二つの世界、六つの瞳

buri

文字の大きさ
28 / 38
第二章

28話 エドガー

しおりを挟む
 「白い天井だ…………」

 目を開けて、飛び込んできたのは見慣れぬ景色。
 あの薄汚れた牢のものではなかった。
  
 背中に当たる冷たい地面の感覚もない。
 懐かしさすら感じる、ベッドの柔らかさだった。

 薄く開いた窓からは爽やかな風。
 柔らかな陽光が、キヨトの頬を温めていた。
 
 「どこだ?ここ」

 キヨトは思わず、そう口に出した。

 ここはディルクの家でもなく、ましてや王の住まう場所でもなさそうだったからだ。

 ディルクの家は、木を基調とした温もりある内装。
 王城は、硬質な石造り。

 雰囲気がどちらとも当てはまらない。

 『ごくごく普通』

 特徴はないが、年季の入った調度品の数々が現役で使えるようよく手入れされているのを見ると、ここの家主の人となりが透けて見えているようにも思えた。

 「さて……………」
 
 ジロジロと見回すのを止め、数秒目を瞑るキヨト。

 「どうするか、な………」

 家主がいない状況で、好き勝手に歩き回る訳にもいかない。

 彼、もしくは彼女の目的は分からなかったからだ。

 しかし、少なくとも自分の家に入れてベットにまで寝かせたのだ。
 助けてくれた、と考えるのが自然だった。

 「仕方ないか………」

 キヨトはつぶやき、突っ張ろうとしていた腕の力を解く。

 ぼふんっ。

 甘い柔らかさに、キヨトは頬を緩ませると、窓に目を向け外を見た。

 久しぶりの陽光に、虹彩が痛いほどに収縮する。 
 釣られたように、小さく瞼が震えた。

 「あれ………?」

 キヨトの視界が滲んだ。
 あれは、鉄格子ごしに見た、仄暗く儚い蝋燭の光ではない。

 力強い、命の光だった。
 
 ぱた、ぱた、ぱた。

 部屋に、小さな水音が響く。

 「あぁ……………」

 悲哀、歓喜、安堵。

 それが思わず肺から漏れてしまった。
 そんなキヨトの声。

 「お、おい………!大丈夫か?」

 だからーー家主と思われる男が、部屋に入ってきているのにも気付かなかった。

 「っっっ!!!だ、大丈夫だ……」

 びくりと身体を跳ねさせ、振り向いたキヨト。
 男と視線を合わせる前に、乱暴に目を擦った。

 「いや、本当か?あんなにっっぃ!………………」
 「あ、あぁ……。ん!?おい……?」

 気遣うような男。
 その彼がキヨトにもう一歩近付こうとした時、びくりと身体を震わせて静止した。

 今度はキヨトが何事かと彼を見る。
 
 大丈夫か!?

