樹属性魔法の使い手

太郎衛門

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王都魔法学校入学編

初ダンジョンへ

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 ━━ダンジョン。
 それは大陸各地へ突如として現れる摩訶不思議な世界だ。
 何処からともなく湧いて出てくるモンスター。
 雪が降る部屋、灼熱の部屋、先の見えない砂漠のある場所から光が一切ない場所、かとおもえば光と森で満たされた室内。
 室内でありながら、密閉された室内と感じさせない。一歩踏み込めばそこは異世界のようである。
 フロアーは数階層から数百階層まで。場所によっては迷路のようであり、迷い込めば二度と地上の光を見ることはないダンジョンも多くある。あまりに危険で、年間に命を落とす冒険者は数えきれない。
 しかし、その恩恵は計り知れない。
 ダンジョン内には金銀財宝から製造不能なアイテムまでが眠りについている。
 そして、ダンジョンが一度出現すれば、そのお宝を狙った冒険者が殺到する。街の近くに現れた日には、その経済効果によって、滅びかけた村が一夜にして笑顔と富に溢れた村へと変わった例はいくつも存在した。
 謎に包まれた秘境にして魔境。
 それがダンジョンである。

 ┼┼┼

「━━なあマホン。 少し?」
「そうだな…。 もう少しかも」

 俺とマホンは、森に入ってから既に二時間は歩き続けている。
 それもハイキングのようにゆっくりとではなく、走る手前くらいの速さでだ。
 ここまでの間に幸いにして魔物に遭遇することはなかったが、それでもこれだけの時間がかかっていた。

 俺は走り込みをしていた甲斐あってか息切れはないが、ふくらはぎがパンパンだ。
 少し後ろから来るマホンも全然余裕な表情だ。
 余裕過ぎて欠伸なんてしてるし。
 こいつも結構鍛えてるのか?
 俺より余裕ありそうだな…。


 森は緑で溢れている。
 緑というのは文字通りの緑だ。
 季節のせいか、赤や黄色はなく緑色の植物が生い茂っている。
 その緑が、少し前から青みがかった色をしてきた。
 それは一種類とかではなく、あるところから急に全体が色を帯びてきたのだ。あまりにも不自然なそれは、おそらくダンジョン発生の影響なのだろう。
 ダンジョンに近づきつつあるため、より警戒を強めながらも早歩きしながら会話を続けている。

「そういやさ、マホンのアレって、一子相伝の秘術なんだって?…えっと、なんだっけか」
「ファンタズマゴリア」
「そうそう、そのファンタズマゴリア。 あれ、すげーな!ギルドマスターも驚いてたぞ?」
「……そ、そうか。 まだまだ未熟で全然だけどね…」
「あれで未熟かよ。 砂鉄だっけ?あれ自体が魔道具なのか? あ、そういえばマホンってさ、実はふとっ━━━」
「━━それはまあいいじゃん! あ、それはそうと、ヴェルのアレは何だったんだよ? あの魔法?も見たことないけど、あの威力……見たことも聞いたこともない」

 ん?俺の言葉に被せてきたな……。
 太っていないことには触れて欲しくないのだろうか?
 というか、やっぱり太ってないよな。
 まあ無理に聞くこともないか…。

「あー、あれな。 あれはただ杖を風魔法で飛ばしただけだよ」
「杖を飛ばした?! 杖は触媒でしょ? そんな使い方したら次の魔法が使えないじゃん! あ、魔道具か! 手元に戻ってくるような魔道具なんだな? 魔道具ならあの威力が出てもおかしくないもんな━━」
「いや……、杖は俺の魔法で作ったやつだよ」
「……はっ?! いやいや…えっ?!」
「まあいいや。━━ほら、着いたみたいだ」

 俺が歩みを止めると、続くマホンも隣に並んで立ち止まった。
 俺達の目の前にはダンジョンの入口らしきものが口を開いていたのだ。
 まだ話の途中であったが、既に意識はダンジョン入口に移っている。
 いつの間にか一帯はうっすらと色づく青から蒼になり、別世界のようだ。

 森の草木に埋もれるようにして口を開き、周りを蔦が分厚く覆い隠しているので、一瞬見逃してしまいそうになるほど周辺に溶け込んでいた。
 俺とマホンが入口の側まで移動すると、外の空気とは違う少しヒヤッとした風が漏れ出し、俺の頬を撫でていった。

