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27.因縁の終着①
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『――だからこそ我らは、この国をより強いものへと変えてゆかねばならないッ! 私が玉座を継いだ暁には軍備を拡充し、どのような国にも負けず劣らぬ精強な軍隊を作り上げて見せよう。さすれば、国を取り巻く周辺諸国を恐れることなく、国民は堂々と人生を謳歌し、それぞれの役割に励むだろう!』
大広間の壇上では、銀髪黒衣の第一王子ザハールが、熱弁を振るっている。普段怠惰な彼もこの大舞台に備えてしっかりと練習を積んできたらしく、声量も見栄えも中々のもので期待の視線で見つめる者も多い。
『よって我が国の豊かさは増し、よりよい循環が、人々の間に生まれ一層の幸福をもたらすはず! まずは改革だっ! 国庫にどうしても多少の減益は出るが、いわばそれは先行投資! 必ずや三十年……いや十年後、我が国を希望の光が手に取れる所まで近づけてみせる! 諸君、我が元へ集い、共に国を変えよう! この国が発展した暁には、必ず協力者に相応に報いると約束する。是非このザハール・アルクリフに惜しみない支持を与えてくれたまえ!』
ワアアアアッ――!!
朗々と放たれた宣言に、彼を大きな拍手と歓声が包む。
それを見て、袖口で登壇の準備をしていたラルドリスが言った。
「ザハールも、意外にずいぶんとまともなことを言う。お前の差し金か、ティーラ」
「なんのことでしょう? この国を継ごうというのですから、当然のことかと」
暇を持て余したのか、こちらに近付いていたティーラがくすくすと喉を鳴らした。瞳だけがこちらを向き、メルは緊張による震えを止めようと自身の腕を掴む。
「それよりも、なぜそちらの娘をこのようなところに? 公爵家の使用人と訊きましたが、次期国王候補の傍に侍るには少々場違いではありませんこと? いつものように、フラーゲン卿にお守をしてもらえばよかったのではないですか?」
お前は一人前ですら無いのだと、微かに嘲りを含む言葉にもラルドリスは動じず、冷淡に返した。
「あいつにはあいつの仕事があり、俺は俺の仕事をする……それだけのことだ。もう子供だったときは終わった。それに、こいつは場違いでもなんでもない。こいつは、今までの俺の危機をすべて退けてくれた、最強の仲間で友だからな」
ラルドリスがメルの肩を力強くぐっと引き寄せた。緊張していたメルにもその信頼は伝わり、確かな勇気が心に宿る。
「ふっ……そんな下女風情に守られ、絆されるなんて……王族の品格も地に落ちましたわね。せいぜい俗にまみれた発言でもなさって、笑い者にされるがよろしいでしょう」
もはや礼を尽くす必要も無いと口に手を当て、ころころと楽しそうにティーラが笑うが、司会者が登壇を告げたためラルドリスは無視して舞台を向いた。
「では、行ってくる」
微かな語尾の震えを感じ、メルはラルドリスの恐れを知った。もうここから、後戻りはきかないのだ……。でも、それを振り払い一歩ずつ進もうとする彼に、メルは駆け寄った。
そして、自分から初めて彼に触れる。
「ラルドリス様。あなたの気持ちが、皆さんに届きますように……!」
魔法でもなんでもないけれど、精一杯心を込めて。想いにはきっと力が宿ると、メルはそう信じているから。
それがちゃんと伝わったのか、彼は一度だけ振り返って言った。
「メル……俺に大事なことを教えてくれて、本当にありがとう。……それと」
「は、はい……?」
光が強く射す舞台を前に、ラルドリスははにかむように口の端を上げた。
「これが終わったら、話したいことがあるから」
それだけ言い、彼は前へ。しっかりと自信の感じられる足音が、遠ざかっていく。
