すきピのピ 〜不遇職ハンマー娘が、正解だらけの世界をぶっ壊す〜

池沢 悠

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太陽拳、森に笑う

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第七話

 ギルドハウスに、甘い匂いが漂っていた。

 簡易テーブルの上に並んでいるのは、ゲーム内でも滅多に出ないレア枠――“限定スイーツ系アイテム”。
 スノーが無言で置いた瞬間、秋星が拍手みたいに手を叩く。

「ほらほら。ピーちゃん、今日は“機嫌直し”の日やで」

 椅子に座っていたポルは、じっとスイーツを見つめている。
 昨日までの“抜け殻”は消えた。消えたが、まだどこか渋い顔だ。

「……別に、機嫌悪くねぇし」

「嘘つけ。パチ負け顔まだ残っとるわ」

 秋星がニヤニヤしながら言うと、ポルは眉間にしわを寄せた。

「残ってねぇ!」

 ――残ってる。
 ハルには分かる。ピーちゃんの“負けた日”は、ツッコミの角が丸くなる。

 スノーは淡々とスイーツをテーブルに並べ直し、最後に小さな皿を置いた。
 見た目は宝石みたいなミニケーキ。光沢のあるフルーツ、薄いクリーム、白い粉砂糖。

「限定の“月光タルト”。討伐ログ交換の品。……食べる?」

 スノーが言うと、ポルが一瞬だけ視線を揺らす。
 興味はある。でも素直に言いたくない。

「……別に」

 秋星が肩をすくめた。

「出た出た。“別に”で生きとる男」

 ハルは笑って、皿をポルの前にすっと差し出した。

「ピーちゃん、食べる? はい、あーん」

「は?」

 ポルが固まった。

 スノーの視線が一ミリだけハルを向く。
 秋星はもう笑いをこらえきれない。

「出たわ、強要系あーん」

 ハルは真顔で言った。

「元気出すには糖分だよ?」

「糖分の摂り方がおかしいだろ!」

「ほら、あーん」

 ハルは譲らない。
 ポルは顔を赤くし、左右を見て――誰も助けてくれないことを悟った。

 スノーは無言でお茶を注いでいる。
 秋星は肘をついて、完全に観戦モード。

「……おい、やめろ。見てんだろ」

「見てるよ?」

「やめろ!」

「じゃあ食べないの?」

「食べるけど、そうじゃない!」

 ポルは観念したように、ほんの少しだけ口を開けた。
 ハルが嬉しそうにタルトを近づける。

「あーん」

 ぱく。

 ポルの頬が一気に赤くなる。
 そして、そのままハルを睨んだ。

「……満足か」

「うん! かわいかった!」

「殺すぞ!」

 秋星が腹を抱える。

「尊いっ!」

 スノーが淡々と結論を言う。

「……平常運転ね」

 ポルは咳払いして、話を逸らすように立ち上がった。

「……狩り行くぞ。気晴らしだ」

「やった!」

 ハルが跳ねた。
 スイーツの甘さが、ギルドハウスの空気を少しだけ柔らかくする。
 こういう時間があるから、春夏秋冬は続いている。



 狩場へ向かう道中の森は、妙に静かだった。

 普段なら、小型モンスターの鳴き声や、どこかで戦っている音が聞こえる。
 なのに今日は、木々が風に擦れる音だけが目立つ。

「……静かすぎへん?」

 秋星がぼそっと言い、武器に手をかける。
 スノーも歩幅を変えずに、目だけを細めた。

「……何かいる」

「ボス?」

 ハルが小声で聞くと、ポルが首を振る。

「ボスなら、もっと空気が重い。これは……」

 その時だった。

 遠くから――

 ドォォォン!!

