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14.繋がれたままの過去
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通りに連なる出店から、競うように大きな声が張られ、メルたちの鼓膜を刺激している。
『お客さんたち見とくれっ、このボリューム! イムール村のすこやかな環境で育てた、美味しい豚ソーセージだ! 皮はぱりっと中はジューシー! 一口食べたら止まらなくなる美味しさだい! 何本でもいけちゃうよ!』
『うちのエッグノックは絶品さぁ! まずは温かいものを身体に入れて、ゆっくり祭りを楽しんで行ってくんなぁ!』
甘い匂いと湯気に惹かれて、エッグノック――牛乳をふんだんに使い、シナモンや卵などで味付けしたクリーミーなホットカクテルを、メルたちはまず最初に購入した。一口サイズの器からほんのりと薫るリキュールの匂いは、祭りで浮き立つ気分を高めてくれる。
「おお、色々あるな。焼きソーセージ、サンドイッチ、魚のフライ……あれは果汁を混ぜたジュースか? む、皆手掴みでかぶりついておる……マナーは悪いがそういうものか?」
「ちゃんと手が汚れないよう、紙で包んだりはしていますよ。あ、パイなんかも売ってる……。羊ひき肉と牛ひき肉、どちらがお好みですか?」
「牛がいいな。あのレモン入りの果実水も買ってくれるか?」
「はい、後で」
メルとラルドリスは列に並んでいくつかの軽食を買い、人の流れから少し外れて、路地の壁によりかかりながら食事を始めた。ラルドリスはあまりこういう立ち食いじみた行動は慣れないようで、難しい顔をしながら小さくかぶり付いては首を捻った。だが、そこは王族。仕草にそこはかとなく気品があり、どことなく立食パーティーにでも招かれているような風情がある。
「味付けが濃いな。それに、なんとも落ち着かん……テーブルと椅子でゆっくり味わいたいところなんだが……」
「お祭りの食事は雰囲気と一緒に楽しむものですから。あまり細かいことは気にせず、周りの風景や人々の笑顔を肴に、ゆっくり楽しめばいいのですよ」
品のあるラルドリスが親指に着いたソースを舐ると妙に艶っぽく、メルはざわついた気持ちを落ち着かせようと雑踏に視線を逃した。すると自然とよく目に入るのは、親子連れの姿だ。
『ねーお母さん、次はあれ! あれ食べるのぉ!』
『さっきお菓子をあんなに食べたばっかりじゃない! もう……あんまりはしゃぐんじゃありません。怪我でもしたら帰るからね?』
(そうだった……。私も、おばあちゃんと……)
子供のはしゃぐ姿に昔の自分が重なった。サンチノの街でも小さな祭りはたまにあって、祖母が元気であった頃、メルもよく連れて行ってもらったものだ。
『――祭りはいいものだよ。皆がこの日ために力を合わせ、一生懸命準備をして、この日を迎えられたことを神様や周りの人に笑顔で感謝するのだから。ごらん、皆楽しそうに笑っているだろう?』
小さかったメルの目にはそんな祝祭の雰囲気が、まるで違う世界のようにきらきらと輝いて見えていた。美味しいものや玩具をたくさん買って貰い、疲れたら祖母に負ぶって貰ってお話しながら帰る……夢みたいに楽しい一日がそこにあった。それは本当に大切な記憶の一つとして、今も胸にしまってある……。
ラルドリスが寂しげに言う。
「皆、幸せそうだな……。父が倒れてから、俺の周りの者は誰もあんな風に笑わなくなった。どこか皆張り詰めた硬い表情をして……胸が詰まるんだ。せっかく大勢の人がいるのに。そして俺には、それがなにをしたら変えられるのか、分からなかった」
「……そうですか」
ずっと悩んでいたのだと、その顔には書いてあった。ふたつの派閥に別れた微妙な情勢の城内で、国王の配下たちは自分の立ち位置に最新の注意を払っていたことだろう。それは、兄のザハールといがみ合わされた彼も同様だったに違いない。もし、彼が笑えと命じたならば、配下はそう取り繕ったはずだ。だがそれは、上辺だけのもの。彼の求めているものではない。
