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二人
第53話 死ぬのが正しいと、世界が言った
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「――――」
見惚れていた、んだろうか。
じっと動かずにいると、思った以上に傷を抉っていたらしい。
「ッはなして!!」
嗚咽交じりの声と共に、頬に熱い感触が走った。
「っ……あ、」
目の前で歪んでいた瞳が、大きく見開かれる。
かと思えば、さっき以上に激しく涙を落とし始めた。
「ご、ごめん……! 大丈夫!?」
痛みも忘れた様子で、そっと手を伸ばされる。
退屈な連中に触れられるのは不愉快で、いつも払い退けてきた。
なのにその時は、抵抗を忘れたかのように受け入れてしまっていた。
「ご、めん……! おれ、傷つける、つもりは……!」
泣きじゃくりながら、そっと頬を擦られた。
ぴりりと小さな痛みが走る。
目の前のものが腕を振り回した拍子に、爪でも当たったのかと合点がいく。
傷を付けられたことなんて、初めての経験だ。
怒って良いはずだが、不可解の方が強くてうっかりタイミングを逃してしまう。
「……先に傷を付けたのは、オレだが」
厳密には、元から付いていた傷を深くした。
だがどちらにしろ、悪意がなかった相手に対して意図的に傷付けたのはこちらだ。
悪いとは思わないし、当然の権利だとも思っている。
多くの物はそれに追従するし、一部の物は過剰な不快を示す。
どちらにせよ、オレにしか向けられない反応が返ってくる。
だが蒼褪めて狼狽していても、コイツはただ「誰かを傷つけたこと」に焦っているだけだ。
相手がオレだから、ではない。
誰が相手でも、多分コイツはこうだ。
少し、興味が湧く。
同時に、それ以上の不愉快を感じた。
……何だ? これは。
内心戸惑っているオレを余所に、ぱちぱちと大きな瞳が瞬いた。
かと思えば、ふにゃりとだらしない笑みを浮かべる。
「でも、痛い思いをさせちゃったから。……ごめんな」
ふにゃふにゃとした笑みのまま、目一杯踵立ちをして顔を近づけてくる。
何をしているのかと思えば、頬に薄く走った傷口に唇を押し付けられた。
「痛いの痛いの飛んで行けって、おまじない!」
頭に小さな手が触れ、髪を乱される。
……今の、もしかして撫でたつもりか。
「……ヘッタクソ……」
「え!?」
ショックを受けたと言いたげに、涙を溜めた目が見開かれる。
さっきまで泣きじゃくっていたくせに、もうキラキラと瞳が輝いていた。
何て切り替えが早い。
愚かな物共の中でも、特に頭の造りが粗末なんじゃないか。
「こうすんだよ」
薄い色の髪に指を通し、軽く梳きながら解れを直していく。
思ったよりも触れ心地の良い髪糸が、風に煽られて柔らかに靡いた。
茶色、とは呼べないほどに薄い色だ。
もっと甘そうな……飴色、と呼んだほうが合っているかもしれない。
ぐるぐると目を回していた人間が、オレを上目に見上げてきた。
膨らんでいた頬が萎み、淡い朱を乗せる。
「……ありがと」
幼さの強い顔が綻び、ふわりと微笑んだ。
「…………!」
どくりと鼓動が脈打つ。
酷い眩暈を感じて、体が後ろにふらついた。
倒れそうになるのを咄嗟に出した足で支え、そのまま後ずさる。
「あ、ど、どうしたんだ? 大丈夫か?」
追ってこようとする手に背を向け、その場から駆け出した。
「お、おい! なあ!」
一応追いかけてはきたようだが、足の早さが違う。
すぐに距離が空いて、足音も聞こえなくなった。
誰の気配も視線もなくなった場所で、どくどくと脈打つ胸を抑える。
「……ッ……!」
本能的に悟っていたことを、はっきりと理解した。
自分が人間ではないことを。
オレは、魔族。
その中でも、頂点に立つもの――魔王。