 地面を叩き割るような、鈍くて鋭い打撃音。
 ハルのハンマーの“ドゴン”とは、質が違う。
 もっと重い。もっと速い。もっと――痛い音。

 スノーが眉をひそめる。

「……あの音」

 秋星が笑いを消した。

「……例の、ひまわりやな」

 ハルが目を丸くする。

「ひ、ひまわり? 花言葉の?」

「せや。太陽みたいな奴」

 ポルが不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「……明るいのに、骨折られるやつな」

「骨……?」

 ハルの声が震えた。
 でも怖さより先に、好奇心が勝つ。
 “花言葉”の名前は、掲示板の噂や切り抜きで嫌ってほど流れている。
 それでも――実物は、もっと近くて、もっと生々しい。

 四人は森の奥へ走った。



 視界が開けた瞬間、光景に息を呑んだ。

 モンスターの群れ。
 中型が十。小型が二十。
 普通ならパーティでも慎重に捌く数だ。

 なのに。

 その真ん中に、ひとり。

 少女がいた。

 髪は揺れ、装備は軽い。
 顔は笑っている。
 ――戦いが楽しくて仕方ない顔で。

「わはは! いっぱい! 最高!」

 ひまわりは拳を振るった。

 ドォォォン!!

 打撃音が森に響く。
 最前列のモンスターが、まるで紙みたいに吹き飛ぶ。
 吹き飛んだ先で木にぶつかり、ずるりと落ちた。

 ハルの喉が鳴った。

(え……なにそれ……)

 ひまわりは止まらない。
 足運びは軽い。ステップは踊りみたい。
 でも、拳が当たった瞬間の音が――笑顔と噛み合っていない。

 ゴキッ、という骨の音が、普通に混ざる。

 ひまわりは笑いながら言った。

「いたたた! ごめんね、でも勝つよ!」

 謝っているのに、容赦がない。
 優しいのに、暴力が正しいみたいに見える。

 スノーが低く言う。

「……圧倒的。あれが花言葉の近接」

 秋星が唾を飲み込む。

「明るい暴力や……」

 ポルは腕を組んだまま、じっと見つめている。

「あいつ、前に出るのが楽しいタイプだ。
 けど、楽しいだけであの数は捌けねぇ。……基礎が化け物」

 その言葉が、ハルの胸をちくりと刺した。

(わたしと同じ、“笑顔で戦う”なのに)

 ひまわりは笑う。
 ハルも笑う。
 でも、その笑顔の奥にある“重さ”が、まるで違う。

 ハルは自分のハンマーを見た。
 つい最近、やっと“狙って当てる”が少しできるようになった。
 それが嬉しくて、誇らしくて。

 ――なのに、今、世界が広がってしまった。

 ひまわりは拳を止めない。
 最後の一体を軽く跳んで――

 ドォォォン!!

 地面ごと叩き割るように沈めた。

 群れは、消えた。
 森に残ったのは、風と、彼女の笑い声だけ。

「ふぅ! 楽しかったぁ!」

 ひまわりは汗を拭い、ふっと顔を上げた。
 その瞬間、目が合った。

 ハルと。

 ひまわりはぱっと笑顔を濃くする。

「あ! だれ? 見てた? いまの、どうだった!?」

 距離があるのに、声がまっすぐ届く。
 太陽みたいな声。

 ハルは、気づいたら一歩前に出ていた。

「……すごかった」

 ひまわりが嬉しそうに胸を張る。

「でしょ! ねえねえ、君も戦うの好き?」

 ハルは頷く。
 喉の奥が熱い。怖さじゃない。悔しさでもある。憧れでもある。

「……好き」

「じゃあ、いつか勝負しよ!」

 ひまわりは軽く拳を振った。
 “約束”みたいに。

 ハルは、その拳を見て、胸の中で誓った。

(勝ちたい)

 いつか。
 あの眩しい暴力に。
 同じ笑顔で戦う相手に。

 ポルが横から小さく呟く。

「……やめとけ。骨折るぞ」

 ハルは即答した。

「骨折っても、勝ちたい」

 秋星が笑う。

「お、言うやん」

 スノーが淡々と頷く。

「……その意志は、大事」

 ひまわりは大きく手を振った。

「じゃあねー! またねー! 次はもっといっぱいのとこで戦お!」

 そう言って、森の奥へ駆けていった。
 足音まで明るい。

 残されたハルは、ハンマーを握り直す。

 今日の狩りは、まだ始まったばかりなのに――
 心の中では、もう一つの戦いが始まっていた。

 太陽に勝つための戦いが。
 
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