「うむ……こうして民が笑っていられるなら、この国はいい国なんだな。少し安心したよ。俺の未熟が、あるいは兄の欲が……この国をふたつに割る事だけは、避けなければならんな……」
ラルドリスは拳をぐっと握りしめ、宣言する。
「――よし、決めた。俺は王位に着くぞ。そして、この国を、さらに暮らしやすいものに変えて見せる。そのために、本気で手伝ってくれる人々を募るんだ。国だけでなく、俺は自分の周りも変えたい。余計なことに捉われず、この国と、仲間たちのために働きたいと思えるように……そうすることが、誇らしく思えるように」
今この時を迎えられた幸せを満喫する民を、ひたむきにその瞳は見つめている。温かな熱を宿す、朱の瞳。
それを見て、メルの胸にもなんとも言えないじんわりとした熱さが、込み上げてくる。彼が多くの人幸せにし、そして嬉しそうに笑うところが見たくなった。
「ならば、もっともっと色んなことを知ってくださいね。私が言えることではないですけど、より多くの国の人と接し、悩みや苦しみを分かち合い手を携えて、信頼を築いてください。裸の王様なんて嫌でしょう?」
「ああ、必ず。……そうだ、あの時の返事、まだ聞いてなかったよな?」
ラルドリスはメルの方を真っ直ぐ向き、手を差し出して言った。
「信頼できる仲間が欲しいんだ。改めて、頼む。傍にいて俺を手伝ってくれないか。メル」
(本気……だったんだ)
その情熱的な瞳に思わずハッと息を吞んだメルの胸に、大きな葛藤が生まれる。
祖母の後を継ぎ、ナセラ森を守らなければならないという気持ち。
それと相反し、ラルドリスの傍にいて、彼を友人として支えてあげたいという気持ち。
贖罪と願望が鬩ぎ、どうした経緯で自分の口からそれが出たのかは、正直わからない。
だが、気付いたらメルはあることを尋ねていた。
「その前に……ひとつだけ、聞いてもいいですか」
「なんだ? 俺の知ることならなんでも」
「ティーラという女性を、ご存知ですか」
その質問にラルドリスは訝しむ。
しかし躊躇せずにはっきりと答えてくれた。
「なぜとは問うまいな……。ああ、よく知っている。ティーラ・マーティル……マーティル侯爵家の一人娘、そして……兄ザハールの、婚約者だ」
「――――!!」
メルは強く心を保とうとした。しかし、
「メル!?」
ぐらっ――と視界が揺れた。胸の奥で、心臓を杭で貫くような鋭い痛みが苛み。
彼女が繋ぎ止めようとした意識をバラバラに砕いていく。
『――メル、あなたが邪魔なのよ。消えてちょうだい?』
あの時最後に見た姉の優しげな笑みが、鮮明に浮かんだ。
「しっかりしろ、メル!」
その場ではラルドリスの声が大きく響いていたが、メルはそれどころではなかった。されるがままに彼に抱えられ、激しい動悸が襲う胸を必死に抑えながら、か細い声で喘ぐのがやっとだったのだ。
(どうして……)
◇
ようやく朝焼けが周囲を照らし、続く祝祭を楽しむ街人たちもまだ、寝静まっている頃。
早朝に、ある宿の厩で動く二つの人影があった。
(まさか、こんな別れになるとはな……)
「荷物の準備はこれでよし、と」
そこでは、ラルドリスとシーベルが、静かに宿を発つ準備を進めていた。
そして、その傍らにメルの姿はない。
「本当によかったのですか? ラルドリス様」
「さあな……。だが、ここまでくれば王都は目と鼻の先だ、なにより、時間がない」
ラルドリスは宿の建物の二階にある、メルが臥せる部屋を仰ぐ。
祭りの最中、路地裏で倒れた後、彼女は意識を失くし昏々と眠り続けた。
信じがたいことだが、おそらくメルと、あの時名前を告げたティーラとの間になんらかの関わりがあったとしか考えられない。それも、彼女の心を大きく傷付けてしまうような何かが。
「ご心配なさらず。信用できる医者と宿のおかみにメル殿のことはしっかりと頼み込んでありますから」
「ああ……わかってる」
気の利くシーベルがすぐに医者に手を回し、診断では一時的なショック症状で命に別状はないことが確認できている。