「入るか?」
「ああ。 行こう!」

 俺とマホンは横に並んだまま、目の前にある穴の中へと進んで行く。
 ダンジョン入口周辺にはには青い草が生えていた。形状は薬草のものだ。
「マホン、この辺りの草は…」
「……これは上薬草…。この量は異常だよ……もしかしたらダンジョンの余波なのか?」
「……やっぱりそうか……。うん、そうかもしれないな。ダンジョンの影響だね。 この群生は急に生えてきたものなのか、元は普通の薬草だったものが変化したのかもしれないな」

 植物に変化がでているなら動物や魔物にも何かしら影響があってもおかしくはないな。
 今は見える範囲にはいないし、気配も感じないから確認することはできないが。

「ここからは罠があるかもしれないから……いや、しれないじゃないな。冒険者が消息不明になってる原因があるんだから、罠はあるな。 マホン、注意してゆっくり行こう」
「おっけいおっけーい!━━さてさて、どんなお宝が眠っているのかな━━」

 だめだ。これは全然聞いてないわ。
 危機感はないし、好奇心で頭の中がいっぱいだわ。
 そういうとこみると、やっぱりまだまだ子供なんだな。

 入口は大人でも十分通れる大きさだ。
 高さは二、三メートル。幅は四、五メートルといったところだろうか。横広で中は岩肌がごつごつした通路が続いている。
 入口が植物に覆われていたために分からなかったが、壁や地面を見る限り、ここは岩穴の洞窟なのだろう。
 そして、ゆるい勾配の下り坂になっていて、ダンジョンは地下へ地下へと続いている。
 ダンジョンの構造として、地中にあり階層を下りていくタイプと塔のようなタイプで階層を上がっていくものがあるのだが、このダンジョンは前者のタイプだろう。

 壁には発光した石のような物、魔道具だろうか?が、定期的に埋め込まれ、中を明るく照らしている。

 そのまま一本道を進むこと数分。
 敵にも罠にも遭遇するのとなく、少し拓けた場所へと辿り着いた。
 天井はだいぶ高い位置にあり、四方は数メートルの広さはある空間。
 そして部屋の奥には古びた箱が置かれていた。
 上部が丸みを帯びた、見た目は宝箱そのものだ。
 大きさはそれほどでもなさそうだ。
 それ以外の物はここには一切なく、入ってきた所しか出口はなかった。
 行き止まりである。
 どこか……下に降りる階段でも隠れているのだろうか。

 もしくは隠し扉か?
 何にせよ、あの箱は罠…だよな。
 箱を開けたら天井でも下がってくるのかもしれない。
 もしくは魔物の集団が突然現れるのか。
 とりあえず箱は無視して、他に何か無いか探すか。

「……あ、あれは…」

 隣にいるマホンも箱に気づいたようだ。
 あれだけ堂々とおいてあれば当たり前か…。

「だな。もちろん、わ━━━」
「おったからだーーー!」
「━━っまて! おいっ!」

 制止を聞かず走りだすマホン。
 俺にはそれを止めることができなかった。 

 一直線に宝箱に向かったマホンは間髪入れずに蓋を開いた。
 すると、光がパァッと溢れだす。
 その光はあまりに眩しく、俺達は目を閉じることしかできなかった。
「━━━くっ!」
「うああぁぁーー! ヴェルーーー」

 その間数秒でしかなかったが、瞼越しに光が収まったのを感じゆっくりと目を開いていく。
 しかしまだ目が慣れず状況が把握できない。
 もう一度目を閉じ、聴覚と嗅覚へ集中した。

「━━マホンっ! 大丈夫か!?」

 何か罠が作動したのかもしれないから、俺はその場から動かずにマホンへ呼び掛けた。
 とりあえずは天井の落ちてくるような音はない。
 しかし、この臭いは……。

「━━ああ、大丈夫。 ヴェルは大丈夫?!」
「大丈夫だ。 だけど、目がまだ開かない……」

 そして数分が経ち、少しずつ目が慣れてくると俺はゆっくりと薄目を開ける。
 するとそこには、地面に散らばる武器や防具におびただしい血の跡、それといくつもの人間が横たわっていた。

 それは見た目からも冒険者だったものだろう。
 俺はそれらがすでに事切れているのをすぐに理解した。 

 俺は冷静に辺りを見回す。
 鼻をつく鉄分の臭いが充満したここは、同じ造りではあったのだが、明らかにさっきとは違う場所であった。
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