そして、今の人間は――魔王を、殺すものだ。
オレが今、そうしてしまった。
見惚れていた、んだろうか。
じっと動かずにいると、思った以上に傷を抉っていたらしい。
「ッはなして!!」
嗚咽交じりの声と共に、頬に熱い感触が走った。
「っ……あ、」
目の前で歪んでいた瞳が、大きく見開かれる。
かと思えば、さっき以上に激しく涙を落とし始めた。
「ご、ごめん……! 大丈夫!?」
痛みも忘れた様子で、そっと手を伸ばされる。
退屈な連中に触れられるのは不愉快で、いつも払い退けてきた。
なのにその時は、抵抗を忘れたかのように受け入れてしまっていた。
「ご、めん……! おれ、傷つける、つもりは……!」
泣きじゃくりながら、そっと頬を擦られた。
ぴりりと小さな痛みが走る。
目の前のものが腕を振り回した拍子に、爪でも当たったのかと合点がいく。
傷を付けられたことなんて、初めての経験だ。
怒って良いはずだが、不可解の方が強くてうっかりタイミングを逃してしまう。
「……先に傷を付けたのは、オレだが」
厳密には、元から付いていた傷を深くした。
だがどちらにしろ、悪意がなかった相手に対して意図的に傷付けたのはこちらだ。
悪いとは思わないし、当然の権利だとも思っている。
多くの物はそれに追従するし、一部の物は過剰な不快を示す。
どちらにせよ、オレにしか向けられない反応が返ってくる。
だが蒼褪めて狼狽していても、コイツはただ「誰かを傷つけたこと」に焦っているだけだ。
相手がオレだから、ではない。
誰が相手でも、多分コイツはこうだ。
少し、興味が湧く。
同時に、それ以上の不愉快を感じた。
……何だ? これは。
内心戸惑っているオレを余所に、ぱちぱちと大きな瞳が瞬いた。
かと思えば、ふにゃりとだらしない笑みを浮かべる。
「でも、痛い思いをさせちゃったから。……ごめんな」
ふにゃふにゃとした笑みのまま、目一杯踵立ちをして顔を近づけてくる。
何をしているのかと思えば、頬に薄く走った傷口に唇を押し付けられた。
「痛いの痛いの飛んで行けって、おまじない!」
頭に小さな手が触れ、髪を乱される。
……今の、もしかして撫でたつもりか。
「……ヘッタクソ……」
「え!?」
ショックを受けたと言いたげに、涙を溜めた目が見開かれる。
さっきまで泣きじゃくっていたくせに、もうキラキラと瞳が輝いていた。
何て切り替えが早い。
愚かな物共の中でも、特に頭の造りが粗末なんじゃないか。
「こうすんだよ」
薄い色の髪に指を通し、軽く梳きながら解れを直していく。
思ったよりも触れ心地の良い髪糸が、風に煽られて柔らかに靡いた。
茶色、とは呼べないほどに薄い色だ。
もっと甘そうな……飴色、と呼んだほうが合っているかもしれない。
ぐるぐると目を回していた人間が、オレを上目に見上げてきた。
膨らんでいた頬が萎み、淡い朱を乗せる。
「……ありがと」
幼さの強い顔が綻び、ふわりと微笑んだ。
「…………!」
どくりと鼓動が脈打つ。
酷い眩暈を感じて、体が後ろにふらついた。
倒れそうになるのを咄嗟に出した足で支え、そのまま後ずさる。
「あ、ど、どうしたんだ? 大丈夫か?」
追ってこようとする手に背を向け、その場から駆け出した。
「お、おい! なあ!」
一応追いかけてはきたようだが、足の早さが違う。
すぐに距離が空いて、足音も聞こえなくなった。
誰の気配も視線もなくなった場所で、どくどくと脈打つ胸を抑える。
「……ッ……!」
本能的に悟っていたことを、はっきりと理解した。
自分が人間ではないことを。
オレは、魔族。
その中でも、頂点に立つもの――魔王。
そして、今の人間は――魔王を、殺すものだ。
オレが今、そうしてしまった。
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