目を覚ますまでついていてやりたいのは山々だ。だが、ラルドリスも病弱の母を助けに戻らなければならない。その目的を諦めてまで傍にいることを、当のメルも望むまい。
(せっかく、友となってくれる者に……信じられるやつに出会ったと思ったのに)
どうやらここからは目立つ馬車は捨てるらしく、シーベルは馬屋でそれを処分し、馬自体も新しいものと換えてもらっていた。新たな旅の仲間に挨拶をし、鞍に荷物を括りつけつつ、ラルドリスは今までの旅路を回想する。
(だが、メルには……色々なことを教わった。なにより、あいつとの旅は楽しかった)
思えば、あの小さな魔女には助けられてばかりだった。
手傷を負ったラルドリスに彼女は適切な治療を施し、そして自らの危険も厭わず旅に同行して、一行の危機を何度も救ってくれたのだ。
だけではなく……メルはラルドリスのことを本気で心配し、時には嫌われても仕方ないほど強く、叱ってくれた。初めて王子としてではなく、家族以外で自分自身を見てくれる人に出会えた……そんな気がした。それは彼に大きな希望を与えていた。
「ラルドリス様、準備は――ご覚悟は、よろしいですね?」
「……うむ、十分だ。俺はこれからザハールと相対し、奴と戦う。王位は絶対に渡さない。俺はこの国をもっとよい国にしたくなったからな。国民ひとりひとりが自分の希望を見据え、望んだ道を歩めるような国に」
――そしていつか……立派になって礼を言いに行く。だから、あの家に帰り、安らかに過ごせよ。
ラルドリスは心の中でそう呟くと、鞍に跨りシーベルに頷きかける。
「行こうかシーベル。残りの道中とこれから、大いに頼らせてもらうがよろしく頼む」
「……そのお顔なら大丈夫そうですね。なれば私も自慢の小賢しさを存分に披露させていただきましょう。では、出発しますか」
からからと笑い、シーベルが馬を動かし始めた。
「ありがとう、メル」
ラルドリスはもう一度宿のメルの部屋を見ると、深い感謝を囁き、後に続く。
彼が城を離れてから一年も経たないうちに……そしてフラーゲン邸からのほんの数日の旅を経て。
その間に、彼の瞳の色はより深く、鮮やかな光を放つようになっていた。
『お客さんたち見とくれっ、このボリューム! イムール村のすこやかな環境で育てた、美味しい豚ソーセージだ! 皮はぱりっと中はジューシー! 一口食べたら止まらなくなる美味しさだい! 何本でもいけちゃうよ!』
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甘い匂いと湯気に惹かれて、エッグノック――牛乳をふんだんに使い、シナモンや卵などで味付けしたクリーミーなホットカクテルを、メルたちはまず最初に購入した。一口サイズの器からほんのりと薫るリキュールの匂いは、祭りで浮き立つ気分を高めてくれる。
「おお、色々あるな。焼きソーセージ、サンドイッチ、魚のフライ……あれは果汁を混ぜたジュースか? む、皆手掴みでかぶりついておる……マナーは悪いがそういうものか?」
「ちゃんと手が汚れないよう、紙で包んだりはしていますよ。あ、パイなんかも売ってる……。羊ひき肉と牛ひき肉、どちらがお好みですか?」
「牛がいいな。あのレモン入りの果実水も買ってくれるか?」
「はい、後で」
メルとラルドリスは列に並んでいくつかの軽食を買い、人の流れから少し外れて、路地の壁によりかかりながら食事を始めた。ラルドリスはあまりこういう立ち食いじみた行動は慣れないようで、難しい顔をしながら小さくかぶり付いては首を捻った。だが、そこは王族。仕草にそこはかとなく気品があり、どことなく立食パーティーにでも招かれているような風情がある。
「味付けが濃いな。それに、なんとも落ち着かん……テーブルと椅子でゆっくり味わいたいところなんだが……」
「お祭りの食事は雰囲気と一緒に楽しむものですから。あまり細かいことは気にせず、周りの風景や人々の笑顔を肴に、ゆっくり楽しめばいいのですよ」
品のあるラルドリスが親指に着いたソースを舐ると妙に艶っぽく、メルはざわついた気持ちを落ち着かせようと雑踏に視線を逃した。すると自然とよく目に入るのは、親子連れの姿だ。
