すきピのピ 〜不遇職ハンマー娘が、正解だらけの世界をぶっ壊す〜

池沢 悠

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抜け殻ピーちゃん、線香はまだ早い

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第六話

 上位モンスター討伐のログが、まだ目の裏で光っている。
 ハルはログアウトしても、にやけが止まらなかった。

「えへへ……わたし、今日めっちゃ役に立ったよね?」

 スマホの画面を見ながら、現実の部屋でも軽くガッツポーズ。
 胸の中に「できた!」が残っている日は、呼吸が軽い。
 次のログインが楽しみすぎて、秒でベッドに飛び乗って、秒でウルテオに戻った。

 ――戻った瞬間。

「……あれ?」

 ギルドハウスの広間。簡易テーブルの横。
 そこに、いた。

 ピーちゃん(ポル)が、椅子に座ったまま動かない。
 いつもならハルの顔を見るだけで「また何かやらかすのか」と眉間にしわを寄せるはずの男が、今日は違う。

 目が死んでいる。
 いや、目どころか魂がログアウトしている。

 ハルは不思議そうに近づいた。

「ピーちゃん? おはよー」

 返事がない。

 ハルが首を傾げた、その瞬間――画面のど真ん中に、でかいテロップが出た。

 返事がない ただの抜け殻のようだ

「えっ、なにこの演出!? こわっ!」

 背後でスノーが、淡々とログを閉じる音がした。

「……あー。たぶん、あの日だと思う」

 秋星も、椅子を逆向きに座ったまま、やれやれと肩を落とす。

「そやなぁ……あの日やろなぁ……そっとしときぃ」

「あの日?」

 ハルはぽかんとする。
 だが、ぽかんとしている時間は長くない。
 上位討伐でご機嫌のハルは、全力で能天気だった。

「ねぇ! ピーちゃん!! 狩行こうよぉ!!」

 ポルの肩を両手で掴んで、揺らす。

 揺らす。

 揺らす。

 ――起きない。

「……起きないね?」

 ハルは真顔でさらに揺らす。

 揺らす。

 揺らす。

 揺らす。

 スノーが、少しだけ眉を動かした。

「そろそろ、爆発するかしら……」

 秋星が椅子から立ち上がり、すでに出口へ半歩寄っている。

「そろそろ逃げとかにゃ……」

 ハルは聞こえないふりをして、さらに揺らす。

「ピーちゃん! 狩! 狩! 狩!!」

 その瞬間。

「ぬおぉぉぉおお!!!」

 ポルが突然立ち上がった。
 叫び声がギルドハウスを揺らした。
 ハルは「起きた!」と目を輝かせる。

 ――が。

 ポルはハルを一切見ず、外へダッシュした。

「え? え? 狩りの準備!?」

 スノーが静かに首を振る。

「……違うわね」

 秋星がぼそっと言う。

「……現実の方で、心が死んでる日や」

 数秒後。

 ポルが戻ってきた。

 びしょ濡れで。

 頭から水を被ったみたいに、髪も服も滴っている。
 そして、顔だけは本気で怖い。

「うるさーーーい」

 言いながら、ハルをガン開きの目で見つめた。

 ハルは一瞬だけ固まって――

「わぁ……目ぇ、ホラー……」

 秋星が肩を震わせて笑う。

「今日はそっとしときぃ。多分ポル大負けしたんやでw」

「……は?」

 ポルの声が低い。
 そして次の瞬間、溜めて溜めて爆発した。

「一昨日の勝ちが全部パァダァ……!!
 これで今月マイナスだぁぁぁ……!!」

 広間の空気が一気に湿った。
 水のせいじゃない。絶望のせいだ。

 ハルは、状況を理解した。

「え、ピーちゃん……リアルで……」

 スノーが淡々と補足する。

「ポルは、リアルでパチンコで生計……“に近いもの”を立てているらしいわ」

「に近いもの、ってなに!」

 秋星が笑いながら手を振る。

「つっこむとこそこちゃう。こりゃ……今週ずっとこんな感じやろなぁ」

 ポルは椅子に崩れ落ち、魂がまた抜けかける。
 目が遠い。
 ハルは少しだけ胸が痛んだ――が、痛み方がズレている。

「……大丈夫!」

 ハルは明るく言った。

「ピーちゃん、飢えで死んだら線香あげにいく!」

「勝手に殺すなぁ!!」

 ポルが即ツッコミで復活した。
 ハルは満面の笑み。

「お! 元気になったな! 狩行こ! 狩行こ!」

「話の流れおかしいだろ!!」

 ポルは叫びながらも、なぜか顔色が少し戻る。
 怒る気力があるってことは、まだ生きてる。

 ハルはさらに追撃する。

「ほらほら、狩り! 上位討伐の余韻! もう一回! 気晴らし!」

 ポルは濡れた前髪をかき上げ、深くため息をついた。

「……まぁ……気晴らしに行くか……?」

 その言葉に、スノーと秋星が同時に目を合わせた。

(えっ)
(えっ)

