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5話

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「本当に、何かあったらすぐに呼ぶんだよ」
「ええ!」

丁寧に部屋のドアが閉じられ、しばしの静寂の後、私はドサリとベッドに倒れ込んだ。

あの後も散々、好意に厚意を重ね、世話やら心配をやかれたりされたりした私は、やっとのことで彼を部屋に送り返したところだった。

あのままでは、私が寝付くまで、いや、寝ても覚めても側に居てくれそうな勢いであったから、とにかく私は必死であった。

(側に居られて、寝付けるわけないんだから)

自分に正直になった時、タイプの男性は優しい男性といえる。
そう答える女性も少なくないだろう。

もちろん、日頃受けたことのないような献身さに絆されかけている、というだけでもないつもりだ。
彼はどうしてだか、私の特別をするりと攫っていきそうで、あまりに初めてのことに、心がまだついていかないだけだ。
きっとそうだ。

一晩寝て起きたら、きっと元に戻る。

私は、ベッドから具合の悪くない身体をむくりと起こした。

(とにかく、ここはどこで私は今誰なのか、それから…彼は誰なのか、調べなくちゃ)

情報は少しでも多い方が良い。
善は急げと肌触りの良いシーツの上に身体を滑らせ、ベッドが軋む一歩手前で、なるべく音を立てないよう、ふかふかの絨毯に今度は素足をつけた。

(部屋の中だけなら問題ないでしょう)

さしずめ、調査するべきところは先程の本棚だろう。
一冊一冊手に取って眺めてみれば、それもそうだが大体は元々の持ち主好みのもので。

キャリアアップのための資格の勉強など、無縁そうなラインナップで、羨ましい限りだ。
暇つぶしには良さそう、と、彼女の好みは無造作に本棚へ戻し、全部を見終えた後、手元に残ったのは一冊だけだった。

ばあやったら、せめて歴史の勉強本くらい置いておいて欲しかった。
政略結婚なのだから、きっとどこぞのおじょうさま、だろうに。
こんな、夢見がちな本ばかりで良いものだろうか。

名前すら知らない彼女に、要らぬ心配をしつつ、唯一情報が得られそうな一冊を手に、私はベッドへと戻った。
彼がもし戻ってきた時、ベッドを抜け出していることが知れたら、今度こそ当分一人の時間はもらえそうにない気がしたから。

(懐かしいな…)

他よりも大分ページ数の少ない一冊は、開けば交換日記で。
当然、普段から人の日記を読む趣味などない。
ましてや、その友だちとだけの秘密の空間を覗くなんて、もってのほかだ。
それは、たとえ女子とはいえ、いや、女子だからこそ、もっともプライバシーの侵害だと言える。

けれど今は。

(ごめんね、生きるか死ぬかの瀬戸際なの)

自分でもよく分からない言い訳をしつつ、私はパンドラの箱、もとい、交換日記のページをめくった。
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