『ねーお母さん、次はあれ! あれ食べるのぉ!』
『さっきお菓子をあんなに食べたばっかりじゃない! もう……あんまりはしゃぐんじゃありません。怪我でもしたら帰るからね?』
(そうだった……。私も、おばあちゃんと……)
子供のはしゃぐ姿に昔の自分が重なった。サンチノの街でも小さな祭りはたまにあって、祖母が元気であった頃、メルもよく連れて行ってもらったものだ。
『――祭りはいいものだよ。皆がこの日ために力を合わせ、一生懸命準備をして、この日を迎えられたことを神様や周りの人に笑顔で感謝するのだから。ごらん、皆楽しそうに笑っているだろう?』
小さかったメルの目にはそんな祝祭の雰囲気が、まるで違う世界のようにきらきらと輝いて見えていた。美味しいものや玩具をたくさん買って貰い、疲れたら祖母に負ぶって貰ってお話しながら帰る……夢みたいに楽しい一日がそこにあった。それは本当に大切な記憶の一つとして、今も胸にしまってある……。
ラルドリスが寂しげに言う。
「皆、幸せそうだな……。父が倒れてから、俺の周りの者は誰もあんな風に笑わなくなった。どこか皆張り詰めた硬い表情をして……胸が詰まるんだ。せっかく大勢の人がいるのに。そして俺には、それがなにをしたら変えられるのか、分からなかった」
「……そうですか」
ずっと悩んでいたのだと、その顔には書いてあった。ふたつの派閥に別れた微妙な情勢の城内で、国王の配下たちは自分の立ち位置に最新の注意を払っていたことだろう。それは、兄のザハールといがみ合わされた彼も同様だったに違いない。もし、彼が笑えと命じたならば、配下はそう取り繕ったはずだ。だがそれは、上辺だけのもの。彼の求めているものではない。
「うむ……こうして民が笑っていられるなら、この国はいい国なんだな。少し安心したよ。俺の未熟が、あるいは兄の欲が……この国をふたつに割る事だけは、避けなければならんな……」
ラルドリスは拳をぐっと握りしめ、宣言する。
「――よし、決めた。俺は王位に着くぞ。そして、この国を、さらに暮らしやすいものに変えて見せる。そのために、本気で手伝ってくれる人々を募るんだ。国だけでなく、俺は自分の周りも変えたい。余計なことに捉われず、この国と、仲間たちのために働きたいと思えるように……そうすることが、誇らしく思えるように」
今この時を迎えられた幸せを満喫する民を、ひたむきにその瞳は見つめている。温かな熱を宿す、朱の瞳。
それを見て、メルの胸にもなんとも言えないじんわりとした熱さが、込み上げてくる。彼が多くの人幸せにし、そして嬉しそうに笑うところが見たくなった。
「ならば、もっともっと色んなことを知ってくださいね。私が言えることではないですけど、より多くの国の人と接し、悩みや苦しみを分かち合い手を携えて、信頼を築いてください。裸の王様なんて嫌でしょう?」
「ああ、必ず。……そうだ、あの時の返事、まだ聞いてなかったよな?」
ラルドリスはメルの方を真っ直ぐ向き、手を差し出して言った。
「信頼できる仲間が欲しいんだ。改めて、頼む。傍にいて俺を手伝ってくれないか。メル」
(本気……だったんだ)
その情熱的な瞳に思わずハッと息を吞んだメルの胸に、大きな葛藤が生まれる。
祖母の後を継ぎ、ナセラ森を守らなければならないという気持ち。
それと相反し、ラルドリスの傍にいて、彼を友人として支えてあげたいという気持ち。
贖罪と願望が鬩ぎ、どうした経緯で自分の口からそれが出たのかは、正直わからない。
だが、気付いたらメルはあることを尋ねていた。
「その前に……ひとつだけ、聞いてもいいですか」
「なんだ? 俺の知ることならなんでも」
「ティーラという女性を、ご存知ですか」
その質問にラルドリスは訝しむ。
しかし躊躇せずにはっきりと答えてくれた。
「なぜとは問うまいな……。ああ、よく知っている。ティーラ・マーティル……マーティル侯爵家の一人娘、そして……兄ザハールの、婚約者だ」
「――――!!」