(話したいことって、なんだろ……。御身をお守りしたご褒美、とか……? いや、反対にこれまでの無礼のツケを……。それはないか、友達だって言ってくれたんだものね……)
「さて……メルと言ったかしらね。場違い者の、田舎娘」
……ラルドリスの後ろ姿を見ながら浮かべた色々な想像を、つららのような冷たい言葉が裂いて破った。
「あなたが……彼の魔物を倒したのよね?」
メルは戦いを始める覚悟を決めると、ゆっくりと後ろを振り向く。
「……ラルドリス様に手を出すのは、もう止めてください、お姉様」
そこで初めて、ティーラがわずかな動揺を示す。
その視線が頭の中を探るようにくるくると動き、驚嘆のため息が漏れる。
「はぁ……メルローゼ、なのかしら……?」
けれどその動揺は瞬きひとつで治められた。
「なるほどね。だとしたら……もしかして、あなたも長い時間をかけ、私への復讐を計画していたり、したの?」
まるでこの事を予期していたような受け取り方をした姉の言葉に、メルは懐かしさと悲しみを覚えながら首を振る。
「まったくの偶然です。私は傷付いた彼を森で拾った縁で、ここまで送り届けました。私を救ってくれた……尊敬する人の教えが、そうだったから」
それを聞き……くつ、くつくつと、ティーラは身体を折りおかしそうに笑い始めた。
「あは、あはははははっ……嘘でしょ!? だとしたら、なんてこと! なんって数奇な運命なのでしょうね、そうは思わない!? こうして私たちが再びまみえる、それはいかほどの確率だったのかしら! 嬉しいわ! もう一度死んだと思っていた、実の妹に会うことが出来るなんて」
まるで本当に喜びを爆発させるように、ティーラは笑う。そして言った。
「ねぇ、あなたもあんな顔だけの王子様は捨てて、こちらにいらっしゃいよ。私がお父様たちに取りなして、もう一度家に戻してあげる。あの時のことは謝るわ……ごめんなさい。どうしても私がこの地位を掴むために、必要なことだったの。どうせあなただったら、ザハール様に見初められたって彼を玉座に着けることなど、叶わなかったでしょう?」
――カツ、カツ、カツ……。
ティーラの足がよく光を弾くワックス塗りの木床を叩き、一言ごとに近付いてくる。舞台袖の暗がりでいよいよ彼女の顔がはっきり見えるようになり、メルはぐっと奥歯を噛む。ティーラの手が伸び、メルを求めた。
「でも私なら……彼を操り、これからのこの国を意のままに導けるの! メルローゼ、今の魔法の力を身に着けたという優秀なあなたがこちらに着けば、この先の栄華はもはや約束されたようなもの! 誰もが私たちに頭を垂れ、敬うの。どうせこんな短くてつまらない人生……好きなように生きましょうよ!」
目を大きく見開き、ティーラはメルを誘惑する。その言葉には確かな熱量と、抗いがたい引力があった。
そう、人生は短くて……とても難しい。
思った通りの生き方ができる人間なんて、そうはいない。
それを思うがまま、すべてを操り神の様に生きれたなら、それはきっととても胸がすくような、またとないものになるのだろう。
「――お姉様、私は」
「メルローゼ! 来なさい、こちら側へ!」
ティーラの指先がさらにふたりの間の距離を埋める。
それが近付き、かつての妹の身体にまさに、触れんとした時。
「……嫌です!」
――パシン……と大きな音を立て、メルはそれを大きく振り払った。
そして、自分の意思で告げる――完全な決別を。
「あの時、私は死ぬような思いをしました……ナセラ森の優しい魔女が助けてくれなければ、今こうしてお姉様と再び会うことはなかったでしょう。けれど、そんなことはもういいんです……。ただ……」
メルは身体の震えを止めると、ティーラをしっかと見据え……。
「ラルドリス様を――私の大切な人を害そうとするあなたを放ってはおけない! たとえ、本当の家族でも! 私はあなたと戦います!」
