すきピのピ 〜不遇職ハンマー娘が、正解だらけの世界をぶっ壊す〜

池沢 悠

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薔薇は外さない花は散らさない

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第五話

 花言葉のギルドホールは、白磁のように静かだった。
 床は磨かれ、足音さえ吸い込まれる。香りは甘すぎない。花弁の装飾も主張しない。――優雅で、整っていて、隙がない。

 円卓の中央にローズが座ると、空気が自然に締まった。
 微笑みは柔らかいのに、視線の温度だけが戦場のそれで、誰も雑談を続けられない。

 サクラが一歩後ろに立つ。巫女装束の白がよく映え、背筋も指先も完璧。
 ただ、ローズの横に立つ時だけ――感情がほんの少し、漏れる。

「皆さん。ローズ様のお時間です」

 淡い声なのに、刃物みたいに場を切った。
 私語は止み、花言葉は“美しい静寂”に戻る。

 ローズが目を細める。

「サクラ、ありがとう。……でも、そんなに睨まなくても大丈夫よ」

「申し訳ありません。わたくし、皆がローズ様の前で乱れているのが……」

 サクラは下を向く。言い訳が、熱を帯びて震えた。
 ローズが笑って、柔らかく言う。

「乱れは弱さじゃないわ。勝つための息継ぎよ」

 その一言だけで、サクラの呼吸が浅くなる。
 ――“ローズ様の言葉”は、いつだって支えで、同時に甘い毒だった。

「よーし! じゃあその息継ぎのあと、戦う戦う!」

 ひまわりが元気よく手を挙げた。
 花言葉の中で唯一、太陽みたいに眩しい。

「今日の練習試合、派手にいこうよ! 勝つなら綺麗に! 敵が泣くくらい華やかに!」

「ふふ、ひまわりは本当に楽しそうね」

 ローズが微笑むと、ひまわりはさらに張り切る。
 その横で、ホールの影――クロユリが静かに口角を上げた。

「華やかに散るのは……素敵ですわ。
 花は、散り方がいちばん綺麗ですもの」

 ひまわりが一瞬固まる。

「……クロユリ、それ“散らす側”の言い方だよね?」

「ええ。散らす側ですわ」

 にこり、と笑う。柔らかいのに冷たい。
 ローズは止めない。花言葉に必要なのは光だけじゃないと知っている。

 ローズが指先でログを展開した。
 次の相手は、チーム戦候補の中でも“雑に強い”と噂されるギルド。前衛が厚く、支援が速い。押し切るだけで勝てるタイプだ。

「勝てるわ。でも、こちらが乱れれば相手の土俵になる」

 サクラが即座に頷く。

「ローズ様の姿を、汚させません」

 言い切った瞬間、瞳が熱を持つ。
 ローズが優しく返す。

「汚れることを恐れないで。勝つためなら泥も踏むわ」

「……ならば、わたくしが先に踏みます」

 忠誠は、時に興奮に似る。
 サクラの声は静かなのに、胸の内だけが燃えていた。

 ローズは立ち上がり、微笑んだ。

「行きましょう。今日は“美しく勝つ”練習よ」



 練習試合のフィールドは、石畳の庭園だった。
 噴水。白い柱。風に揺れる蔦。――戦場なのに、舞台のように整っている。

 相手ギルドは、重装の前衛を二枚並べ、その後ろに支援と遠距離を置く。
 最初から押し潰す陣形。

「花言葉って、見た目だけだろ?」
 相手の前衛が笑った。「綺麗に倒れてくれよ、お嬢さんたち」

 ひまわりが、にぱっと笑う。

「うん! 倒れるのはそっちね!」

 言い終わる前に、ひまわりは踏み込んだ。
 足音が軽い。なのに一歩が深い。拳が風を割り、次の瞬間には蹴りが走る。

 ――彼女の戦い方は、“明るい暴力”だった。

 前衛の盾が受ける。だが受けた瞬間、盾の端に気弾が弾け、視界が揺れる。
 ひまわりは笑ったまま、相手の視線を全部さらっていく。

「ほらほら、見て見て! こっちだよ!」

 その背中を、サクラが支える。
 指先で結界を張り、同時に回復を流す。ひまわりがわざと踏み込むほど、支援は正確になる。

「ひまわり、二歩前。……今、左」

 サクラの声は淡いのに、命令は絶対だった。
 ひまわわりはそれに従い、まるで舞うように位置を変える。

 相手の支援が狙いを定める。拘束。鈍足。視界妨害。
 だが、サクラの護符が光った。

「――清めます」

 解除は速い。慈悲深いほど静かで、容赦がない。
 サクラはローズの横で、ほんの少しだけ頬を赤くしていた。
 “ローズ様の射線を、汚させない”。その欲が、彼女を完璧にする。

