樹属性魔法の使い手

太郎衛門

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王都五年編

シャーロットとして

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 白い靄の中をひたすら歩き続ける。
 少し先には背中を向ける少年がいた。
 少年に追い付こうと必死に歩くがその差は一向に埋まらない。
 走ってみたがそれでも一定の距離が縮まることはなかった。

「×××!!」

 名前を叫んでみたが声が出ていない。
 口は開いているのに音声が聞こえない。
 自分でも何て発しているのか分からなかった。
 少年にも聞こえていないのかこちらを見てはくれない。
 名前は言葉として発することはできないが、一言だけは何故かはっきりと言えた。
 伝えることができた。
 だから必ずこの一言は忘れない。
  
「━━また会えるよな…?」

 その一言に少年は振り返る。
 毎回必ず同じ反応をし、
「ああ」
 と、顔に笑顔を浮かべてくれる。
 そして緑の髪色をした彼は、そのまま靄に溶けるようにして消えていくんだ。

 その夢を見ていつも私は目を覚ます。

 ┼┼┼

「シャーロット、おはよう」
「シャーロットー、おっはよー」

 クラスに馴染んで早五年が経った。
 最初はみんな何だか腫れ物に触るように接してきた。
 私からしたら初めて会う人ばかりで、その意味も最初はよく分からなかった。

 登校して間もなくは、私のことをミドルネームで言う人が多かった。
 今はもうすっかりファーストネームが浸透したけどね。

 クラス替えはなく、緑のローブを今日も着ている。
 私が通うのは樹クラスである。
 王都魔法学校の不人気なクラス。
 でも、私にとっては好きなカラーなんだ。
 理由はよく分かんない。

 ピュールさんはその理由も色々説明してくれたけど、私は知らない。
 全然しっくりこなくて、まるで他人の話だった。
 そう言えば、ピュールさんとは三年くらいあってないかな。
 うちのクラスのドンナーとピュールさんは冒険者パーティーを組んでいる。
 "樹"。
 それが彼らのパーティー名だ。
 うふふ。
 変なパーティー名。
 なにそれ?ヘンテコで笑っちゃう。
  
 冒険者か…。
 私とは無縁な世界。
 私はお父様の家業を継いで商会を営むの。
 貿易都市トゥールで大企業。
 それを私の代で潰すわけにはいかないから、ここでしっかりと経営学を学ばなくちゃ。
 あと五年で卒業か…。
 しっかりしなくちゃ。
 授業に集中、集中。

 この科目を受講する人は少ない。
 騎士や魔法師、冒険者を目指すものが多いからだ。
 それに加え、彼ら彼女らには一週間後にダンジョン探索が控えている。
 魔物と戦うことになれるために実地研修である。
 ダンジョンは王都魔法学校に発生した、地下十階までしかない難易度は易しいものを使う。
 けど、経験のない彼らは気合いが入っているのか、不安を拭い去りたいためなのか、今も模擬戦を繰り返したりしている。

 ドンナー、頑張れ…。
 彼には頑張ってほしい。
 けど、まだ経験も浅いのに冒険者になって心配。
 彼は友人であり、命の恩人でもある。
 とはいっても、その時の記憶は残っていないんだけどね…。
 私は五年前、ある事件に巻き込まれた。
 それが、ここ王都アヴィニオンの王が何者かに殺されてしまった事件だ。

 その時いた使用人も衛兵も全て殺され、跡形もなく燃やされた。
 証拠などは一切なく、目撃者は一人だった。
 それが私。
 私は犯人を知っている。
 らしい…。
 何故、らしいなのか。
 それは、私が覚えていないから。
 私は殺されかけた。
 今も体に残るこの傷痕だけが、それを証明している。
 一ヶ月あまりの生死の境をさ迷い、ようやく目を覚ました私は、記憶をごっそりと失っていた。

 『解離性健忘』
 それが私に下された病名。
 事件に巻き込まれ、強いストレスを感じる経験をしたために記憶が剥がれてしまった。
 無意識的に剥がしてしまったといったほうがいいのか。
 失った記憶は、事件から遡って数ヶ月分とそれに所々が虫食いみたいに。

  
  
 ショックを受けたのは当の本人より、父だった。
 父は危険な道を歩ませた自分を悔やんでいた。
 自分の商会を継がせるために強くなってほしかった。
 自分が死んだ後に娘が困らないために。
 魔物や盗賊に襲われても負けないために。
 そして代々、商会と共に継がれていく一子相伝。
 それを一人しかいない娘に継がせるには女の身では危険を伴う。
 それを狙う者が現れるからだ。
 大貴族の娘であり、元素四大家であるシャーロットは、事件に巻き込まれる理由としては十分揃っていた。
 そこで父は、情報操作をし分家という虚像を作り上げた。
 一子相伝は分家の男子へ、商会は実の娘へ。
 二人は同一人物であり、別人であった。
 シャーロットは、自宅以外では男の子として振る舞った。
 けれど、今回の事件を機に、父はシャーロットとして生きることとし、危険なことからは遠ざけることを決めた。
 幸いにして、シャーロットは記憶を失ったが、一子相伝の秘術を忘れてはいなかった。
 その格闘センスは、同年代の子達と比べても頭一つ、いや、二つ三つは秀でている。
 現役の冒険者と戦っても、余程のベテランではない限り、すぐに負けることもないだろう。
 もし一子相伝を狙う輩が現れたしても、対処できるだろう。

 それに本人としても、『マホン』としての記憶はほとんどなく、シャーロットとしての自覚が強い。
 最初は周囲に驚かれることばかりだったが、五年かけて漸く浸透し、認められた。
 この五年が本当のシャーロットを作り上げた。
 国としてはマホンとしての記憶がほしかったのだが。
 犯人を捕まえるために。


 シャーロット・M・トンプソン。

 それが私の本当の名前。
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