全力の声を絞り出し、ティーラにぶつけた。
「……そう」
対して、ティーラの反応は小さかった。すっと手を下ろすと、一歩、一歩と後退し、表情を消す。
「残念だわ。実は私にもほんの少しの良心の呵責というのはあってね……本当よ? だけれど、それは目的と秤にかけるまでもないもの。いいわ……。ならば、ここであの王子ととともに、幕を下ろして差し上げましょう? 魔女メル・クロニア殿?」
そして入れ替わるように、暗がりに溶け込んだように動かない魔術師の後ろまで下がった。
「後はお前に任せるわ。彼女の決意は固いみたいよ……ラルドリスを殺し、あなたの息子を王にするためには、確実に、先に始末するしかないわ」
「――――!!」
知っていたのだ、彼女はザハールが目の前の人の息子だということを。
「……恨みはないが、死んでもらう」
そして例え利用されていると分かっていても、魔術師は――。
「お願いします、話を聞いて下さい! ザハール王子は知っているんですか、このことを」
「知る必要などない……いや、知ってはならないのだ。お前も、消えてもらう」
その手に黒い魔力が集まってゆくのが、メルに見え始めた。それはおそらく、城内に集まった多くの人々の心の奥にある、不安、憎しみ、嫉妬などという暗い気持ちをもとにしたもの。
魔術師はそれを、今まさに壇上に立ったラルドリスへと解き放った。
それからはひとたび取り憑けば、ただちに心を壊すと想像できるような、圧倒的な凶兆が漂う。
「させない! 『清らなる泉の水……悪しき魂を浄め、正しき生命の輪へと還したまえ』!」
メルは隠し持っていたポーチから小瓶を取り出し、家から持ってきていた森の奥にある深泉の雫を一気にぶちまける。澄んだ飛沫は虹のきらめきを放つと、水のカーテンと変わり、バチバチと黒い弾丸を散らせる。
「……邪魔だ」
「くっ……」
いくつも立て続けに放たれるそれを防ぐたび、メルの前の水のカーテンは薄く、狭いものになってゆく。
メルは歯噛みした。ここが森の中であれば……大地や木々の力を大きく借りて戦うことができるだろうに、地の利がない。一方魔術師の使う魔法は、かなりの人数の人が城内に集まっているせいで、大きく力を増している。
「『芽吹く生命は籠目を作り、戦士に憩いの仮宿を与えたもうた』!」
一旦水のカーテンを消すと、メルは床に小さな種をいくつもばらまいた。それは蔦を伸ばして巨大な網籠を作り、なんとか魔術師からくる第二陣の猛攻を防ぎ止める。
「本当に、魔法などというものを使うのね……。でも、そうしてただ防いでいるだけでは、なんにもならないのでは、魔女殿?」
ティーラの嘲笑が響く。
魔術師は攻撃の手を緩めようとせず、こちらの防御を削って来る。
悔しいが、確かにこうして持ち球を消費しているだけでは、勝機はない。
メルの背中にじっとりとした汗が浮かぶ。怖い怖い、逃げ出したい……。
そんな気持ちを……。
『――今日は、この国の新たな門出を祝うために集まってくれて感謝する、皆』
掻き消し、支えてくれたのは……遠くからもよく通る、はっきりとしたラルドリスの声だった。
大広間の壇上では、銀髪黒衣の第一王子ザハールが、熱弁を振るっている。普段怠惰な彼もこの大舞台に備えてしっかりと練習を積んできたらしく、声量も見栄えも中々のもので期待の視線で見つめる者も多い。
『よって我が国の豊かさは増し、よりよい循環が、人々の間に生まれ一層の幸福をもたらすはず! まずは改革だっ! 国庫にどうしても多少の減益は出るが、いわばそれは先行投資! 必ずや三十年……いや十年後、我が国を希望の光が手に取れる所まで近づけてみせる! 諸君、我が元へ集い、共に国を変えよう! この国が発展した暁には、必ず協力者に相応に報いると約束する。是非このザハール・アルクリフに惜しみない支持を与えてくれたまえ!』
ワアアアアッ――!!
