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番外編

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「旭陽、旭陽」
「……ん」

 そよ風にも浚われそうな囁きによって、ぼんやりと意識が浮上した。

「起きた」

 開いた視界いっぱいを覆う顔が緩み、弾んだ声で呟く。

 覚醒しきっていない頭でそれを眺め、首元に腕を回す。
 引き寄せて口を塞ごうとすれば、慌てた声に遮られた。

「まッ、待て旭陽、寝起きにそんなことされたら反応しちゃうだろ! 襲っちまうから!」

 嫌と言った覚えはねえが?

 随分今更な制止に瞬けば、背中に腕が回されて上半身を引き起こされる。
 いつの間にか、並んでいたはずの晃に膝枕されていたらしい。

 先に目覚めた男が、おれの顔を一番よく眺めていられる姿勢を考えて移動したってところだろう。
 勝手な行為ではあるが、目覚めを晃の顔に出迎えられるのは好ましい。不問にしてやるか。

「ほら。旭陽と一緒に見ようと思って起こしたんだ」

 晃の首筋から落ちた手に肌色の手が重ねられ、指が絡まってくる。
 最近筋肉が付いてきた胸板へ背を引き寄せられ、後ろから抱き締められた。

 背後から抱かれるのはあまり好きじゃない。
 晃の顔が見えないのも、したい時に口吻けられないのも退屈だ。

 だが髪に擦り寄られる感触と絡んだ指に緩和されると、存外悪くない心地になった。
 まあ、逃がさないとばかりに足まで絡んできてるのが一番の理由だろうが。

 手も足もおれを絡め取ることに夢中になって、自分自身の身動きも取りづらくしている。
 晃が自覚しているのかは知らねえが、おれを留めておくためなら一切我が身を省みはしねえ男だ。
 気付いていても気にしないだろう。

 気分が良くなって、示される通りに前方へ視線を向けた。
 それなりに明るかった周囲はすっかり闇に沈んでいるが、蛍火に似た淡い光球に照らし出されて暗さは感じない。

 真っ直ぐ見据えた先に、天まで届く巨木が聳え立っている。
 樹木そのものが光を放っており、溢れた光が触れた先々に魔力が灯って生気が生まれていた。

「この森の中枢なんだと。最初期のトレントが姿を変えた樹木らしい。普段は見えないけど、五十年に一度の祭りの日だけ見えるようになるんだってさ」

 柔らかい光に顔を向けて、晃が感慨深い声音を出す。

 正確には、普段は空間の狭間に存在しているからこの世界からは認識出来ねえ、だな。
 五十年に一度こっちに戻ってきて、集め続けた様々な世界の魔力を吐き出している。

 王としての魔力は晃に渡していても、覚醒した魔王自身はおれだ。
 初代魔王の時代から生きているものは、正しく存在を認知して勝手に知識を渡してくる。

 久しく覚醒した王にまみえていなかった者が、溢れんばかりの歓喜を伝えてきた。
 聞き流しながら、「キレイだよな」と呑気に感心している声に相槌を打つ。

 すると、不意に巨木がぶるりと大きく震えた。

「っ、ん!? 今……」

 背後の体が跳ね、驚きの声を上げる。
 警戒が灯っていないのは、どれだけ旧くともトレント――魔族が、自分やおれに害を与えるはずがないという信頼からだろうな。

 随分と魔王らしくなった。
 満足しているおれと混乱している晃の前で、巨木の震えが大きくなっていく。
 やがて震えが絶頂に達すると、巨大な光の塊が目の前に弾け飛んできた。

「……え? これ……ん?」

 混乱している晃の、おれと絡んでいる方の手を引き寄せる。
 互いに指を繋いでいる手を前に出せば、凝縮されて小さくなっていく光が掌の上に移動してきた。

「……布?」

 光が弾け、どろりと溶けて質量を持って垂れ下がる。
 透き通った金色を覗き込み、晃が不思議がる声を零した。

「いや、これは……樹液だな」
「樹液!?」

 軽く持ち上げ、光にかざす。訂正すると、背後の声が驚愕に変わった。
 まあ液体じゃねえからな、どう見ても。

 樹液と言っても、これはトレントとなった木が分泌したもの。
 幾種類かこの世界に存在する、《命の雫》の一種だ。
 動物で言うところの血液であり、かつてトレントが矢鱈と人間どもに狙われた理由の一端だ。