メルは強く心を保とうとした。しかし、
「メル!?」
ぐらっ――と視界が揺れた。胸の奥で、心臓を杭で貫くような鋭い痛みが苛み。
彼女が繋ぎ止めようとした意識をバラバラに砕いていく。
『――メル、あなたが邪魔なのよ。消えてちょうだい?』
あの時最後に見た姉の優しげな笑みが、鮮明に浮かんだ。
「しっかりしろ、メル!」
その場ではラルドリスの声が大きく響いていたが、メルはそれどころではなかった。されるがままに彼に抱えられ、激しい動悸が襲う胸を必死に抑えながら、か細い声で喘ぐのがやっとだったのだ。
(どうして……)
◇
ようやく朝焼けが周囲を照らし、続く祝祭を楽しむ街人たちもまだ、寝静まっている頃。
早朝に、ある宿の厩で動く二つの人影があった。
(まさか、こんな別れになるとはな……)
「荷物の準備はこれでよし、と」
そこでは、ラルドリスとシーベルが、静かに宿を発つ準備を進めていた。
そして、その傍らにメルの姿はない。
「本当によかったのですか? ラルドリス様」
「さあな……。だが、ここまでくれば王都は目と鼻の先だ、なにより、時間がない」
ラルドリスは宿の建物の二階にある、メルが臥せる部屋を仰ぐ。
祭りの最中、路地裏で倒れた後、彼女は意識を失くし昏々と眠り続けた。
信じがたいことだが、おそらくメルと、あの時名前を告げたティーラとの間になんらかの関わりがあったとしか考えられない。それも、彼女の心を大きく傷付けてしまうような何かが。
「ご心配なさらず。信用できる医者と宿のおかみにメル殿のことはしっかりと頼み込んでありますから」
「ああ……わかってる」
気の利くシーベルがすぐに医者に手を回し、診断では一時的なショック症状で命に別状はないことが確認できている。
目を覚ますまでついていてやりたいのは山々だ。だが、ラルドリスも病弱の母を助けに戻らなければならない。その目的を諦めてまで傍にいることを、当のメルも望むまい。
(せっかく、友となってくれる者に……信じられるやつに出会ったと思ったのに)
どうやらここからは目立つ馬車は捨てるらしく、シーベルは馬屋でそれを処分し、馬自体も新しいものと換えてもらっていた。新たな旅の仲間に挨拶をし、鞍に荷物を括りつけつつ、ラルドリスは今までの旅路を回想する。
(だが、メルには……色々なことを教わった。なにより、あいつとの旅は楽しかった)
思えば、あの小さな魔女には助けられてばかりだった。
手傷を負ったラルドリスに彼女は適切な治療を施し、そして自らの危険も厭わず旅に同行して、一行の危機を何度も救ってくれたのだ。
だけではなく……メルはラルドリスのことを本気で心配し、時には嫌われても仕方ないほど強く、叱ってくれた。初めて王子としてではなく、家族以外で自分自身を見てくれる人に出会えた……そんな気がした。それは彼に大きな希望を与えていた。
「ラルドリス様、準備は――ご覚悟は、よろしいですね?」
「……うむ、十分だ。俺はこれからザハールと相対し、奴と戦う。王位は絶対に渡さない。俺はこの国をもっとよい国にしたくなったからな。国民ひとりひとりが自分の希望を見据え、望んだ道を歩めるような国に」
――そしていつか……立派になって礼を言いに行く。だから、あの家に帰り、安らかに過ごせよ。
ラルドリスは心の中でそう呟くと、鞍に跨りシーベルに頷きかける。
「行こうかシーベル。残りの道中とこれから、大いに頼らせてもらうがよろしく頼む」
「……そのお顔なら大丈夫そうですね。なれば私も自慢の小賢しさを存分に披露させていただきましょう。では、出発しますか」
からからと笑い、シーベルが馬を動かし始めた。
「ありがとう、メル」
ラルドリスはもう一度宿のメルの部屋を見ると、深い感謝を囁き、後に続く。
彼が城を離れてから一年も経たないうちに……そしてフラーゲン邸からのほんの数日の旅を経て。
その間に、彼の瞳の色はより深く、鮮やかな光を放つようになっていた。
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