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決戦、全日本リーグ(前半戦)
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次の機会は11月の文化の日に訪れた。全日本リーグも佳境に入り、今季はわが社のチームが後期からはずっと一位である。文化の日の試合、対戦相手は後期2位、前期首位の京都印刷FCだった。ここで勝てば、ほぼ優勝が決まる。彼女もワクワク感を身体中からみなぎらせて、わが社のホームスタジアムに乗り込んで来た。と言っても、俺のバイクで迎えに行ったのだが。看護師寮から出て来た彼女は全身真っ赤にコーディネートして、気合い充分だった。「私、サッカー、結構勉強したよ。オフサイドわかるようになった。」そう彼女は鼻息を荒くしたが、初心者が理解したと勘違いしやすいのがオフサイドである。草サッカーやっている俺でも時々オフサイドを見落とす。まあいいや。彼女がサッカーの試合に来てくれるだけでもよしとしよう。うちの社のレギュラーを取った男でも、彼女がサッカー見に来てくれないと嘆いているヤツもいる。
わが社の、赤いチームカラーの応援団はすでにメインスタンド中央にいた。彼女は自分から副工長の元へ駆け寄り、挨拶をした。いつも「俺」がお世話になっています、ペコンと頭をさげてお礼を言っているようだった。副工長は目を細めた。「近頃は俺の娘もなかなか応援に付き合ってくれなくてなぁ。」そう言ってうれしそうな表情をした。他、彼女は周りの応援団に一通り挨拶を済ませて、俺のフラッグの元へやってきた。「私もこの旗、振れるかな?」彼女は旗をクルクル広げた。これは俺たちのチームの誇りだ、大事に扱ってくれよ。彼女にサッカーの応援の手順を簡単に話し終えた頃、アップを終えたロペスと諸星がフィールドに飛び出した。続いてMF陣、DF陣が続く。最後にうちのチームのキャプテン、GKの朝比奈さんが登場した。朝比奈さんは歴戦の勇士で、全日本リーグ優勝のかかった試合を何度も経験している。仕事場では厳しい先輩として、若手を大声で叱咤激励する男だった。俺も、慣れないうちはよく叱られたものだ。実は今も、ちょっと怖い。でも、強くて漢気にあふれる朝比奈さんだからこそ、わが社のゴールが任せられるのだ。今日も応援団に向かって、高々と右手を掲げてみせた。どよめく応援席。「朝比奈!」「アサヒナー!」いく種類もの声色が彼の名を叫ぶ。そして…応援団の端の方から「パパー」と可愛い声がした。朝比奈さんのお子さん達だ。大きな試合には必ず応援に来てくれる。貫禄充分の朝比奈さんの登場で応援団が沸いた後、着ぐるみがよたよたと彼らを追っかけていく。
「あの着ぐるみ、可愛いね。いつもあなたが入っているんでしょう?」
そう彼女が言ったその時、着ぐるみがズデンと転んだ。慣れない奴が中に入ったな。両チームから失笑が飛び交った。たまたまそばでアップしていた相手チームのFW、村石選手が着ぐるみを起こそうとしている。朝比奈さんが駆け寄って何とか二人がかりで助け起こした。両チームから拍手が起こった。朝比奈さんと村石選手がガッチリ握手した。
「いい感じだね。あの二人、仲良いの?」いやいや、今日の試合で激しくぶつかるライバルだよ、と彼女には説明した。全日本リーグ得点王の村石選手を押さえ込めば、うちのチームの勝利は堅い。朝比奈さんが率いるわが社のディフェンス陣と、村石選手の神がかり的なドリブル、そしてシュートの対決だった。ロペスや諸星が力を付けたと言っても、まだまだ村石選手には及ばない。諸星は、この一年でベンチスタートからスタメンを張れるまで成長したが、いまだフルタイム出場には至っていないのだ。いつも後半で変えさせられる。天皇杯は、スタメン入りできず延長戦からの交代出場だったと後から聞いた。