「魔王サマに捧げますってこったろ。良かったじゃねえか。原種トレントの樹液なんざ、金でも権力でも手に入るもんじゃねえぜ」

 絡んでいた指を解いて、好きに使えよと手に乗せてやる。
 おれに捧げられた物だ。晃にやろうがおれの勝手だろう。

「……何に使うものなんだ?」
「所有者の魔力に応じて、どんな形にでも如何なる硬度にでも変質するとか見たぜ。何でも好きなモン作りゃいいだろ」

 まだ晃の体温を残している指を背後に回し、そっと顎下の薄い皮膚を擽ってやる。
 なぞり下ろした喉がひくつくのを感じながら、飴色の髪に頬をすり寄せた。

 好きに使えと言やあ、まあおれに使おうとするだろう。
 最近見るからにそわついてたよな……良い機会だと指輪でも作るか?

 どんな反応をするのかと楽しみに眺めていると、布状の金色が半分に分かれた。
 晃が魔力を籠めているのが見える。
 意外と悩まなかったな。元から何か作りたいものがあったらしい。

 何も口を挟まずにいると、恭しいまでの丁寧さで片手を掬い上げられる。
 やっぱ指輪か?
 考え方は魔王らしくなってきても、人間の習慣の幾つかは根付いてるもんだからな。

「旭陽」

 どうするのか、始終を眼に収めようと思っていた。
 だが呼ばれて首を捻れば、熱を帯びた瞳にぶつかる。

 おれを食い尽くさんとしている時の眼差しだ。
 意識を奪われた瞬間、噛み付くように口を塞がれた。

「ッん! っぁ、ふっゥッ、ッンぁ……ッ、っ」

 最初から深く重なって、熱い舌が急いた力で絡み付いてくる。
 手を掬い取られたまま、手首もなぞられている感覚がした。

 だがそちらに目を向ける余裕はない。
 溢れ出した唾液を啜られ、じゅうじゅうと舌を吸い上げられた。

「っんんぅ……ッ、っァ! ふ、ぅっ……ア……ッ」

 腰が震え、体から急速に力が抜けていく。
 ずる、と喉口を舌で擦り上げられた。
 がくりと腰が跳ねれば、突然口吻けが解かれる。

「ッん、ンあッ! っぁ……、?」

 太い舌が口腔のあちこちを擦りながら抜け出していく感覚に、また腰が揺れる。
 ぼやけた視界で晃を捕らえるが、急にキスを中断した理由は見付からない。
 眉を寄せれば、熱量を増した瞳が困った様子で細まった。

「そんな物足りなさそうな目するなよ、旭陽……お前が泣くまで口の中ぐちゃぐちゃにしてやりたくなる」

 ……どれだけおれが泣いても、ますます興奮して犯してくる男が何言ってんだ。

 呆れた目を向けてやる。
 自分でも苦しい言い分だと気付いたのか、照れた笑みを浮かべてから視線を落とした。

 同じ方向へおれも視線を向ける。
 そこでようやく、自分の手首で金色が光っていることに気付いた。

「ずっと……お前のここに、俺の選んだ輪を通してやりたいと思ってたんだ」

 うっとりと熱い吐息を零した男が、おれの手と其れの隙間を撫でる。

 口腔を弄られている最中、晃になぞられている感覚がしていた手首。
 そこに、細い金の腕輪が巻き付いていた。
 軽く手を持ち上げてみると、くるりと回って肌の上で滑る。

 手首を固定するような太さではなく、多少だがゆったりとした余裕もあって動きが阻害されることはない。
 金色の珠がひとつ煌いていて、一見はそこから外せるように見えた。
 だが魔力の流れは完全におれの手首を巻いて、僅かな綻びもなく巡っている。

 外せそうに見えるのは外見だけで、実際は取り外しを想定した造りにはなっていないのが見て取れた。
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