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暗雲

第46話 奪われた贄

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 どれだけ牙を立てて、何度ナカに吐き出したのか、記憶は曖昧だ。

 気付いた時には、旭陽は呻き声も零さなくなっていた。
 痙攣すら弱くなり、今にも途切れそうな細い呼吸を切れ切れに漏らしているだけ。

 触れただけでも力尽きそうな体から急いで離れて、ぐちゃぐちゃになった褐色とベッドを遠くから綺麗にした。
 微かな震えが止まらない体を見ていると、どうしてと理不尽に責め立てたくなってしまう。
 目覚める気配がない男を置き去りにして、結局部屋から出てしまった。


「……サンドロ」
「はい、魔王様……魔王様!? どうなさったのですか、そのお顔は!」

 高官を探して歩き回っていると、何人かが固まって話をしている場面に遭遇した。
 一番よく仕事を任せている男に声をかけると、長い尾を揺らして振り返ってくる。
 目が合ったかと思えば、瞳孔を丸めて驚きの声を上げられた。

「ど、どうなさったのですか」
「贄様と喧嘩でもなさったのですか!?」

 他の家臣たちも次々に声をかけてくる。
 はは、俺ってそんなにバレバレかな。どんな顔してるのか、自覚はないけど。

 まあ喧嘩というより……俺が、抵抗もしてこない相手を力技で捻じ伏せただけだ。
 死にたいくらいに自己嫌悪が高まってくるのを感じながら、小さく首を振る。
 今はそんなことを考えてる場合じゃない。

「いや……それより、国内に捜査網の手配を。“勇者”が入り込んでいる可能性がある」
「――勇者!?」

 そう、勇者だ。

 早急に手を打とう。
 見付け次第極刑とは、やっぱり俺は言えない。だからせめて、何かが起きる前に確保する。
 それから、話を聞けば良い。

 確かに魔力濃度の変化からして、勝手に国に入り込んだんだろう。
 でももしかすると、ただ帰る方法を探して魔王国に入ってしまっただけかもしれない。
 俺が異世界から呼び戻された魔王だって聞いて、何か相談しに来たのかもしれない。

 もし、俺の命を狙いに来たなら――どうすれば良いのか、まだ分からないけど。
 でも旭陽の言葉が現実にならないように、今から手を尽くせば良い。

「……なるほど。ではすぐに手配させましょう。発見次第捕縛で宜しいですか?」

 多分思い詰めた表情になっている俺を見て、家臣たちが頷いてくれた。
 きっと旭陽と同じく、即座に処刑を勧めたいはずだ。
 でも俺の気持ちを慮って、ひとまず魔族の罪人と同じ扱いに変えてくれたようだ。

 心遣いを感じ取って、ぐちゃぐちゃになっていた思考が少しだけ落ち着きを取り戻す。

「ああ。それで……」
 頷こうとして、ふと言葉が出なくなった。

「――――」
「……魔王様?」

 突然動きを止めた俺に、家臣たちが不思議そうな顔をする。
 でも周囲のざわめきは、その時の俺には何一つ届かなくなっていた。

 ……目の前が、黒い。
 何も見えない。
 どくどくと鼓動が嫌な音を立てて、心臓が破れそうなくらいに激しく脈を打った。

 感じていたはずの魔力が、突然俺の感知内から消えた。
 確かに部屋に置いてきたはずの男が、城の中に居ない。

「…………旭陽、」
「……贄様が、どうなさったのですか?」

 俺がぽつりと零した声に、家臣たちもサッと顔色を悪くする。
 王としては宥めるべきなんだろうけど、それどころじゃない俺は周囲の反応に目をやることすらできずにいた。

「旭陽、が……城内から、消えた」
「……消えた!?」

 ざわ、と動揺が一斉に広がった。
 声を聞き付けて、近くから他の者たちも集まってくる。

 でも俺の耳には、やっぱり誰の声も耳に入らない。
 ふらりと歩き出した俺を見て、誰かが「捜索隊を出せ!」と叫んだ。

 理由は分からないが、着いて来ようとする者はいない。
 今護衛を付けられたところで、そんなものよりお前も探してくれと追い返す――だけでは留まらない気がするから、手間が増えないのは助かった。

 旭陽。
 旭陽、何処に行った?

 あいつの魔力は、離れていたっていつも感じていたのに。
 まだ意識が戻るわけがない。
 万が一戻ったとしても、自力で動けるようになるまでには最低でも数日はかかるはずだ。
 魔力というのは、突然途切れることはない。……生きている限りは。

 自分が考えてしまったことに、全身にぞっと怖気が走った。
 違う。そんなはずない。
 だって、さっきまで抱いていたのに。
 確かに俺の腕の中で、息をしていた!

 部屋を確認しようと踵を返した瞬間、視界が不自然にぶれる。
 ざざ、と耳元で不愉快な音がした。

「……旭陽?」

 無意識に呟く。
 薄らと、何か浅黒いものが見えた。


 茶色い、城の中では有り得ない土の色。
 その上に、見慣れたシルエットが伏している。
 白いシーツに包まれて、大柄な褐色の男が――

「旭陽!」

 自然と口から零れ落ちた呼び声に、薄らと透けて見える体が僅かに身じろいだのが見えた。
 目の前の風景に重なって見えている光景は、物理的な眼前に存在しているものではない。
 頭では分かっているのに、思わず一歩踏み出す。

『――今、動かなかったか?』

 もう一度声をかけようとした矢先、何処かで聞いたような声が響いた。

「……え、」

 ぐる、と視線が勝手に周辺を見回す。
 そこで漸く、旭陽を囲っている男たちの存在に気付いた。
 その、中心――

「…………あ、れ、……」

 記憶が、ことりと音を立てた。




◇◇◇
※次回輪姦未遂回注意
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