朗々と放たれた宣言に、彼を大きな拍手と歓声が包む。
それを見て、袖口で登壇の準備をしていたラルドリスが言った。
「ザハールも、意外にずいぶんとまともなことを言う。お前の差し金か、ティーラ」
「なんのことでしょう? この国を継ごうというのですから、当然のことかと」
暇を持て余したのか、こちらに近付いていたティーラがくすくすと喉を鳴らした。瞳だけがこちらを向き、メルは緊張による震えを止めようと自身の腕を掴む。
「それよりも、なぜそちらの娘をこのようなところに? 公爵家の使用人と訊きましたが、次期国王候補の傍に侍るには少々場違いではありませんこと? いつものように、フラーゲン卿にお守をしてもらえばよかったのではないですか?」
お前は一人前ですら無いのだと、微かに嘲りを含む言葉にもラルドリスは動じず、冷淡に返した。
「あいつにはあいつの仕事があり、俺は俺の仕事をする……それだけのことだ。もう子供だったときは終わった。それに、こいつは場違いでもなんでもない。こいつは、今までの俺の危機をすべて退けてくれた、最強の仲間で友だからな」
ラルドリスがメルの肩を力強くぐっと引き寄せた。緊張していたメルにもその信頼は伝わり、確かな勇気が心に宿る。
「ふっ……そんな下女風情に守られ、絆されるなんて……王族の品格も地に落ちましたわね。せいぜい俗にまみれた発言でもなさって、笑い者にされるがよろしいでしょう」
もはや礼を尽くす必要も無いと口に手を当て、ころころと楽しそうにティーラが笑うが、司会者が登壇を告げたためラルドリスは無視して舞台を向いた。
「では、行ってくる」
微かな語尾の震えを感じ、メルはラルドリスの恐れを知った。もうここから、後戻りはきかないのだ……。でも、それを振り払い一歩ずつ進もうとする彼に、メルは駆け寄った。
そして、自分から初めて彼に触れる。
「ラルドリス様。あなたの気持ちが、皆さんに届きますように……!」
魔法でもなんでもないけれど、精一杯心を込めて。想いにはきっと力が宿ると、メルはそう信じているから。
それがちゃんと伝わったのか、彼は一度だけ振り返って言った。
「メル……俺に大事なことを教えてくれて、本当にありがとう。……それと」
「は、はい……?」
光が強く射す舞台を前に、ラルドリスははにかむように口の端を上げた。
「これが終わったら、話したいことがあるから」
それだけ言い、彼は前へ。しっかりと自信の感じられる足音が、遠ざかっていく。
(話したいことって、なんだろ……。御身をお守りしたご褒美、とか……? いや、反対にこれまでの無礼のツケを……。それはないか、友達だって言ってくれたんだものね……)
「さて……メルと言ったかしらね。場違い者の、田舎娘」
……ラルドリスの後ろ姿を見ながら浮かべた色々な想像を、つららのような冷たい言葉が裂いて破った。
「あなたが……彼の魔物を倒したのよね?」
メルは戦いを始める覚悟を決めると、ゆっくりと後ろを振り向く。
「……ラルドリス様に手を出すのは、もう止めてください、お姉様」
そこで初めて、ティーラがわずかな動揺を示す。
その視線が頭の中を探るようにくるくると動き、驚嘆のため息が漏れる。
「はぁ……メルローゼ、なのかしら……?」
けれどその動揺は瞬きひとつで治められた。
「なるほどね。だとしたら……もしかして、あなたも長い時間をかけ、私への復讐を計画していたり、したの?」
まるでこの事を予期していたような受け取り方をした姉の言葉に、メルは懐かしさと悲しみを覚えながら首を振る。
「まったくの偶然です。私は傷付いた彼を森で拾った縁で、ここまで送り届けました。私を救ってくれた……尊敬する人の教えが、そうだったから」
それを聞き……くつ、くつくつと、ティーラは身体を折りおかしそうに笑い始めた。
「あは、あはははははっ……嘘でしょ!? だとしたら、なんてこと! なんって数奇な運命なのでしょうね、そうは思わない!? こうして私たちが再びまみえる、それはいかほどの確率だったのかしら! 嬉しいわ! もう一度死んだと思っていた、実の妹に会うことが出来るなんて」
まるで本当に喜びを爆発させるように、ティーラは笑う。そして言った。
「ねぇ、あなたもあんな顔だけの王子様は捨てて、こちらにいらっしゃいよ。私がお父様たちに取りなして、もう一度家に戻してあげる。あの時のことは謝るわ……ごめんなさい。どうしても私がこの地位を掴むために、必要なことだったの。どうせあなただったら、ザハール様に見初められたって彼を玉座に着けることなど、叶わなかったでしょう?」
――カツ、カツ、カツ……。
