二つの世界、六つの瞳

buri

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第一章

9話 ディルクとニニ

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 「ところでお前、こんなとこで時間食ってて大丈夫か?」
 「え?」

 まだ少し視線の鋭いドワーフ。
 だが、彼の口から出たのは、こちらを心配する言葉だった。

 「大丈夫って……あ」

 大丈夫なわけはない。
 俺には、今日のがある。

 こんな何ともないやり取りでも。
 俺にとっては、その重要なことを忘れるぐらいに楽しかったらしい。

 ーー行くか。

 今更になって少し焦りを覚えた俺は、とっさに左手首に視線をやった。

 今何時か。
 そう思っての行動。

 しかし、そこに目的の物はない。

 ただ薄汚れてかすり傷のついた、貧相な腕があるだけだった。

 「あぁ…………」

 思わず小さな、ため息のような声が口から漏れた。

 「お前が狩っていたゴブリンの耳と、剣はそこだ」
 「…………ありがとう」

 ふぃっ、とドワーフが首を振った先。

 そこには壁に立てかけた俺の剣と、綺麗に床に敷いた布の上に並べられたゴブリンの耳。

 それと誰のものか、もう一振りの剣が壁際の木棚の上に置かれているのが目に入った。

 ーーよかった。

 ふぅ、と息が漏れる。
 あれがなくなってしまっていれば、しばらく立てなくなっていたかもしれない。

 そうやって安堵すると、余計に今見えたものが気になってしまった。

 汚れひとつない白布。
 その上に置かれている、二尺ほどの細剣。

 俺が急に動きを止めたからだろう。

 俺のその様子を訝しんだドワーフは、その視線の先を追っていくと「むっ……」と小さく呟いて顔を曇らせた。

 普段は、誰もここに入れないのだろう。
 だから、コロポックルの他に、誰の目にもあれは触れない。

 でも、彼の意図せず俺を助けることになってしまった。

 誰も触れず。
 誰も使わず。
 そこに置いたままにしておくもの。

 あれには見えない、薄衣が掛けられているように思えた。

 そんな言葉にできない雰囲気に、俺は魅せられたように見つめてしまった。

 刀を思わせる美しい弧を描く形状。
 鞘の状態で、一寸ほどの細みの刀身。
 
 黒漆のような艶やかな黒の背景に浮かぶ花弁の意匠は、今満開になったのかと錯覚するくらい、鮮やかな桃色をしていた。

 きっとその鞘を取れば、目の冴えるような美しい銀身が現れるのだろう。
 
 しかし、そんなことをしようとすれば、ドワーフが飛んできて止めるに違いない。

 あの剣の周りだけ。
 秒針の音が響いていないようだった。

 飴色になるまで使い込まれた木棚の上。 
 照明を浴びているかのように、それは綺麗で、美しすぎた。

 芸術や鍛治といった、専門的な知識のない俺でも見ればわかる。
 
 今打ち上がり、鞘に収められた。
 そう言われても納得できるほどに。

 「あれは……」
 「行くわ」

 何かを言おうとしたドワーフの言葉に重ね、ばっと自らの剣のもとに行くと、その柄とゴブリンの耳を雑に掴み、二人に頭を下げた。

 「助かった。この恩は必ずどこかで」
 「……ワシらのことは気にするな」

 (どうせ、ここを出ればそれまでじゃ)

 調子を戻したように見えるドワーフが、ぶっきらぼうに手を振りながら、何やら小さく呟いた。

 「え?」
 「なんでもないわ。出るんなら、そこじゃぞ?」

 人ひとりがちょうど通れるくらいの狭くて低い木の扉。
 それをぶっといドワーフの指が指し示していた。

 「もう来るな」

 それは単純に訪問してくるなという意味なのか、それ以外の意味があるのか。
 彼の短い言葉からは、そこまでは分からなかった。

 「ルルルルルルルル!!!」
 「なっ!?ワシは悪くなかろう?」

 さっきよりも大きな声を上げるコロポックル。

 ドワーフの返答からして、何か嗜めるような事を言ったのか。
 俺には意味もわからず、雰囲気しか掴めない。

 だが、いずれにせよ。
 俺を救ったのは二人だ。

 「ありがとう」

 すでに礼は言った。
 でも、去る前にもう一度伝えるべきだと思った。 

 「ふんっ」
 「ルルルルルルルル!!!」

 不機嫌そうなドワーフと、笑顔のコロポックル。
 対照的な二人ながら、彼らの温かな気持ちがこちらにも流れ込んでくる。

 「えっと……あ!?」

 最後の最後に別れを告げようと、口を開いた時に肝心な事を忘れていたことに気づいた。

 「どうした?」

 怪訝なドワーフ。

 「名前」
 「あ?」
 「名前、聞いてなかった」
 「…あぁ、名前か?ワシはディルク、こいつはニニだ」
 「ディルクとニニ」
 「そうだ」

 確認するように口にして、耳に覚えさせた。

 「俺は白井清人。キヨトだ」

 俺も名乗る。
 白井清人を改め、キヨトと。

 「白井清人……か。気をつけていけキヨト」
 「ルルル!!」

 しっかりとしたで俺の名前を呟き、呼び直すディルク。

 「あぁ、二人も元気で」

 そう言ってようやく出入り口のほうに歩いていく。

 「またな」
 「む?」
 「ルルル?」

 これで終わりではない。
 そう思ったから。

 さっきのディルクの言葉を無視して、俺はそう口にしていた。

 「ふんっ、人の話を聞かん奴め」
 「ルルルルルル!!!」

 不機嫌そうだが、来ても大丈夫そうだ。

 そう思いながら、やっとドアノブに手を掛け外に出る。

 そこには、もはや見慣れたダンジョンの通路があった。
 風が吹いてもいないのに、ツンと血の匂いが鼻を刺激する。

 ふぅ。

 目を瞑り、ため息を小さく吐く。
 そして俺は、後ろを振り返らずにディルク達の家を後にした。

 
 ◇


 「をあそこに置いたのはお前か?ニニ?」
 「ルルルルルルルル?」

 キヨトの背中を見送り、その足音が聞こえなくなってしばらく。
 ディルクが静かな声で問うた。

 その声は怒りなのか、悲しみなのか。
 抑揚ない音に、こもる感情は知れない。

 「奴はあやつにどこか似ている……。じゃから、ワシが何か思うとでも?」

 ディルクの身体は、何かを抑えるように小さく震えていた。

 「ない」

 目を瞑り、絞り出すように。

 「ワシは、守れんかったからの」

 ぽつり、としずくが落ちるように。

 誰にも聞こえないほど小さく呟いた声は、空気に霧散して消えた。



 


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