ロペスも、攻守にバランスよく活躍できるものの、大舞台での経験が不足しており、かつてないほどのプレッシャーのかかったこないだの天皇杯でPK戦を外してしまった。彼は人前では明るく振る舞っていたが、あれ以降かなり遅くまで居残り練習をしているという。とても悔しかったのだろう。ほかのポジションも、若手選手の成長が著しいものの、諸星などと同じく、荒削りな部分が目立つ。そんな若さに任せた体力と瞬発力だけのわが社のチームを、朝比奈さんが何とかまとめているようなものだった。朝比奈さんはPK戦までもつれた天皇杯でも、プロチームを相手に一歩も引かなかった。ロペスが外すまで、勝敗は最後まで分からなかったのである。ちなみに監督も今年変わったので、いい意味で若返りは成功したものの、来年以降にこの力を継続していけるかどうか。来年は対戦相手もわが社を研究してくる。今年は一気に若返って、それが大当たりした。しかも、対戦相手もうちのチームの研究が追いついていない。だから、もし朝比奈さんが怪我や累積警告で試合に出られなくなると、試合を締められるキャプテン不在のわが社のチームはかなり厳しい状況に立たされると思う。
キックオフの笛が鳴った。京都印刷FCのボールで始まった。すぐに村石選手からボランチの選手にパスが渡る。村石選手を走らせ、中盤がリズミカルにボールを回していく。中盤での華麗なパス回しは京都印刷FCのお家芸だ。フィールドを駆け回る10人の選手、起点となるGKが連動して、フィールドという一枚の紙に縦横無尽にパスの軌跡を描いていく。「インク・ジェッター」と呼ばれ、恐れられる京都印刷FCの華麗なパス交換だ。これにたいし、わが社はFWの諸星、ロペスも動員して、京都印刷を両サイドから挟み込んでボールを奪いにかかる。今年からこの戦術を使うようになった。サッカー評論家の誰かしらが言い始めてから、「ツインカム戦術」と称されるようになった。その代わり中央エリアが手薄になるが、ノーマークでシュートを撃たせなければ、朝比奈さんが全て止める、というかなり大味な戦術だった。試合は京都印刷側が主導権を握り始めた。相手チームの左サイドバックと、守備に勤しんでいた諸星がもつれたままボールをゴールラインに逃し、いきなりコーナーキックを与えてしまった。転倒した諸星は受身を取って身をいなした。大事ないようだ。口癖のように「無事これ名馬ですから」と笑う諸星はジム通いを欠かさない。彼も午前仕事、午後サッカー部の練習、夜は自主トレと、頑張りを欠かさない男だった。
コーナーキックから、京都印刷側のDFがヘディングで合わせて来た。朝比奈さんがパンチングでクリアする。しかしインク・ジェッターの要、相手ボランチがクリアボールの目の前に、狙いすましたかのように一直線に走りこんで来た。シュート一閃。ボールはわが社のゴール右隅に吸い込まれていった。
開始5分、京都印刷に1点が入った。明らかに研究されているツインカム戦術。
朝比奈さんが天を仰いだ。この人はどんなに不様な失点でも絶対にモノに当たったりしない。プロのサッカー選手でも、ゴールポストを蹴ったり芝を蹴り上げたりする選手がいる中、彼の態度はなかなか賞賛されるべきものである。しかし、失点は失点だった。俺は副工長とともに応援歌を歌い始めた。隣の彼女は歌は知らないが、手拍子で応じてくれている。
キックオフで試合は再開されるも、終始京都印刷のペースでゲームは進んでいた。素人同然の彼女ですらわかるレベルだった。「押されているね」確かに。しかし、京都印刷もボールは支配していても、決定的なチャンスは作る事が出来なかった。そうそう崩れないのがうちのチームの強みである。そして守備陣は全日本リーグ上位レベルなのだから。結局、1点リードされたまま、前半を終えた。