 スノーが、珍しく驚いた顔で言う。

「……こうなったら三日はどんよりなのにね」

 秋星が口を開けたまま頷く。

「しゃーないな! 狩、いきまっか!」

 ハルは両手を上げた。

「いけるっしょ!」

 ポルが反射で顔をしかめる。

「そのテンションで来るな!」

「いいじゃん! 狩り、狩り!」

 スノーが淡々と立ち上がる。

「……では、行くわよ。今日は事故が起きる気がする」

「なんで!?」

「経験則」

 秋星がにやにやする。

「ポルが濡れてる日は、だいたい飛ぶ」

「意味わかんねぇよ!」



 フィールドに出た。

 敵は中型モンスター。いつもの練習相手。
 なのに、今日はなぜか――ポルの足元だけが呪われていた。

 一回目。

 ハルがスタンを狙って踏み込む。
 ポルがいつものように受け流しでカバー――するはずが。

 ハルのハンマーが、ポルの背中に当たった。

 ドゴン。

 ポルが宙を舞った。

「えっ! ごめん!」

「お前ぇぇぇ!!」

 スノーが小さく頷く。

「ほら。事故」

 秋星が笑って指をさす。

「飛んだ。今日は一回目や」

 二回目。

 ポルは距離を取ろうとする。
 だが、濡れた装備のせいか、足が滑った。

 その瞬間、敵の突進が来る。
 ポルが受け流し――の角度が微妙にズレる。

 ドン。

 ポルが宙を舞った。

「なんでだよぉぉ!!」

 三回目。

 ポルは叫ぶ。

「今日はもう飛ばねぇ!! 絶対だ!!」

 宣言した瞬間、ハルが元気よく走ってくる。

「ピーちゃん! 右! 右!」

 ポルが右を向いた。
 敵は左から来た。
 秋星が腹を抱える。

「それ今言う?(※言っちゃった)」

 スノーが無表情のまま、冷静に訂正する。

「……ハル。反対」

 ハルは一瞬固まって――

「ごめん!」

 ドゴン。

 ポルが宙を舞った。

 空中で、ポルが叫ぶ。

「俺は……なんで……リアルでもゲームでも……飛ぶんだぁぁぁ!!」

 ハルは涙をこらえながら笑った。

「ピーちゃん、飛んでる! 元気! よし!」

「元気の判定が雑なんだよ!!」

 でも、その声にはもう最初の抜け殻感がない。
 怒鳴る余裕がある。ツッコむ余裕がある。
 ――つまり、復活している。

 スノーが淡々と、今日の結論を言う。

「気晴らしには、なったみたいね」

 秋星がうんうん頷く。

「せやな。飛んでるうちは、まだ生きとる」

 ポルは地面に落ちて、仰向けのまま空を見た。
 そして小さく息を吐いて、ぼそっと言う。

「……線香は……まだ早い……」

 ハルが満面の笑みで覗き込む。

「うん! じゃあ狩り続行!」

「鬼か!」

 春夏秋冬の今日も、騒がしい。
 そしてなぜか――ポルナレフは、もう一度だけ宙を舞った、それが今日の最高到達点だった。

 帰還した直後、秋星がログを眺めながら言った。

「そういや聞いたで。最近この辺、花言葉の格闘家が狩しとるらしい」

 ハルがぱっと振り向く。

「花言葉!? ローズのこと!?」

「ローズちゃう。ひまわりや。
 なんか“戦いたい戦いたい”って、狩場で叫びながら突っ込んでくるらしいで」

 スノーが静かに頷く。

「……遭遇したら、巻き込まれるわね」

 ポルがもう一回ため息をつく。

「俺、次は飛ばない日が欲しい……」

 ハルは満面の笑みで答える。

「いけるっしょ!」

「それ言うな!!」
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