ティーラの足がよく光を弾くワックス塗りの木床を叩き、一言ごとに近付いてくる。舞台袖の暗がりでいよいよ彼女の顔がはっきり見えるようになり、メルはぐっと奥歯を噛む。ティーラの手が伸び、メルを求めた。
「でも私なら……彼を操り、これからのこの国を意のままに導けるの! メルローゼ、今の魔法の力を身に着けたという優秀なあなたがこちらに着けば、この先の栄華はもはや約束されたようなもの! 誰もが私たちに頭を垂れ、敬うの。どうせこんな短くてつまらない人生……好きなように生きましょうよ!」
目を大きく見開き、ティーラはメルを誘惑する。その言葉には確かな熱量と、抗いがたい引力があった。
そう、人生は短くて……とても難しい。
思った通りの生き方ができる人間なんて、そうはいない。
それを思うがまま、すべてを操り神の様に生きれたなら、それはきっととても胸がすくような、またとないものになるのだろう。
「――お姉様、私は」
「メルローゼ! 来なさい、こちら側へ!」
ティーラの指先がさらにふたりの間の距離を埋める。
それが近付き、かつての妹の身体にまさに、触れんとした時。
「……嫌です!」
――パシン……と大きな音を立て、メルはそれを大きく振り払った。
そして、自分の意思で告げる――完全な決別を。
「あの時、私は死ぬような思いをしました……ナセラ森の優しい魔女が助けてくれなければ、今こうしてお姉様と再び会うことはなかったでしょう。けれど、そんなことはもういいんです……。ただ……」
メルは身体の震えを止めると、ティーラをしっかと見据え……。
「ラルドリス様を――私の大切な人を害そうとするあなたを放ってはおけない! たとえ、本当の家族でも! 私はあなたと戦います!」
全力の声を絞り出し、ティーラにぶつけた。
「……そう」
対して、ティーラの反応は小さかった。すっと手を下ろすと、一歩、一歩と後退し、表情を消す。
「残念だわ。実は私にもほんの少しの良心の呵責というのはあってね……本当よ? だけれど、それは目的と秤にかけるまでもないもの。いいわ……。ならば、ここであの王子ととともに、幕を下ろして差し上げましょう? 魔女メル・クロニア殿?」
そして入れ替わるように、暗がりに溶け込んだように動かない魔術師の後ろまで下がった。
「後はお前に任せるわ。彼女の決意は固いみたいよ……ラルドリスを殺し、あなたの息子を王にするためには、確実に、先に始末するしかないわ」
「――――!!」
知っていたのだ、彼女はザハールが目の前の人の息子だということを。
「……恨みはないが、死んでもらう」
そして例え利用されていると分かっていても、魔術師は――。
「お願いします、話を聞いて下さい! ザハール王子は知っているんですか、このことを」
「知る必要などない……いや、知ってはならないのだ。お前も、消えてもらう」
その手に黒い魔力が集まってゆくのが、メルに見え始めた。それはおそらく、城内に集まった多くの人々の心の奥にある、不安、憎しみ、嫉妬などという暗い気持ちをもとにしたもの。
魔術師はそれを、今まさに壇上に立ったラルドリスへと解き放った。
それからはひとたび取り憑けば、ただちに心を壊すと想像できるような、圧倒的な凶兆が漂う。
「させない! 『清らなる泉の水……悪しき魂を浄め、正しき生命の輪へと還したまえ』!」
メルは隠し持っていたポーチから小瓶を取り出し、家から持ってきていた森の奥にある深泉の雫を一気にぶちまける。澄んだ飛沫は虹のきらめきを放つと、水のカーテンと変わり、バチバチと黒い弾丸を散らせる。
「……邪魔だ」
「くっ……」
いくつも立て続けに放たれるそれを防ぐたび、メルの前の水のカーテンは薄く、狭いものになってゆく。
メルは歯噛みした。ここが森の中であれば……大地や木々の力を大きく借りて戦うことができるだろうに、地の利がない。一方魔術師の使う魔法は、かなりの人数の人が城内に集まっているせいで、大きく力を増している。
「『芽吹く生命は籠目を作り、戦士に憩いの仮宿を与えたもうた』!」
一旦水のカーテンを消すと、メルは床に小さな種をいくつもばらまいた。それは蔦を伸ばして巨大な網籠を作り、なんとか魔術師からくる第二陣の猛攻を防ぎ止める。
「本当に、魔法などというものを使うのね……。でも、そうしてただ防いでいるだけでは、なんにもならないのでは、魔女殿?」
ティーラの嘲笑が響く。
魔術師は攻撃の手を緩めようとせず、こちらの防御を削って来る。
悔しいが、確かにこうして持ち球を消費しているだけでは、勝機はない。
メルの背中にじっとりとした汗が浮かぶ。怖い怖い、逃げ出したい……。
そんな気持ちを……。
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