ハーフタイムでは、例の着ぐるみが応援席に手を振って、子ども達に愛想を振りまいている。京都印刷側にも挨拶に行く。同点に追いつくためには、前半あまり目立たなかった、FWロペスに期待したいところだ。しかし、相手側も得点王、村石選手がいる。彼も前半見せ場を作れなかった。この2人の男、どちらが目立てるか。ましてや相手チームはわが社のチームの優勝を阻止しないといけない。必死になってぶつかってくる。後半30分までに追い付いておきたい。さもないと、敵さんは選手交代でDFを増やして、ゴール前を固めてくる。そうなると、1点リードを守ったまま逃げ切られる可能性がある。
わが社の、赤いチームカラーの応援団はすでにメインスタンド中央にいた。彼女は自分から副工長の元へ駆け寄り、挨拶をした。いつも「俺」がお世話になっています、ペコンと頭をさげてお礼を言っているようだった。副工長は目を細めた。「近頃は俺の娘もなかなか応援に付き合ってくれなくてなぁ。」そう言ってうれしそうな表情をした。他、彼女は周りの応援団に一通り挨拶を済ませて、俺のフラッグの元へやってきた。「私もこの旗、振れるかな?」彼女は旗をクルクル広げた。これは俺たちのチームの誇りだ、大事に扱ってくれよ。彼女にサッカーの応援の手順を簡単に話し終えた頃、アップを終えたロペスと諸星がフィールドに飛び出した。続いてMF陣、DF陣が続く。最後にうちのチームのキャプテン、GKの朝比奈さんが登場した。朝比奈さんは歴戦の勇士で、全日本リーグ優勝のかかった試合を何度も経験している。仕事場では厳しい先輩として、若手を大声で叱咤激励する男だった。俺も、慣れないうちはよく叱られたものだ。実は今も、ちょっと怖い。でも、強くて漢気にあふれる朝比奈さんだからこそ、わが社のゴールが任せられるのだ。今日も応援団に向かって、高々と右手を掲げてみせた。どよめく応援席。「朝比奈!」「アサヒナー!」いく種類もの声色が彼の名を叫ぶ。そして…応援団の端の方から「パパー」と可愛い声がした。朝比奈さんのお子さん達だ。大きな試合には必ず応援に来てくれる。貫禄充分の朝比奈さんの登場で応援団が沸いた後、着ぐるみがよたよたと彼らを追っかけていく。
「あの着ぐるみ、可愛いね。いつもあなたが入っているんでしょう?」
そう彼女が言ったその時、着ぐるみがズデンと転んだ。慣れない奴が中に入ったな。両チームから失笑が飛び交った。たまたまそばでアップしていた相手チームのFW、村石選手が着ぐるみを起こそうとしている。朝比奈さんが駆け寄って何とか二人がかりで助け起こした。両チームから拍手が起こった。朝比奈さんと村石選手がガッチリ握手した。
「いい感じだね。あの二人、仲良いの?」いやいや、今日の試合で激しくぶつかるライバルだよ、と彼女には説明した。全日本リーグ得点王の村石選手を押さえ込めば、うちのチームの勝利は堅い。朝比奈さんが率いるわが社のディフェンス陣と、村石選手の神がかり的なドリブル、そしてシュートの対決だった。ロペスや諸星が力を付けたと言っても、まだまだ村石選手には及ばない。諸星は、この一年でベンチスタートからスタメンを張れるまで成長したが、いまだフルタイム出場には至っていないのだ。いつも後半で変えさせられる。天皇杯は、スタメン入りできず延長戦からの交代出場だったと後から聞いた。ロペスも、攻守にバランスよく活躍できるものの、大舞台での経験が不足しており、かつてないほどのプレッシャーのかかったこないだの天皇杯でPK戦を外してしまった。彼は人前では明るく振る舞っていたが、あれ以降かなり遅くまで居残り練習をしているという。とても悔しかったのだろう。ほかのポジションも、若手選手の成長が著しいものの、諸星などと同じく、荒削りな部分が目立つ。そんな若さに任せた体力と瞬発力だけのわが社のチームを、朝比奈さんが何とかまとめているようなものだった。朝比奈さんはPK戦までもつれた天皇杯でも、プロチームを相手に一歩も引かなかった。ロペスが外すまで、勝敗は最後まで分からなかったのである。ちなみに監督も今年変わったので、いい意味で若返りは成功したものの、来年以降にこの力を継続していけるかどうか。来年は対戦相手もわが社を研究してくる。今年は一気に若返って、それが大当たりした。しかも、対戦相手もうちのチームの研究が追いついていない。だから、もし朝比奈さんが怪我や累積警告で試合に出られなくなると、試合を締められるキャプテン不在のわが社のチームはかなり厳しい状況に立たされると思う。
