二つの世界、六つの瞳

buri

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第一章

5話 おつとめ

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 「はぁ、はぁ、はぁ……」

 扉の先の暗闇。

 それを掻き分け、転げそうになりながら走っていた俺は、息を整えるために立ち止まった。

 「いや、あれ、だめだろ、マジで……」

 わずかに鳴った鞘走りの音。
 首筋に触れた殺意。
 そして、人を人と思わない振る舞い。

 ごくっ……。

 真っ赤に染まった、あり得た未来。

 口に迫り上がってきた酸っぱいものを、
強引に唾で押し返した。

 「逆らわないようにしよ……」
  
 彼らとの付き合いがいつまで続くのか。
 現時点では分からない。

 でも、彼らへの叛意は"死"。
 それだけは痛いほど脳に刻まれた。

 「で、ここはどこなんだ?」

 少し息が落ち着いたところで、周りを見渡す。

 そこは広めの通路だった。
 人が五人は並べる。

 「うん、見えるな」

 視界も確保されている。
 見れば、壁に嵌った鉱石が光り、あたりを照らしていた。

 あの牢屋は、とにかく暗かった。
 伸ばした指先も霞むほどに。

 もし、同じようにダンジョンも暗かったなら。

 俺は暗闇に潜むモンスターに、気付くことすら出来なかっただろう。

 「よかった…」

 俺は剣はおろか、竹刀すら振ったことがない。
 これ以上、難易度を上げられようものならどうしようかと思っていたところだった。
 
 「ここが、ダンジョン」

 ざらりとした地面、ツンと鼻を刺激する鉄の香り。  
 他者を喰らおうとする、死の気配。 

 そこで、ゴブリンを狩れ。
 
 「…………」

 牢に投げられた時についた、右腕の擦り傷に触れる。

 ズキン。
 痛みとともに、あの時の絶望も蘇った。

 「現実か……」

 誰かが、とんでもない力を授けてくれれば。
 そんな期待をしても、そもそも俺は物語の主人公じゃない。
 甘い展開など用意はされていないだろう。

 「行くか」

 チャキ。

 夢想に逃げても、進みはしない。
 であれば、この剣で斬り、拓くしかない。

 「よしっ!!!」

 地面にへばりついた足に喝を入れ、顎を上げて前を見た。

 未知の領域へ。

 何が待ち受けているのか分からない。
 それでも俺は、固い地面を強く蹴り進んでいった。


 ◇


 「あれは……」

 歩くこと数分。
 同じ風景が続き、気が緩んでいたところだった。

 ひたすら直線を描いていた道に、右に直角に曲がる通路が増えたと思えば、その先には何か人型の影。

 まさかあのお隣さんか?
 そう思って駆け出そうとしたーー

 が、なんとなく違和感を感じた俺は、寸前で踏み出そうとしていた足を止め、曲がり角の死角に隠れてを見た。

 小学生くらいの身長で、全身深緑の体表。
 ボコボコと泡立ったような荒れた肌に、特徴的なとんがった鷲鼻と耳。

 何かを物色するようにキョロキョロと辺りを見渡す目は欲望に染まっており、その異様に鋭いすきっ歯の間からよだれを垂らしている様は、かなり醜悪だった。

 「あれが、ゴブリン……」

 『ゴブリンを狩ってこい』

 兵士がそう言ったこともあるが、自らの知識としてもああいった見た目の生物がゴブリンと呼ばれているのは知っていた。

 しかし、それはあくまで空想上での話。

 あれが実際に襲いかかってくるとすれば…。
 剣を握る俺の手は、知らぬ間に小刻みに震えていた。

 「行くしかないのか………」

 ごくっ……。

 唾を飲み込む音が耳元で響く。

 今であれば相手はこちらに気づいていない。
 奇襲を仕掛ければやれそうだ。

 だが、俺には戦闘経験がない。
 当然剣を振るったことも。

 ーー狩れるのか?

 胸に響く自らの声。

 チャキ……。
 手汗に濡れた柄が気持ち悪い。

 「…………………」

 狩れるのかではなく。
 刈る。

 ゴブリンの命を。
 だが、そこに成功の保証はない。

 その結果を知るのは、数十秒後の未来のみ。

 「はっ、はっ、はっ、はっ……」

 巡る思考に頭が満たされて、知らぬ間に荒い息が口から漏れる。

 ドクドクと、心臓もうるさい。

 奴は相変わらず何かを求めるようにキョロキョロとしているばかり。

 ーー俺はやれる。

 自らを鼓舞するために、頭の中で呪文のようにそれを唱える。

 あんな奴はあのラスボスや兵士に比べれば、屁みたいなもの。

 意思が身体を巡り、熱を持つ。
 目と剣を握る手に力を込めた。
 
 すると。

 ちょうど奴が首をくるっと反転させ、後頭部がこちら側に向いた。

 ーーいまだ!

 俺は、すぅっと勢いよく息を吸い込み止めると、全力でその背中に向けて駆けた。

 相手までの距離は約20メートル。
 なるべく奴が気づく前に。

 ダッダッ、ズダダッ!!!