 そして、影が動く。

 クロユリは前に出ない。
 出ないまま、相手の足元に花びらのような黒い紋を落とした。

「……お可哀想に。心が先に折れますわね」

 相手の後衛が気づいた時には遅い。
 恐怖のデバフがじわじわ絡み、視界の端に“嫌な幻影”が増えていく。

「な、なんだこれ……っ」

 クロユリは微笑む。
 優しく、陰湿に。相手が自分で自分を疑うように仕向ける。

「大丈夫。あなたが弱いのではありません。
 ――わたくしが、愛してしまっただけですわ」

 言葉が、呪いになる。

 相手の後衛が一瞬、硬直した。
 その硬直が、致命的な“間”になる。

 ローズはまだ撃たない。
 矢を番え、風を読む。息を整える。
 その姿が、ただ美しい。

 必中は、簡単に手に入る力じゃない。
 必須パッシブの山、孤独の試練、特定ボスの討伐――“外す理由”を削り落とすために、彼女は全部捨ててきた。

 だからローズは、焦らない。
 焦りが、外す理由になるから。

 ひまわりが前衛を揺らし、サクラが場を整え、クロユリが心を腐らせる。
 相手の陣形が“押す形”から“守る形”に変わった瞬間――ローズが笑った。

「……今ね」

 矢が放たれる。

 一直線。
 なのに、相手の盾の端を撫でるように滑り、隙間へ潜り込む。
 後衛の肩を正確に貫いた。

「っ――!?」

 相手の遠距離が崩れる。
 支援が慌てて回復に回る。
 その回復に合わせて、クロユリが囁く。

「回復は……痛みを長引かせますわ」

 呪いが重なる。回復が“重さ”に変わり、動きが鈍る。

 ひまわりが笑いながら、気弾で合図を出す。

「ローズお姉さま! いま、すっごい綺麗に崩れてる!」

「ええ、見えてるわ」

 ローズは二射目を放つ。
 今度は相手支援の手首。詠唱の“癖”を見抜いていた。
 詠唱が止まり、支援が息を呑む。

 相手の前衛が叫ぶ。

「押せ! 今なら――!」

 踏み込んだ瞬間、ひまわりが一歩だけ下がった。
 わざとだ。釣りだ。
 前衛が体勢を崩し、足が浮く。

 その足元に、クロユリの黒い花が咲く。

「――転んでくださいな」

 前衛が、重装のまま膝をついた。
 盾が落ち、首筋が見える。

 ローズの目が、細くなる。

「終わりにしましょう」

 ローズは特別な矢を番えた。
 花弁のように光が散り、一本の矢が“薔薇”の形にほどける。

 必中の薔薇。

 放たれた瞬間、矢は一本ではなくなる。
 花弁の軌跡が空を裂き、逃げ道を消す。
 相手の急所だけを選び、痛みだけを残して、綺麗に――落とす。

 前衛、後衛、支援。
 同時に体勢が崩れ、陣形が崩壊した。

 討伐ログが静かに流れる。
 勝敗は、もう動かない。

 庭園に、短い沈黙が落ちた。

 ひまわりが両手を上げて歓声をあげる。

「やったぁ! 見た!? 今の、超かっこいい!」

 サクラは胸に手を当てたまま、頬を赤くしている。
 息が、少しだけ乱れていた。

「ローズ様……美しい……」

 その声は小さいのに、熱い。
 ローズはくすりと笑い、サクラの方を見た。

「ありがとう、サクラ。あなたが整えてくれたから、外さなかった」

 サクラの瞳が揺れる。
 言葉ひとつで、心が満たされてしまう。

 クロユリは最後に、倒れた相手を見下ろして囁いた。

「安心なさい。あなた方は弱くありません。
 ……ただ、花言葉が上にいるだけですわ」

 優しい声音で、残酷な結論。
 その陰湿さが、なぜか“品”を崩さないのがクロユリだった。

 ローズは矢を収め、庭園の噴水を一度だけ見た。
 水が光を散らし、花弁のように揺れている。

(……ソロで戦う時も、同じ)

 ふと、心の奥に“あの剣士”の影がよぎる。
 不遇職で、それでも上位にいる。勝ち方だけが美しい男。

 ローズは、微笑みのまま目を細めた。

「……もっと強い相手が欲しいわね」

 花言葉の頂点は、今日も揺れない。
 優雅に、美しく――そして、容赦なく。
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