キックオフの笛が鳴った。京都印刷FCのボールで始まった。すぐに村石選手からボランチの選手にパスが渡る。村石選手を走らせ、中盤がリズミカルにボールを回していく。中盤での華麗なパス回しは京都印刷FCのお家芸だ。フィールドを駆け回る10人の選手、起点となるGKが連動して、フィールドという一枚の紙に縦横無尽にパスの軌跡を描いていく。「インク・ジェッター」と呼ばれ、恐れられる京都印刷FCの華麗なパス交換だ。これにたいし、わが社はFWの諸星、ロペスも動員して、京都印刷を両サイドから挟み込んでボールを奪いにかかる。今年からこの戦術を使うようになった。サッカー評論家の誰かしらが言い始めてから、「ツインカム戦術」と称されるようになった。その代わり中央エリアが手薄になるが、ノーマークでシュートを撃たせなければ、朝比奈さんが全て止める、というかなり大味な戦術だった。試合は京都印刷側が主導権を握り始めた。相手チームの左サイドバックと、守備に勤しんでいた諸星がもつれたままボールをゴールラインに逃し、いきなりコーナーキックを与えてしまった。転倒した諸星は受身を取って身をいなした。大事ないようだ。口癖のように「無事これ名馬ですから」と笑う諸星はジム通いを欠かさない。彼も午前仕事、午後サッカー部の練習、夜は自主トレと、頑張りを欠かさない男だった。
コーナーキックから、京都印刷側のDFがヘディングで合わせて来た。朝比奈さんがパンチングでクリアする。しかしインク・ジェッターの要、相手ボランチがクリアボールの目の前に、狙いすましたかのように一直線に走りこんで来た。シュート一閃。ボールはわが社のゴール右隅に吸い込まれていった。
開始5分、京都印刷に1点が入った。明らかに研究されているツインカム戦術。
朝比奈さんが天を仰いだ。この人はどんなに不様な失点でも絶対にモノに当たったりしない。プロのサッカー選手でも、ゴールポストを蹴ったり芝を蹴り上げたりする選手がいる中、彼の態度はなかなか賞賛されるべきものである。しかし、失点は失点だった。俺は副工長とともに応援歌を歌い始めた。隣の彼女は歌は知らないが、手拍子で応じてくれている。
キックオフで試合は再開されるも、終始京都印刷のペースでゲームは進んでいた。素人同然の彼女ですらわかるレベルだった。「押されているね」確かに。しかし、京都印刷もボールは支配していても、決定的なチャンスは作る事が出来なかった。そうそう崩れないのがうちのチームの強みである。そして守備陣は全日本リーグ上位レベルなのだから。結局、1点リードされたまま、前半を終えた。
ハーフタイムでは、例の着ぐるみが応援席に手を振って、子ども達に愛想を振りまいている。京都印刷側にも挨拶に行く。同点に追いつくためには、前半あまり目立たなかった、FWロペスに期待したいところだ。しかし、相手側も得点王、村石選手がいる。彼も前半見せ場を作れなかった。この2人の男、どちらが目立てるか。ましてや相手チームはわが社のチームの優勝を阻止しないといけない。必死になってぶつかってくる。後半30分までに追い付いておきたい。さもないと、敵さんは選手交代でDFを増やして、ゴール前を固めてくる。そうなると、1点リードを守ったまま逃げ切られる可能性がある。
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