリッサは男にチヤホヤされるのが好きみたいです。王子と俺とジェローム先輩と……それから陛下でクラリッサから情報を引き出します」
テレンスは意外な人物の名を聞き、驚く。
「陛下?なんで?」
グレン王子と兄の国王チャールズの兄弟は決して良好な関係にはない。表立って敵対はないものの、互いに関わらないことで均衡を保っている。
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