 そう口を開こうとするよりも先に、男は絞り出すような苦悶の声でぽつりとこぼした。

 「くっせぇ……………」


 ◇


 ザバァッ。

 木桶になみなみと汲んだ水を、勢いよく頭に掛ける。

 「あぁぁぁぁ……」

 に浴びる綺麗な水の爽快さに、キヨトの口からオヤジくさい声が漏れた。

 あの後、苦しそうな表情でこちらを見る男が鼻と口を塞いだまま、無言で指差した先は外の井戸の方角だった。

 『今すぐ身体を洗え』

 一瞬で男の言いたいことがわかった。

 「そりゃ、臭いに決まっているよな」

 牢屋にいる間は、一切風呂にも入っていなかった。

 正確な日数はキヨトにも分からない。
 しかし、数ヶ月以上はあそこで戦っていた。

 それもあんな環境でだ。

 最初のうちは臭くて頭痛と吐き気がしていたあの空間も、最近では鼻が麻痺してしまったのか、すっかり慣れてしまっていた。

 しかし、普通の清潔な人があそこにいた人間の体臭や、あの空間自体の匂いには耐えられないだろう。

 まともに清掃されていない公衆便所の便器に、頭を突っ込むほうがまだ良い。

 「洗ったらこれ使えよな」

 何度も水をかぶっては恍惚の表情を浮かべているキヨトの様子に、仕方のないやつを見るような目をしながら、男が籠に入ったフワフワのタオルを近くに置いた。

 あれに顔面を埋めれば、まず間違いなく気持ちいいだろう。

 しかし、キヨトはぐっと、歯を食いしばった。
 まだまだ洗い足りていない。
 せっかくの純白を、コーヒーを拭いた後の雑巾のように、汚してしまう訳にはいかなかった。

 「ありがとう」

 そう言いながら、キヨトは井戸の横に据え付けられた紐を引っ張り、再度井戸の水を汲み上げるのだった。


 ◇


 「ふぅ………。本当にスッキリした。ありがとう」
 「どういたしまして。大したことじゃねぇんだがな」

 満たされたため息をひとつ。

 キヨトは、男の家のリビングと思われる広い部屋で、互いに向かいあった状態で話を始めた。

 ちなみに、キヨトが着ていたぼろぼろの服は、雑巾よりも酷い有様だったので、男の服を借りていた。

 「俺はエドガーだ。この街、プリメラで冒険者をしている。お前は、俺がその冒険のが中で見つけたんだ」

 自己紹介と、簡単な経緯。
 キヨトは理解を示すように頷いた。

 しかし、まだまだ情報は足りない。
 キヨトは身体が前のめりになるのを抑え、ゆっくりと口を開いた。

 「キヨトだ。まず、助けてくれたことに感謝を言わせてくれ。ありがとう。それに風呂と、服も」

 風呂というよりかは行水だったが、それでも、あの綺麗な水はいままで入ったどんなに高級な風呂や温泉よりも身体を癒し、身を清めてくれた。

 「気にするな」

 エドガーは、なんでも無さそうに手を振った。
 彼にとっては、言葉の通りなのだろう。

 じん、とキヨトの胸が小さく震えた。

 「こ、ここは、なんという国なんだ?」
 「……え?おいおい、そこからか!?」
 「あぁ、すまない……」
 「いや、まぁ、悪いってことはねぇけどよ………」

 目を剥くエドガー。
 彼は、心底驚いていた。

 しかし、キヨトの申し訳なさそうな表情を見ると、少しバツが悪そうに目をキョロキョロと彷徨わせ、キヨトのほうをジッと見た後に、ゆっくりとした口調で話し始めた。

 「ここは、ティトラン王国だ。聞いた事ないか?わりとこの大陸では力があるって思ってたんだけどな?」

 本当に知らないのか?
 そう問いたげな視線を寄越すエドガー。

 しかし、キヨトが知る国はフォルミカイオのみ。

 ふるふる、とゆっくりと頭を横に振った。

 そのキヨトの仕草に、エドガーがもう一度驚いたような顔をしたが、すぐにそれを引っ込めて説明を続けた。

 「そうか。そんじゃあ、この街の名前も知るわけねぇよな……。この街はさっきも言ったようにプリメラってとこで、そんなにデカくはないが、結構賑わってるとこだ」
 「賑わってるって、何か理由があるのか?」

 気になった所を質問すると、エドガーは少し得意げな表情になって続けた。

 「おいおい……って、そりゃ、これも知らねえか。賑わってる理由、だろ?そりゃ、ダンジョンだよ、ダ・ン・ジョ・ン!」

 ダンジョン。

 その言葉にキヨトの心臓はドクンと、大きく跳ねた。

 「ルーキー冒険者のための街、プリメラ。それがここのウリだ」

 そう言うエドガーの表情は嬉しそうで、この街への愛着が見てとれた。

 「お前も冒険者なんだろ?だったら、ここはいいぞ?冒険者に必要なもんは一通り揃ってるからな」

 『違う』

 そう言おうにも、キヨトはエドガーの笑顔を見ていると否定ができなかった。

 「新しい仲間を歓迎するぜ、キヨト」

 そういって差し出された手。
 思わずキヨトは、キョトンとした表情で固まってしまった。

 それを見て、エドガーは苦笑いをした。
 ぷらぷらと、一向に握られぬ手を強調しながら。 

 「あ、あぁ!ありがとう。よろしく頼む」

 ようやくわかった。
 そんな様子で右手を差し出すキヨト。

 ぎゅっと、固い握手が交わされた。

 細身に見える身体からは想像できない、大きな手。
 少し痛いくらいの圧力と、カサついた手のひらの感触。
 キヨトは、不思議と安心感を覚えた。

 「よかった」

 握られた手の方を見ながら、嬉しそうな声を発したエドガー。
 しかしなぜか彼の目は、少しも笑っていなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...