 久しぶりの全力疾走。
 もつれそうになる足に苛立ちながらも、なんとか持ち直す。

 あと半分。

 世界が分割され、コマ送りで進んでいく。
 奴はもう、すぐ目の前だった。

 そして流石に向こうもこちらの動きに気づいたのか俺の姿を確認すると、目を見開き、黄ばんだ汚い歯を剥き出し、威嚇する。

 「ギギャ、ギャギャギャーー!」
 「うらぁぁぁ!!!」

 負けるか。

 その強い意思だけを込める。
 
 そしてまだ体勢の整っていない奴の首筋に目掛け、全力の袈裟斬りを振り下ろした。

 ザジュッ!

 骨で刃が止まり、手首に電気が走る。

 「グギャァァ!!!」

 ゴブリンの恨めしげな声はまだ、力強さを残している。
 手に残る鈍い感触に、思わず眉に皺が寄った。

 見れば、寸前のところで奴は首と剣の間に腕を挟み、致命傷を避けたようだ。

 「くそっ!」

 なるべく短時間で。
 できれば一撃で。

 戦闘のど素人が、それを長引かせれば結果は悪くなるに決まっている。
 そんな考えで臨んだが、そううまくもいかなかったようだ。

 「ギギャァアアア!」

 件のゴブリンは、先ほどの俺の攻撃を受けて右手首から先は切断され、首にも浅くない裂傷を負っている。

 が、その瞳には明確な敵意と殺意がみなぎっており、まだ健在な左手を振り上げて歯をガチガチと言わせながらこちらを睨みつけてきた。

 「うっ!」

 至近からの殺意。
 俺は思わず怯んでしまった。
 その隙を相手が見過ごすはずもない。

 ニヤッと歯を剥き出しにするゴブリン。

 奴は残る左手を振り上げ、こちらに飛びかかってきた。

 「うわっ!」

 思わず間抜けな声が漏れる。
 が、そんなことをしている間にも奴はこちらに馬乗りになり、地面に組み伏せてきた。

 馬鹿でもわかる。
 この体勢は危ない。

 必死に抵抗しようとするが、思った以上のゴブリンの力を前に、簡単に上を取られてしまった。

 「あ!やばっ、やめっ、くっ!」

 耳の奥で鳴り響く警鐘。

 しかし、その間にも奴はその黄色く汚い歯をこちらの首筋に突き立てようと迫ってくる。

 「いやだ!!!」

 こんな訳の分からない所で、訳の分からない生き物に殺されるなんて。

 生きる。

 胸から広がり、身体の中で弾けるその言葉。

 時間は凝縮され、スローな視界になっていく。

 まだやれる。
 目に力を込め、奴を見据える。

 刹那の間。
 状況を判断する。

 右手は動く。刺せない。長い。
 なら――柄だ。

 「うっらぁぁぁ!!!」

 手が白くなるほど、握りしめた剣の柄。

 それを、もう顔の直近まで迫っていた奴のこめかみに目掛け振り回した。

 刻一刻と迫る死の誘いを前に、俺は全力を振り絞る。

 そして……。

 「グギャァァァァァァァーーー!!!」

 ゴギリッ。

 鈍い音と醜い絶叫が、目の前で響いた。

 ぴしゃ。
 生温いピンク色の唾が、頬に飛ぶ。

 薄紙数枚分でも動けば、その汚歯が俺の顎に触れてしまう。

 その瞬きも許されない間に、ゴブリンのこめかみにめり込むように突き立てられた剣の柄。
 
 痛みや、悔しさや、恨み。

 それら全てがこもったような叫び声をその場に残し、横に弾かれるゴブリン。
 そしてそのまま地面をゴロゴロと転がったかと思うと、奴は仰向けになって倒れた。

 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 うるさいくらいに、通路に響く自分の吐息。
 
 あとコンマ数秒でもこちらの攻撃が届くのが遅ければ……。
 結果は真逆だったに違いない。

 「あ、でも……」

 本当に倒せたか?

 そう思って寝転んだ状態のまま顔をゴブリンのほうに向けると、そこには白目をむいて、長い舌をでろんと口から出した状態の顔がこちらに向いていた。

 鉄と胃酸、それに脂の匂いが、鼻に逆流した。

 「うげっ!」

 思わずその光景に驚きの声が漏れてしまったが、とりあえず勝負は決したようだ。

 「………」

 目を瞑り、ふぅ、と息を吐いた。
 胸に残っている熱も、ゆっくりと冷えていく。

 「っ………」

 ぶるり。
 寒気にも似た震えが走る。

 叫びたくて、口から声が漏れそうになるが、安心するのはまだ早い。

 「……耳、だ。右耳の先。切り取らなきゃ。」

 もぎゅ、ザリッ。
 皮と軟骨の抵抗に、顔を顰め、採取。
 入れ物もなく、仕方なく手にもった耳はまだ温かかった。

 これで、やっと完了だ。

 「ふぅ~~~」

 脱力し、地面に倒れ込んだ。
 火照った身体に、冷たく湿った感触が心地良い。

 未だ、この洞窟の天井は見慣れない。
 その天井に向かって、届け、出て行けと。

 熱のこもった肺の空気を、もう一度、大きく吐き出した。


 
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